2005年3月アーカイブ

 バーレーンの守りの堅さは半端じゃなかった。日本は攻めてはいたが、決め手を欠いていたのも事実だ。コーナーキックを含めて空中戦のアドバンテージは相手にあったし、頼みの俊輔のFKはことごとく相手選手に阻まれていた。後半20分を過ぎても無得点という展開に僕は強いストレスを感じていた。


 どんな形であれ勝つ事が全てだ。もらった点とは言っても、そこに至るまでにファウルを誘う玉田の切り込みと正確な俊輔のFKがあってのゴールだ。いうなれば日本代表の気迫がもぎ取った勝ち点3だろう。


 しかし、僕は言いたい事がある。中盤でボールを奪ってからのカウンター攻撃は不満だ。大事にし過ぎるのか、横パス後パスが多すぎる。勝負所のカウンターがカウンターになっていないのだ。緩急のない攻撃が相手に守りを固める時間を与えてしまっていた。


 ゴールを決めたサル・ミーン選手は相手の司令塔だ。オウンゴールの直後、彼は泣いていた。チョット気の毒な気もするが、今夜は泣き明かしてもらおう。勝負は非情だ。
asahi.com:日本、バーレーンを1―0で破る B組2位に W杯予選?-?スポーツ

 一雨ごとに暖かくなって行く頃なのに、ここのところ寒が戻っている。それでも青空が出たので買い物ついでに自転車に乗った。桂大橋のコジマ電気で仕事用のくだらない買い物を済ませて、すぐ隣の桂川の公園に降りて来た。
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 堤防には自転車道が走っている。嵐山の渡月橋を起点に桂川と木津川に沿って木津町まで延びている。この京都八幡木津自転車道 は自転車乗りには有名な道だ。しかし、全長45kmのこの自転車道を中途半端で根性無しの僕は未だ走破した事がない。今年はなんとか・・と妄想している。

 韓国人の反日感情の高まりは相当だ。大統領までが油を注ぐに至ってはどうか。貿易交渉に影響がでたり、ゴルフ場では「日本人入場禁止」なんて所まで出てきている。向うで生活している日本人は何かと面倒な事が起きているのではないだろうか。ワールドカップ共同開催、韓流ブームといい流れがあっただけに残念に思う。日韓友情年の年に竹島は「目の上のタンこぶ」になってしまった。


 豊臣秀吉の「朝鮮出兵」、西郷隆盛の「征韓論」は日本の教科書にも出て来るぐらい有名な話だ。そんな時代を割り引いたとしても、日韓は長い間、友情と文化を共有してきた事は事実だ。長く鎖国を布いた江戸時代でさえ「朝鮮通信使」だけは別格で迎えられていたと伝わる。思うに「友情」とはお互い対等であって成り立つ物だ。一方が武力をもって優位に立とうとする処にそれは在るはずもない。お互いをよく知る日韓の敵対心は「近親憎悪」にも似るから性質が悪い。ずっと上手くやっていた日韓なのに、我々が生きた昭和とういう時代だけが著しく異常で欺瞞に満ちていたように思う。


 日の丸や小泉の写真を燃やし、体に火まで点ける韓国人は、日本人から見れば理解に苦しむだろう。それは在日の僕から見ても同じだ。まあ表現方法としては稚拙でおバカに映る。ただ韓国の歴史教育においてやはり「反日」は大きなテーマであり、いいかどうかは別にして「恨みの再生」は今も続いている。耳の痛い話だが、現代韓国において「反日」は国際競争を勝ち抜くための「動機付け」であり、パワーの源だ。政治しかり、スポーツしかり。竹島問題により曝された「韓国人のはらわた」は脳天気とも思えるこの国の韓流熱に冷や水を浴びせたに違いない。


 「領有権」や「漁業権」は物理的な問題として有るのはそうだ。が、誤解を恐れず言えば、そんな事はどうでもいい事で、問題の本質は悲しいほどにメンタルだ。島根県議会の「竹島の日条例」は韓国人の眠った感情を鷲づかみにしてはなさないのだ。昭和を生きた韓国人にしてみれば、あれは「日本帝国主義の侵略」であり、最も憎むべき相手に見えるのだろう。そして、わざわざこの時期に「喧嘩」を売った島根県議会の行為は、いろんな影響を考えれば、やはりいただけない。


