夏の終わり頃

8月下旬の事。若狭の海を訪ねた。今は、京都縦貫自動車道と舞鶴若狭自動車道の開通でもって、アクセスが楽になった。ひと昔前は、夏の行楽シーズンに京都市内から日本海方面に行くとなると、道は悪いし渋滞するしで、苦労したものである。それが今は、高速道路で日本海の傍まで行ける。渋滞が無く時間が短縮されるというのは、精神衛生上良い事だ。

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高浜町にたどり着いた。子供が小さかった頃、家族で民宿に泊まった場所だ。もう子供たちは着いて来ないから、家人と二人である。民宿が軒を連ねる路地を抜けて、白浜海水浴場で車を停めた。

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原爆投下と8月の雑感

茹だる夏である。毎年そんな事を言っているが、今年の夏はホントに大変だ。早めに梅雨が明けてからというもの、もの凄い暑さに晒されている。真昼の陽射しは殺人的で、京都の最高気温は連日40度近い。呼吸するのも躊躇われる空気である。食事と睡眠に気をつけて、あと一月ぐらいをなんとか凌ぐべし。

8月。今年もまた終戦の日を迎える。無謀な戦争で多くの犠牲者を出したこの国は、先祖や戦没者の霊を迎えて供養する時期である。新聞もテレビもその他のメディアも、戦争や平和、それらしい事柄を扱う。昭和の時代から、日本の8月は、国を挙げての平和と慰霊の月間である。

この記事を書いている8月6日は、広島に原爆が投下された日である。広島の平和記念式典に安倍首相が参列して何か述べたようだが、およそ平和とは逆行するような事ばかりやっているから、メディアからは不人気ぶりが伝わる。3日後の8月9日には、長崎にも原爆が投下された。夏雲も人の命も吹き飛ばしたキノコ雲。昭和20年8月、日本は最悪の終戦を迎えた。

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七変化の花と東アジア

雨の土曜日、空は灰色である。日本列島に貼りつく梅雨前線は、堅実な仕事ぶりで、京都西山連峰にも、ちゃんと雨を降らせている。灼熱の太陽が現れる前に、夏本番が来る前に、膨大な降水をもたらす。梅雨がくれる分け前は、あらゆる生命にとって、命の水である。それは、四季を操るモンスーン気候の壮大な仕掛けだ。

善峯寺を訪ねた。同伴者は、ウソかホントか、李王朝ゆかりの風水師だという家人である。二人で山門をくぐるのは3年ぶり。前回と違うのは、互いの年齢と、今年は傘が必要なことだ。急峻な小塩山の中腹に建つ古刹は、霧雨に濡れそぼる。入山料は1人500円也。

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「いつまでモリカケやっている」という愚問

在日コリアンの女性に対し、差別を煽るヘイトスピーチや危害を加えるとする投稿を繰り返した男が書類送検された。差別発言や脅しの数は数百件に上るという。自らをレイシスト(人種差別主義者)と名乗っていたらしいが、あられもない差別発言と脅し文句を発していたようだ。卑劣極まりない。息を吐くように嘘をつく政権が「美しい国」だと能書くこの国は、在日コリアンやマイノリティからすれば窒息寸前だ。少し雑感を述べる。

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板門店宣言と珍島物語

軍事境界線の上で、文在寅大統領と金正恩委員長はにこやかに握手をした。分断の長い歴史を思えば大変な出来事である。世界の耳目を集めた南北首脳会談について、またまた無責任な雑感を述べる。

「海が割れるのよ 道ができるのよ」

と歌い出すのは、天童よしみのヒット曲「珍島物語」である。珍島(チンド)とは朝鮮半島の南西端に位置する島である。潮の満ち引きによって、海割れが起きて、茅島里(モドリ)という島まで砂州の道が出来る。韓国では、この超常現象を霊登(ヨンドン)サリと呼んでいる。歌は生き別れた家族との再会を歌っている。でも実は、それだけではない。この歌にはもっと大きな命題が隠れている。

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桜を数える妻とキッチンに立つ夫

3月の終わり、例年より少し早く、背割り堤の桜は満開を迎えた。青空に薄いピンクのソメイヨシノが映えている。私は毎年のように、この桜を観ている。その桜並木を家人と歩いた。家人が言った。

「あと何回桜を観れるかな」

なんでも先ごろ聴いた竹内まりやの曲の中に、同じ問い掛けがあったという。確か「デニム」というアルバムに、そんな歌があった。調べると「人生の扉」という歌だった。私も歌の詩に共感を覚えながら桜を眺めた。そして、桜が散ってしばらくすると、私たちは一つずつ年を取る。

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1300年の都とドミトリーベッドの夜 -春の輪行その2-

梅干うどんを食べて、梅が咲き乱れる桃源郷、月ヶ瀬梅渓を後にした。龍のシッポで名張川とはお別れである。そこから国道25号と県道80号で山道を西へ進む。

水間トンネルに至る峠道は険しく、ペダルは重たい。いつ終わるとも知れない葛篭折れの連続で、もう死にそうだった。水を飲み飲み、休憩を入れて、何とかピークを越えた。小高い丘を幾つかこなして最後はずっと下り、安全走行のためペダルは踏まない。下ったところが、1300年の都、奈良である。

宿を取っていた。近鉄奈良駅に程近い奈良オークホステルという宿である。春の行楽シーズンとあって、市内のホテルはほぼ満員で、直前にどうにか取れたのが、同ホテルだった。

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