2005年4月アーカイブ

 鴨川で昼食を食べようと川端通りを車でウロウロしていた。なんとか車を止めて、京大病院の前あたりで鴨川の土手に降りた。お弁当を広げている人がポツポツいる。自転車も結構行き交っている。4月下旬の晴天ともなれば、もう暑いぐらいだ。
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 空いているベンチに腰掛ける。昼食はおうし座の同伴者が作ったバケットサンドとコーラだ。フランスパンに卵ベーコン野菜が挟んである。もちろん美味い。食べながら目の前の橋を眺めた。丸太町橋である。
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 橋の西詰めに古い洋館がみえる。この洋館、旧京都中央電話局上分局であり、今はレストランのはずだ。その昔、このレストランで食事をした。カニだかザリガニだか判らない料理だった。味はどうだか記憶にないけど、柄にもない所で食事して、安くない金を払ったに違いない。この洋館の詳細はここを見るといい。

 尼崎のJR脱線事故があったその日、僕の仕事は月に何日もない休みだった。テレビが映す事故現場を見ながら刻々と増える死者の数を聞いていた。こんな事故を見せられると、文明社会に生きるリスクなんて事を考えさせられた。自分の日常は果たしてどれ程安全なのだろうか。街で生活する以上、田舎に比べれば事故に遭う確率は高い。あす一日無事でいる保障なんて何処にも無い。当たり前だけどそんな事を考えた。


 夕方、家族を車に乗せて家を出る。行き先はジャスコ洛南店である。途中、今日は吉祥院天満宮のお祭りの日である事に気付く。年に二回、境内に露店が並ぶ日だ。ジャスコに車を止めて天満宮まで歩いた。徒歩でも2、3分だ。


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 夕闇せまる境内は既に大勢の人がいた。小中学生の姿が目立つ。学校の先生の姿もあった。どうやら見廻りに来ているらしい。見渡す風景は僕の時代と変わっていない様に思える。ただ、僕はオッサンになってしまった。代わりに今日は息子と娘が来ている。息子は何やら物色した後「お面」が欲しいと言い出した。値段を聞くと、女店が主曰く「800円です。」 ・・高いよ。

 まるでお菓子の箱のように列車が潰れて折れ曲がっていた。テレビで事故現場の惨状を見れば、その凄まじさは十分伝わって来る。自動車なんかに比べれば遥かに安全なはずの電車でどうしてこんな事故が起こるのか。

 
 この若い運転手は経験11カ月で運転ミスなどで過去に3度処分されている。「目がうつろだ」と乗客から指摘されたり、昨年は京都で100mのオーバーランをやらかしていたという。何やら洩れ伝わってくる話からは職業選択の自由とは言え、どうしてこの人が運転手でなければならないのか、と疑問が湧く。きっと週刊誌あたりはこぞってこの運転手の人物像について書くに違いない。一方で遅れやミスに対して強いプレッシャーを掛けてきたJRの体質も問題にされている。もう100人が犠牲になろうかという大事故だ、執行部の責任は免れないだろう。


 犠牲者一人ひとりに人生があって家族がある。そんなあたり前の事を今更のように思い知らされる。働き盛りの父親を失った家族。子供に先立たれた親。帰らない母親の帰りを待つ幼い兄弟。マスコミが伝える遺族の姿は余りにも痛ましい。

asahi.com: JR脱線事故の死者96人に 1両目になお9人?-?社会

 市内の染井吉野もすっかり葉桜に変わった4月のある日、僕は久世橋の東公園で戌年の付き人といっしょに弁当を食べていた。朝昼兼用である。天気は良いが少し風が強い。水際に並ぶヤナギの新芽が力強い。綺麗だ。

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 ふと空を見上げると何か飛んでいる。どんどんこちらの方に近づいて来る。飛行船だ。大きい。こういうのは歓迎だ。思わぬオカズで弁当が更に美味しくなった。桂川上空に差し掛かる頃には飛行船に描かれた文字がはっきり読めた。どうやら大手石油会社の広告のようだ。飛行船は桂川に沿って大阪方面に進んで行った。