 恨んだり、疎んじたり、見下したり、日本人と韓国人は大変だ。併合や戦争のあたりの話は未だに喧嘩の種になっている。次の世代は考え方や価値観を共有して何かを築けるだろうか。顔かたち、髪の毛、目の色、赤ちゃんのお尻にできる青い斑まで同じ両民族が、いつしか世界が羨む真の友情で結ばれる事を望む。
Sankei Web 国際 「友情年」行事の中止も 竹島問題で韓国(02/28 12:19)

 ヤマダ電機吉祥院店に来た。デジカメの電池を買おうと来たわけだが、連休とあって人が多い。春のセールを開催しているようで、接客する店員にも熱が入っている。デジカメやノートパソコンの売り場などは人だかりが出来ていた。
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 ヤマダ電機が吉祥院にオープンしたのは昨年5月の事だ。場所は葛野大路通と八条通が交わった所、葛野大路八条にある。車のディーラー社屋が更地になったかと思ったら、あっと言う間に同店が出来てしまった。今や辺りの店舗では一番目立った存在だ。


 その葛野大路八条の交差点から少し西に行くと桂大橋に出くわす。その橋の袂(たもと)にはコジマ電機桂大橋店がある。こちらは開店から3年半が経つ。両店はまあ近い。歩いても5分ぐらい、自転車なら一っ走りの距離だ。売れ筋の商品などは常に相手の価格を意識しているようで、「一円でも高ければ値引きします」なんて書いてある。京都の片隅で火花散っております。いやホント。

 「指を切る」だけでは飽き足らず、「焼身自殺」を図る者まで出たようだ。なんて馬鹿な行為だろう。韓国人の大袈裟な感情表現は在日の僕もゲップが出そうだ。火を点けたのは50代の男だそうだが、あの「岩礁」は彼にとって命に匹敵するらしい。かつて軍事政権と学生達がやりあっていた80年代、韓国人学生の「焼身自殺」はしばしばあった。当時の学生には敬意を表したい。しかし、命がけの抗議も幾度か見せられると、韓国人がよくやる「パフォーマンス」だと揶揄されかねない。

 
 争点は「竹島の領有権」ではあるが、ソウルの日本大使館前に集まった韓国人の敵は、相も変わらず「日本帝国主義」であるようだ。こちらから見れば時代錯誤の感は否めない。が、島根県議会が「竹島の日条例」を決議したとき、傍聴席で万歳三唱をしていたのは特攻服にハチ巻きという面白い格好の人たちだった。これだけを見れば相手が「日本帝国主義」だというのも、あながち間違いだと言い切れないかも知れない・・

 
 竹島をめぐる日韓の歴史はそれはそれは複雑だ。ましてや、日韓には先の戦争を挟んで「着いて離れた腐れ縁」の歴史がある。どう考えても話し合いの決着など無理だろう。どちらのモノかなんて、もうそれは果てしない論争だ。そこでだ、日本同様、韓国も格闘技ブームであると聞く。K1かプライドのリングで決着を着けると言うのはどうだろうか。いや待て、サッカーでもいいぞ。
インフォシークニュース > 検索結果 > 全身に火を付け抗議 ソウルの日本大使館前

あと三日

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 息子のクラスで学習発表会があると言うので行ってきた。何を発表したのかと言うと、自分達のこれまでの「生い立ち」だった。作文、新聞、アルバム、紙芝居といった具合に各自が思い思いの方法で表現していた。みんな個性があって面白い。
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 教室に来ると懐かしさを覚える。ここで学んだ訳ではないのだが、匂いや空気は同じという事か。教室の機能は僕の時代と本質的に変わっていない。黒板があって子供たちの机とイスがある。教室の壁には絵や工作物があり、ロッカーは物でイッパイだ。見ると黒板の片隅に「あと三日」と書いてあった。二年生ももうすぐ終わる。

 ここ数年で僕はずいぶん太ってしまった。サッカーをやっていた頃は60kgそこそこのアスリートの体だった。それが今では77kgある。すっかりデブだ。仕事で夜遅いのは仕方がないとしても、寝る前に食べるのが良くないようだ。お酒は毎晩、発泡酒が1本だけど、肴に脂っこい料理とかラーメンなんかを食べてしまう。食べなければいいのだろうが、何か食べないと空腹で寝られない。だから食べるにしてもカロリー控えめが命題だ。今夜はシシャモ・・とお茶漬けを少し。
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 昨年の秋、自作パソコンを作った。白いATX筐体、その名も「G-saku」と名付けた。コイツはアスリートにできている。昔の僕のようだ。デジカメで撮った大きな画像がサクサク処理できる。下記が主なスペック。

