2005年1月アーカイブ

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 清水坂界隈を歩いたのは一月下旬の平日だった。真冬の曇天模様の寒い日であったが、歩けば大した事はない。冷たい空気が気持ちいい。脂の乗り過ぎた寒ブリの様な体に鞭打つべく坂を登る。聞いてはいたものの、韓国や中国からの観光客が本当に多い。ちょっと大きな団体はみんなそうだった。みやげ物屋の一角では韓国語の案内放送が流れていた。
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 下手な写真を撮りつつ、清水寺にたどり着く。拝観料300円を払い入る。舞台から観る京都の街は色が無かった。曇り空に同化して灰色に映る。当然だが冬山に花は無い。うどん屋の甘い香りに負けそうになるが我慢する。何を思ったか中年男、おみくじを引く、「凶」・・。高台寺を横目に産寧坂辺りを通って帰路。
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 2004年度末の受信料不払い件数は45万〜50万件に上り、今年になってからもそれは増え続けている。「赤城の山も今宵限り」などとふざけた事を言いながら海老沢は辞めたが、トップの首がすげ変わった事で受信料収入が戻る保障は何処にも無い。「雪印」を例に出すまでも無く、失った信用を取り戻す事が如何に困難であるか民間の経営者なら判るはずだ。がしかし、こと金満NHKのトップにおいては話は別のようだ。経営委員会で何を話し合ったのか知らないが、辞めるに当たって海老沢はこう言っている。

 「再生に向けた抜本的な道筋をつけることができた」

 申し訳ないが僕は笑ってしまった。50万人以上から総スカンを喰らっている現状でどうすれば「抜本的な道筋」がつくのか。現状把握能力の全くの無さは寒い「ブラックジョーク」のようだ。本気で再生への道筋がついたと思っているならこの組織はもう潰れるしかないだろう。

 やっつけ仕事のように技術系出身の後任人事を発表したが、NHKに自己再生の能力があるはずもない。かりに海老沢の辞任が再生への第一歩であるならば、その道筋をつけたのは経営委員会でもなければ国会でもない。山を動かしたのは我々の「不払い」だ。
海老沢NHK会長が辞任 後任に橋本専務理事が昇格 - asahi.com : 文化芸能

 21日は初弘法の日だった。東寺の境内に千を超える露店が並ぶ。客層はやはり年配者が多い。売る側も同じか。「弘法さん」はおっさんおばはんの祭典だ。
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 骨董品かガラクタか、僕には判別不能であったが、面白そうな品が所狭しと陳列されていた。陶器、古物、履物、着物、たこ焼き、りんご飴、うどん、丼、コーヒーショップまであった。「弘法さん」恐るべし。
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 一万円札を透かしている姿が見えた。お正月から各地の露店で偽札が多く発見されているため、商人たちは警戒していた事だろう。
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 宇治の「平等院」を有名にしたのは何と言っても「十円玉」だろう。思えばガキの頃、駄菓子屋に行くのに握りしめていたのは何時も十円玉だった。その十円玉に描かれた「平等院」は宇治橋の上流左岸にある。同院は世界文化遺産に登録される程の有名寺院だがその敷地は驚く程こじんまりしている。有体に言うと狭いのだ。
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 本堂の左右に延びる廊下は翼にみたてて「翼廊」と呼ばれ、後ろには尾になる「尾廊」(下の写真)がある。本堂屋根には二羽の「鳳凰」が居座る。「平等院鳳凰堂」と呼ばれる所以だ。ここの主であり、極楽浄土へのホストである「阿弥陀如来像」は留守だった。なんでも入院中なんだそうだ。
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 偽札で騒がしい昨今だが、新1万円札の裏面には平等院の「鳳凰像」が描かれている。日銀はその3号券であるナンバー「A000003A」を同院に寄贈している。それは敷地内のミュージアム「鳳翔館」に展示されている。因みに1号券「A000001A」は日銀貨幣博物館(東京・日本橋)に、2号券「A000002A」は福沢諭吉ゆかりの慶応義塾に収められたとの事。

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 「平等院」に通じる参道には宇治茶の店が並ぶ。その内の「なかむら」で休憩する。宇治川を見渡す2階座敷で「雁がね茶」を飲む。茶団子付き。460円也。僕の保護者は「煎茶」を撰んだようだった。