 ネットでこの飛行船について調べると出てきた。日本の会社が所有するドイツ製の飛行船で、名をツェッペリンNT号と言うらしい。余談だがドイツの飛行船と言えば悲劇の飛行船ヒンデンブルグ号を思い出す。その昔、同号はニューヨーク上空で爆発炎上したのだが、今の飛行船は安全で速いらしい。それにしても凄い乗り物だ。誰が乗っているのだろうか・・乗せてくれ。

 「所狭し」と言うのはこの事だろう。毎月21日、京都東寺の境内は露店で埋め尽くされる。その数は1200を超えるというから凄い。フウテンの寅さんの如く縁日の露店商を専らにしている人は少なくて、多くはどこかで店を構えていてる商人だそうだ。弘法さんの日だけ出張して来るわけだ。晴天に恵まれた4月の弘法市、人出はなかなかのモノだった。

 それこそ何でもある。食べ物、衣類、雑貨、陶器、がらくたetc。九条通りに面する南大門から入ると陶器や骨董品の類が目立つ。ほとんどの店は値札なんて付いていない。どことなく怪しげだ。見れば見るほど怪しい。でも面白い。

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 「前掛け」を売る店に興味を惹かれた。昔、市場のオッサンなんかがよく腰に着けていたヤツだ。大体が深緑色か藍色で、商店や会社のロゴが描かれている。安い物は1500円からあったが、有名なロゴの物は高い。聞くと、「森永」は5000円、ジッパーのポケット付きの「かねてつ」は8000円だと言う。店主曰く「なかなか無い品物やで、ビタ一文負けられへんわ」 なぜか店主の鼻息は荒いのだった・・。

 家族で寿司を食べに行った。もちろん回転するアレだ。寿司は近年価格破壊が進んだ外食産業の中でも代表格だろう。京都でも今や国道沿いに幾つも店がある。一皿百円が当たり前だし、ネタも悪くない、と思う。我家の外食の定番である。
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 やって来たのは1年ぐらい前にできたくら寿司だ。僕が休みの日などはちょくちょく利用する。子供は二人とも回転寿司しか知らない。寿司といえば「回転」だ。たぶん息子は廻っていないと怒り出すだろう。4人で寿司28皿、赤だし2杯、にしんそば1杯、パイナップル2皿を食べる。支払いは4000円弱也。来る度に支払い額は増えているみたいだ。仕方ないか・・

 僕には二人の子供がいる。男8歳と女5歳だ。二人は在日四世になる。以前から「お前達は韓国人なんやで」と教えている。だから「お前は何人や?」と聞くと、長男なんかは「僕、韓国人」と答える。でも、何の事か訳も判っていないだろう。国籍だとか民族だとか、そんな概念すら無いのだから。じゃあどうして年端も行かない子供にそんな事を教えるのか。それは「予防注射」だ。


 中学生になる頃には僕は自分が韓国人である事を隠すようになっていた。誰かに隠せと言われたかどうか憶えていないが、成長するにつれそうなってしまった。ただでさえ心境複雑な思春期に国籍の悩みが加わっていた。どうしょうもないくらい大きな悩みなのに決して誰にも話さなかった。そんな感じの十代だった。
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 転機が訪れる。市内の私立大学に入学の折、「原則として本名」を名乗るのが決まりだった。大学はそれをほぼ強要していたのだ。正直言うと僕は本名を名乗るのはイヤだった。ずっと日本風の通名を名乗ってきた在日にとって、それ相応の決心がいる事だ。なんだそんな事ぐらい、と笑われるかも知れない。周りの日本人から嫌われる事を怖れる在日三世にはそれは「清水の舞台から飛び降りる」に等しかった。でも今にして思えば、在日同胞と知り合い、「民族」と向き合えた時期でもあった。