 CPU:Pentium4 LGA775 2.80GHz(暴れん坊)
 マザーボード:GIGABYTE GA-8I915P Duo
 グラフィックボード:RadeonX600XT(今は安い)
 メモリ:512MB×2
 ドライブ:DVDマルチ&FDD+6in1マルチカード
 ハードディスク:160G×2でRAID0を構築

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 奥に見えるのはLinuxサーバ、古いWindows98を入れ替えて作ったもの。このブログは当初、この自宅サーバで運営していた。その後メンテナンスで楽をしようとレンタルサーバに引っ越した。月額263円。サービスには満足している。

 東京地裁はライブドアの主張を認め新株予約権の発行を差し止める仮処分を決定した。それを受けて新聞各社は一斉に反応している。これがまあ面白い。人生いろいろ会社もイロイロ・・って誰か言ってたな。


 フジサンケイグループの一員である産経新聞の立場は鮮明だ。地裁の決定に対してあからさまに「不満」を表している。立場を見れば無理もないかも知れないが、自己防衛的な論調が際立っている。大新聞の社説としては説得力に欠けいているようにも思える。


 朝日新聞は今回の「新株発行」を「あと出しジャンケン」と批判している。そして地裁の決定を株主の利益や市場の公共性を考慮したものと評価している。しかし時間外取引に関してはライブドアをチクリとやっている。「中立」を強く意識したような印象を受けた。


 読売新聞は地裁の決定は予想されたものだが、このまま硬直状態が続いて放送事業に支障をきたす事を警告している。そして両者の歩み寄りを促している。大人の提案だ。


 メディアは事ある毎に「中立公平」を唱えるけど、それは「幻想」だ。そんな物は本当は存在しないのにさも在るように振舞っている。どんな大新聞であっても組織が特定資本によって成り立っている以上、自己防衛の本能は必ず働く。フジサンケイに起こった事は他のメディアでも起こりうる事だ。朝日も読売もそれが分かっているから、産経を叩きのめしたりはしない。手加減を知っている・・そんな感じがした。
仮処分決定 違和感残る企業価値判断 / 産経新聞(03/12 05:00)

ニッポン放送――株主無視が裁かれた / 朝日新聞

[『新株』差し止め]「泥沼回避に試される両者の対応」 / 読売新聞

渡月橋

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 三月の晴天のある日、朝一の仕事を片づけた後、嵐山へやって来た。平日だから人ではパラパラといったところ。お昼時だったのでお弁当を広げている姿がちらほら。上空は薄っすらと霞が掛かったような空だ。穏やかで暖かく春っぽい。桜が咲くのはまだ二週間以上先だろう。
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 京都の川はほぼ北から南に流れているので、市内の橋という橋は押し並べて東西に架かっている。だから京都では橋のどちら側かを指すとき「○○橋西詰め」「△△橋東詰め」と言ったりする。しかし、嵐山のシンボル渡月橋にはあてはまらない。桂川は松尾と嵐山の間で大きくカーブしているからだ。角度にするとちょうど90度だ。つまり日本で一番観光客が往来するであろう渡月橋は南北に架かっているわけだ。写真は橋の中ほどから北を向いて撮ったもの。見えているのは渡月橋北詰めだ。桜が咲けば人がドット押寄せる。もうすぐ嵐山は狂気の沙汰だろう。

 僕が育った吉祥院は京都市の南西部のにある。「碁盤の目」で言えば左下辺りだ。街の中心を国道171号線が走っている。同線は京都と大阪・神戸を結ぶ幹線道路だ。もし吉祥院が観光ガイドブックに紹介されているとすれば、「京都の南の入り口」「交通の要衝」といった風ではないだろうか。でも大抵は載っていないだろう。だって、さしたる観光資源があるわけでなし、民家や店舗に混じって町工場が目立つ京都の下町だ。
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 平安京の昔から昭和に至るまで吉祥院に広がるのは見渡す限りの田畑だったはずだ。そんな農村にも時代の波はやはりやって来た。高度成長期には鉄工所や染色工場ができ、農家は兼業化がすすんだ。
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 今でも中小零細企業が多いが、不景気で潰れた所も少なくない。あちらこちらにあるアパートやガレージは農家が経営するものだ。自転車で路地を行くと60・70年代に建ったであろう古いアパートが目に付く。空き家が多いのかと思っていたが、違っていた。部屋は結構埋まっていると言うのだ。詳しい人に聞いたところによると、多くは独り暮らしの老人だそうだ。
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 平成10年、吉祥院に大変な施設ができた。ジャスコ洛南ショッピングセンターだ。僕も家族でよく行く。もう買い物といえばジャスコだ。すでに相当寂しい状態だった吉祥院商店街は完全にその役目を終える。まあ今でも頑張っているお店もあるが、数える程だ。地域商店の衰退と反対にジャスコ洛南は全国でも指折りの優良店舗になっているらしい。