 めずらしく早起きした。テレビでニュース番組を見て、近所の歯医者に行く。お昼近くに同伴者を連れ、丸太町通り花園にあるベーカリーレストラン「進々堂」で今日初めての食事をとる。
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同店は焼きたてのパンと料理が人気でお昼には席が埋まる。「スペシャルランチ」1400円を食べる。チト贅沢。


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 花園から「龍安寺」までは車で10分程だ。「枯山水」と「石庭」で有名な同寺は京都市北区の衣笠山の麓にある。記憶が確かならば約20年ぶりの訪問になる。
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 真冬の禅寺の凛とした空気を感じていい気になる。ちなみに「リョウアンジ」が正解。拝観料500円也。
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 「龍安寺」の真向かいには母校「立命館大学」がある。この辺りにはそれなりに青春時代の思い出があって、素直に懐かしい。その立命館大学の前をとおる道路は「きぬかけの道」と呼ばれる観光道路になっている。前述の「龍安寺」の北には「金閣寺」があり、西に進めば御室の「仁和寺」さらに行けば嵯峨野の「大覚寺」「広沢池」などがある。国宝重文級の文化財をもつ寺社仏閣が文字通り一本道で結ばれている贅沢なエリアだ。

きぬかけの道の詳細

 小学校からだからもう30年来の友達だ。新年会をしようとガキの頃からの友達4人が集まったのは韓国料理「韓国さくら亭」というお店。コリアンテイストただよういい店だ。場所は地元、南区吉祥院にある。
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 この日どんな話をしたか、めんどくさいので要約すると・・
「マルイ淡路島仕事いそがし新マン結婚式のせーばいデジカメでモリタどこや菊ピー来れず星が味の素でマチガイナイ」
とまあこんな感じだけど、解る人はまずいまい。意味不明でスンマセン・・。
 心を許せる友達との時間は本当に楽しい。昔の話、家族の話、いえない話、話は尽きない。大切な時間だ。「韓国さくら亭」は料理も焼肉も美味かった。
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「韓国さくら亭」に行ってみたい人はこちら

 「KOREA TODAY」2005年1月号が手に入った。書店ではまずお目にかかれない雑誌で、在日のために或いは日本人のために韓国の情報を伝えてくれる。スポンサーは主に在日系企業で裏表紙一面はかの焼肉チェーン店「叙々苑」の広告だったりする。トップの記事は先の鹿児島であった「日韓首脳会談」の事で、まあどうでもいいような話だった。ちょっといいなと思った記事は韓国の伝統歌劇「パンソリ」の話題だ。今の「韓流ブーム」のそれとは違う韓国芸能の本質が「パンソリ」にあって、真の「韓流」があるとするなら、それは「パンソリ」のそれではないだろうかと思った。
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 京都の東寺(教王護国寺)の前を通る度に思い出す事がある。
「鳥羽・吉祥院の百姓達が東寺を目指してたびたび攻め入った」中学校の歴史の授業で聞いた「一揆」の話だ。鳥羽・吉祥院はクラスみんなの地元だ。当然クラスに農家の子供がいたものだから

 「お前の先祖は東寺目指して一揆したんだな」
 「・・そうだな」
 農家の子は返事に元気がない。

そんなやり取りを憶えている。余程話が面白かったのか、それ以来僕の頭は「東寺」といえば「一揆」になってしまった。

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ネットで検索して見るといろいろ出てきた。ちょと引用してみる。

 「正長の土一揆のあと14年を経て1441年(嘉吉1)にまた京都に大規模な土一揆が起こった。正長のそれとともに代表的なものとされている。(中略)
 9月に入るとその勢いはますます大きくなり,鳥羽吉祥院以下中道より東の一揆は東寺にこもってその数2〜3,000人。」
(中村吉治『土一揆研究』1974より)

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 冒頭の「正長の土一揆」は1428年の事だ。以降の15世紀と言うのは「一揆」が多かったようで「一揆の世紀」と言われている。京都や近江辺りは一揆の多発地帯で、なかでも平安京の入り口に位置する「東寺」は襲撃の標的だったのだ。京のシンボル「五重塔」は4度焼かれている。鳥羽・吉祥院の蜂起した農民は、北の空に目をやった。見えたのは、高くそびえる権力の象徴「五重塔」だったに違いない。