 在日の存在をタブーにしている空気は、日本社会の至るところにある。韓流ブームに沸く今日でもそれはそうだろう。マスメディアが報じる韓流とは裏腹に「日本社会に内在する韓流」は未だ理解されないままの様に思える。息子が通う小学校にも相当数の在日の子供がいるのであるが、現場の先生達に避けて通ろうとする姿勢がありありと覗える。でもそれはムリも無い事かも知れない。当の在日の親達でさえ「民族」を避けている。そんなご時勢だ。


 立派な事を言っているが、意気地が無くて在日である事を人に言えなかった僕である。よくも偉そうな事を書けたものだと思う。でもこの社会で暮らす以上、在日の子供は自分の国籍や民族について「消化不良」を起こすのは目に見えている。少なくとも自分の国籍や生い立ちを疎んじるような事は無いようにしてあげたい。「予防注射」とはそのためだ。効くかどうかは判らないけど。

 嵐電に乗った。記憶が確かなら、最後に乗ったのはたぶん学生の頃だから20年ぶりになる。花見客で賑わう嵐山駅で切符を買った。どこまで乗っても200円也。花が満開なら電車も満員だ。浮かれた満員電車は走り出した。嵐電が行くのは家が密集する居住区だ。民家の物干台や勝手口のすぐ横を通り抜けて行く。20年前と変わらない。嵐電とは京福電鉄の愛称だ。
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 嵐電の駅名は読み方が難しい。「常盤」「蚕ノ社」なんて駅がある。それぞれ「ときわ」「かいこのやしろ」と読む。大学に入って間もない頃、広島から出てきたT君が、駅の近くに下宿したのはいいが、駅名が読めないのだと言う。聞くと「帷子ノ辻(かたびらのつじ)」だった。T君はそれを勝手に「ずきんのつじ」と読んでいた。なんだかよくわからない話だ。それを機に僕とT君は仲良くなったが、彼のあだ名は「ずきん」になった。そんな帷子ノ辻で乗り換えて4つ目の御室で降りた。目の前に仁和寺がある。
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 仁和寺の御室桜は遅咲きで有名だ。別名「オカメ桜」と呼んだりするのだが、訳は有名な話なので書かない。既に散り始めている染井吉野を他所に約200本ある御室桜のほとんどはまだ咲いていない。ただ蕾はパンパンに膨らんでいた。来週あたりは見頃だろうか。
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 「この道を行けばどうなるものか」と言ったのは、闘魂のカリスマ、アントニオ猪木だ。どうなるものか、春の陽気に誘われて自転車道を15Kmぐらい南下してきた。行けば行っただけ同じ道を戻って帰るしかない。黄色い菜の花とピンクの桜に彩られた自転車道は爽快だ。何がいいって車は絶対に来ない。たぶん・・。しかもタダだ。
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 パチンコ店は台を入れ替える度に警察署へ書類を提出しなければならない。警察署までの数キロの道程は車よりも自転車だろうと、そんな感じで乗り始めた。きっかけはそんなところだけど、40才を過ぎて衰えていく体をなんとかしたいという妙な強迫観念がある。脂の乗ったハマチのような体も気に食わない。ジョギングだとが筋トレだとか、バカみたいにそんな事を口にはするが、なかなか実行できない。そんな中年オヤジだけど自転車だけはなんとか乗っている。
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 「この道を行けば・・」はアントニオ猪木の「」というの詩の冒頭の一節だ。猪木信者なら当然知っているだろう。平和の大ヒット機種「アントニオ猪木と言う名のパチスロ機」という名のパチスロ機ではプレミア演出でこの詩が現れた。パチスロ人気がこの詩をずいぶん有名したかも知れない。その「道」はこう締め括られている。
 「迷わず行けよ、行けばわかるさ」