四条大橋

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 京都で人通りが一番多い橋はこの四条大橋だろう。なにせ東詰めには京阪電車、西には阪急電車が走っている。朝夕は通勤の要衝であるわけだ。京都の通勤風景といえば、この辺りの映像が写される事が多い。


 夜は夜で酒飲み客が渡る橋だ。橋の東は祇園、西は先斗町、木屋町の歓楽街がある。鴨川を挟んでお酒の値段に差があり、ざっくり西は若者、東は大人の遊び場だといわれてきた。それは今も昔も変わらない。ただ、長引く不況のせいで、橋を渡る酔っ払いの数も少なくなったという事らしい。

 週に一度、息子のサッカークラブの練習がある。クラブの母体はアミティエスポーツクラブというNPO法人だ。京都の桂近隣の幼児から三年生までが集まっている。この春で発足からほぼ一年が経つ。みんなだいぶフットワークがしっかりしてきたみたいだ。

 
 高校時代、僕はサッカーに明け暮れていた。市内の公立高校に通っていたのだが、まあ授業は退屈だった。昼飯喰って午後の授業はほとんど寝ていたかも知れない。野球部もラグビー部も眠たいヤツはみんな寝ていた。おおらかな校風で大抵の先生は寝かせてくれた。よく教科書はヨダレで貼り付いていた。でも放課後のクラブ活動はシャキッと頑張る。なんかいつも腹が減っていた。そんな感じだった・・
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 自転車に乗って久世橋を渡った。三月ともなれば桂川の風もぬるい。いやチト冷たいか。微妙だ。でも、護岸の芝生が緑に色付いてきているのが判る。晴天の今日は人の姿も多い。久世橋の西詰めの交差点にに歩道橋がある。この歩道橋、階段の代わりに長いスロープが付いていて、自転車でも渡れる様になっている。
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 ここは国道171号線と二つの街道が交わる変則な交差点で、横断歩道が無い。そのため人と自転車が渡れる歩道橋を造ったわけだ。でも自転車を漕いで登るには相応の脚力がいる。太ももに張りを感じる。肺に酸素を送り込む。汗がにじむ。まあ、なんとか登り切った。体のナマッタ40男には少々きつかった。
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 堤義明が逮捕された。ある意味この国の頂点にいたような人が犯罪の容疑者になっている。証券取引法に絡む「虚偽記載」や「インサイダー取引」の容疑だそうだ。世間を欺いてきた責任は重いという事らしい。しかし、マスコミの関心は違法行為そのものよりも、堤家の内幕や堤義明という人物そのものに向けられているようだ。

 
 「莫大な財産」「一族」「異母兄弟」「妾」「相続指名」「ワンマン」「株」一連の報道記事にはこんな言葉が踊っている。まるで2時間サスペンスか、横溝正史の映画のようだ。でもこれはすべて現実の話で、犠牲者まで出ている。


 馬鹿げた話だけど、株に比べて人の命がはるかに安っぽい。西武鉄道の小柳前社長の自殺は先月の事だが、その3ヶ月前の昨年11月、コクドの総務務部次長が山形の海岸で水死している。これは西武鉄道株の虚偽記載が問題になり出した時期だ。なんとオドロオドロしい事か。血生臭さでは映画以上かも知れない。

堤前会長を逮捕 東京地検特捜部
西武鉄道の小柳前社長、自宅で自殺
コクド次長が水死 株式事務担当、自殺か

 電車を三つも乗り継いで天保山までやって来た。あまり良くないのは分かっているが、子供の小学校と保育園は休ませた。土日祝日は僕に仕事があるので、こうでもしないと親子そろっての遠出は難しい。
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 大阪港は実は生まれて初めてだ。水族館でも出来なければ一生来なかったかも知れない。駅周辺は古く寂れていた。しばらく歩くと、大きな観覧車が視界に入ってきた。寂れた港町と巨大な観覧車はどう見てもアンバランスだ。どう表現したいいのか分からないけれど、どこか鎮痛で暗い港町にバカみたいに明るい巨大観覧車がポンと置かれている。そんな印象だった。
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 海遊館の広場で面白い人を見た。流暢だけど変な関西弁を操る外人だった。オーストラリアの大道芸人ブッチだ。この日見た人間で一番印象に残った人だ。芸の前ふりで「おやじギャグ」を連発していた。奥さんは日本人だそうだ。
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