 京都の伏見区の新堀川通は比較的新しい道路で両脇にはお店が立ち並ぶ。特に飲食店の出店が目立って多く、食べたい物は何でもあると言うぐらい種類も豊富だ。そこに「焼肉ほどり」がある。僕の仕事が休みの日、もうすぐ8歳になる息子は例の如く「焼肉が食べたい」と言う。これまたもうすぐ5歳になる娘も賛同する。そこで今年初めて同店を訪れた。
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 仕事柄、いつも晩御飯は子供と食べられないが、焼肉を囲んで見る子供達の笑顔と食べっぷりに安心する。同時に在日4世になるこの子達に国籍や生い立ちについて今年は話そうか、そんな事を考えた。きっとまだ意味は理解できないだろうけど、それでもいい・・
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 天気の良さにつられて京都府の大山崎に来た。なんでもJR山崎駅前の「十日市」に行くと言う提案者の誘いのままに、のこのこと出て来たのだ。道中、振袖姿を何度か見て今日が「成人の日」だと気付かされる。が、ここ何年かのアホ成人ぶりを見るに祝う気も失せる。「俺たちの時代は・・」とつい言いたくなるのは年を喰った証拠か。
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 山崎駅前たって、京都大阪の県境にある田舎駅で、まあのんびりしたものだ。市場の規模も拍子抜けしてしまうぐらいで、商品は雑貨・野菜といったところ。
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 「サントリー発祥の地」として有名な同地は美術館なんかがあるらしく、その影響だろうか、「骨董品」「古物商」を営む家屋がちらほらあった。真冬と言えども、仕事柄、昼夜逆転が常の僕には青い空と太陽が少々目にしみた。
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 京都市南区の九条警察署に用があって、九条通りを愛車で走った。昔は活気があった商店街も今はチト寂しい。とりわけ平成10年にジャスコ洛南がオープンしてからは、この辺りの個人商店は「虫の息」だろうか。商売を止めてしまっている家屋が目立つ。
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 平安京の入り口であり、芥川龍之介の小説で有名な「羅城門」はこの九条通りにあった。「お前は見たのか」と言われると困るが、その跡地一帯は「南区唐橋羅城門町」となっている。
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 「羅城門」の解説は他に譲るとして、羅城門跡から九条通りを挟んで真向かいに古いが目を引く煉瓦の建物がある。「京都府立鳥羽高等学校」だ。ここは僕の母校だ。しかし、僕は同校の卒業生ではない。また訳の判らぬ事を・・と思われそうだが・・
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 訳はこうだ。元々ここは「京都市立洛南中学校」だった。その中学校を僕が卒業してから4年後の昭和58年、誰が決めたのかこの施設が「京都府立鳥羽高等学校」となって、洛南中学校はここから南の十条通りに引っ越したと言うわけだ。だから僕の思いでの学び舎は紛れもなくこの美しい煉瓦造りの校舎だ。ややこしい話ですいません。

 前回、NHKによる受信料徴収の根拠である「放送法32条」の不備を書いた。同法は「受信契約」を強要するデタラメな法律であるのだが、法律の解釈以前に「電波」というものの本質を考えれば「受信料」などとうい考え方自体がおかしい事に気付く。「電波」は発信した時点で不特定多数が受信する事は自明だ。その「公共性」たるや水や空気と同列と言ってもいいぐらいだ。勝手に流している電波で「受信料」を取る行為は、不特定多数に宛てた「スパムメール」で「購読料」を取るのと同じだ。


 本多勝一の著書を初めて読んだのは大学生の頃だ。弱者側にたった論理展開は感銘を受けたと言うよりものすごく衝撃的だった。彼はずっと以前から「受信料拒否」を訴えている。言わばこの分野のパイオニアだ(笑)。NHK問題が注目される今、彼の著書「NHK受信料拒否の論理」朝日文庫がまた売れているようだ。

 NHKの海老沢会長の辞任が決定的だと報じられている。責任者なんだから当然だろう。「受信料支払い拒否」している件については前にも書いた。ではNHKが受信料を徴収できる根拠はとは何か。それは「放送法32条」だ。受信契約及び受信料について以下のように記載されている。
 
 「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」


つまり「テレビを置く者はただちにNHKと受信契約をしろ」と言っているのである。


 この放送法ができたのは昭和25年で民間のテレビ放送が始まるのはそれから3年後になる。昭和25年といえばまだ高度成長期前夜の事だ。何処に行ってもテレビなんてある筈もなく、庶民にはまず関係の無い話だったに違いない。その後の高度成長期を経て、テレビの普及と伴にNHKの受信料契約も伸びた事だろう。そして総ての家庭にテレビが普及した現在、NHKの受信料は「取れる所から取っている」のが実情だ。法律で決められているのになぜだろう。実は「放送法32条」には問題がある。


 そもそも「契約」とは当事者同士が「対等で自由な意思」をもって行われるべき行為であり、日本の「民法」においても根幹をなす概念だと言える。強制的に「契約をしなければならない」「契約しろ」なんてのはとんでもない話なのだ。「憲法違反」だと言う見方もあるぐらいだ。NHKは、ずっとそんな欠陥だらけの法律を根拠に受信料を取って来たというわけだ。契約が無効である以上、義務などハナからありません。

海老沢NHK会長、任期途中の辞任を示唆 - asahi.com : 文化芸能

 京都市立吉祥院小学校は創立から128年を迎える歴史ある学校だ。計算して見ると、明治の初期で大政奉還から10年後というからとんでもない古さだ。実は何をかくそう僕はこの学校の卒業生なのだ。仕事場から程近い母校に愛車を駆って行ってみた。
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 校内に入るのは卒業以来なのでもう30年ぶりだろうか。僕の時代には校舎のほとんどが木造だったのだが、今はご覧の通りだ。当然か。校舎のレイアウトもだいぶ変わっているようだ。

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 デジカメで辺りをパシャパシャ撮影していると校舎の中から男性が一人でてきた。年の頃は僕と同じぐらいか、メガネを掛けて温厚そうな風貌だ。

 メガネの男「何か・・」
      僕「怪しい者ではありません」
 メガネの男「いや別にそんなつもりは・・」
      僕「僕はここの卒業生でチョット写真を撮らせてもらってました」

笑ってしまうがこんな調子で会話が始まった。

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 今は冬休みだが昼間は門を開けていて、逆に休みが明けて子供たちが登校するようになると門は閉めると言う。理由はもちろん子供の安全のためだ。何処の小学校も同じだそうだ。今日の治安の悪さが学校運営をいびつにしている。ほんの数分だったがそんなこんな話をした。帰り際に僕が訊いた。

      僕「失礼ですが、先生ですか?」
 メガネの男「ええ、教頭をしています、杉田です」


杉田先生ありがとう。また来ます。

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 元旦の夜は枚方にある親類(妻の叔父)の家を訪問するのが恒例になっている。京都・大阪・神戸の一族郎党が集まって年始の挨拶をして、食事を共にする。韓国人の親族間の強い結束は在日コリアンにも受け継がれている。むしろ日本で暮らすが故に、本国よりも在日の方がより「結束」を強めたと言えるかも知れないし、言えないかも知れない。わけのわからない事言っているが、それもまあ3世ぐらいまでか。4世5世の時代になれば「親族」だの「民族」だの、そんな意識はどんどん希薄になって行くに違いない。子供の行く末を思い計れば「帰化同化」はいたしかないと思っている。次の世代が日本国籍を選択する事に対して積極的に否定する論理など、少なくとも在日の僕は持ち合わせていない。

 
 その夜どんな物を食べたかと言うと、「ナムル」「蒸し豚」「キムチ」「チヂミ」などなど。まあ血が騒ぐのか韓国料理は美味い!そして毎年最後に「鴨そば」(たぶんこれは韓国料理ではない)が出てくる。鴨肉・スープ・焼きねぎ・そば、全て絶品でありました。「??????」(ごちそうさまでした)
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あけましておめでとうございます。元旦の京都は晴れ。ならば初詣にと選んだ先は京都府八幡市の石清水八幡宮。途中、やはり渋滞が凄くて自宅から車でおよそ1時間30分で到着。

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京阪電車の八幡市駅にある看板塔。めざす境内は男山の山上にある。


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男山の山上までは登山ケーブルを利用する。片道大人200円、小学生100円也。


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混雑が激しくなかなか本殿までは近づけない。それにしても寒かった。

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