 三年生になる息子の新学期が始まった。今日は始業式だったので10時半頃に帰ってきた。寝ていた僕は起こされる。マクドに行って、僕はビックマック、息子はベーコンレタスバーガーを注文。食べながら新しい先生やクラスメートの話を聞く。その後、車を西へ走らせる。
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 やって来たのは、桜が満開の小畑川だ。川は西京区の洛西ニュータウンを流れている。空はこれでもかというぐらいの晴天だった。真っ青だ。温かい。護岸の公園には人がたくさん出ている。お昼時なのでお弁当を広げている人も多い。子連れ、お年寄り、中高生の姿もある。兎に角、人の表情も風景も明るい。

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 川幅も水深もたいして無い小畑川は水遊びができるようになっている。水底には石タイルが敷いてあるので小さな子供でも歩ける。靴を脱いで入水したり、石の切れ間を跳んだり、息子は忙しく遊んでいた。

 葛野大路通の石原交叉点を自転車で南に行く。5、6分も走れば、桜並木が見えてくる。数十本の桜が、さほど高くない塀に囲まれた敷地の中に植わっている。京都市の鳥羽水環境保全センターだ。
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 この辺りは吉祥院と鳥羽のちょうど境目にあたり、広大な敷地に下水処理のための施設が集まっている。桜並木はその一角にある。京都の南の外れの超ローカルな桜だ。
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 鉄とパイプの要塞の脇を六部咲きの桜が固めていた。しかし、下水処理の施設だけにチョット臭うのだった。
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 アンチ巨人の僕は5連敗を期待していた。その巨人がやっと勝った。だが、巨人の投手は期待を裏切らない、必ず打たれる。この日も終盤の4点のリードを護れず、延長戦の末の勝利だった。勝てたからいいものの、「薄氷を踏む」とはこの事だろう。それにしても開幕4連敗は見事な弱さだった。投手陣のだらしなさは12球団一だろう。先発がそこそこ頑張っても、中継ぎ抑えがちゃんと打たれる。昨年からの病気はそのままらしい。

 
 追い討ちをかけるようにテレビ視聴率の低迷も報じられている。日本テレビの中継を視たけど、なんだあの沈滞した雰囲気は、どうかしている。解説の巨人OB吉村と水野にもぜんぜん元気がなかった。巨人は本当に開幕したのか?疑いたくなるような感じだった。堀内監督、ペナント終了までもつのか・・。敵将ながら心配になってくる。

 
 打っても打たなくても4番清原ばかりが注目されるが、どうなんだろう。清原は嫌いじゃないけど、今の清原はなんか変に映る。勝てない人気ない堀内巨人の「人寄せパンダ」になっている。


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 我らが阪神タイガースは強いぞ。初戦こそ落としたものの、その後の4連勝で首位に躍り出た。最高のスタートだ。それぞれが自分の仕事をきっちりこなしている。地に足が着いた戦いぶりだ。金本アニキは頼りになる。花は桜木エースは福原だ。赤星は今年は盗塁王と首位打者に違いない。ベテラン下柳は渋いぞ。シーツは最高の助っ人だ。太陽、2年ぶりの勝利おめでとう。もっと書きたいけど、この辺にしておく。寝よっと。

阪神4連勝、太陽は2年ぶり白星/ スポーツ
高橋由が延長11回勝ち越しHR、巨人は今季初勝利
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 吉祥院天満宮には幼少の頃の思い出が少なからずある。四月と八月にお祭りの日には、境内には露店が並んだ。幾らかの小銭をもらってそこへ行くのが楽しかった。りんご飴、串かつ、たこせんべい、カキ氷、お金が尽きるまで買って食べた。

 
 でも祭りの夜は危険もあった。中学生ぐらいになると「ケンカ」や「カツアゲ」なんて事もあったりした。子供社会の「弱肉強食」だろうか、そんなチョットうらぶれた下町の空気も子供心に感じていたのを思い出す。でもそんな不安を割り引いても、年二回のお祭りは十分に楽しい行事だった。今の子供達もきっと楽しみにしている事だろう。
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 この神社の解説は他に譲るとして、昔、子供だった僕に誰かがこんな事を教えてくれた。


「この吉祥院天満宮は正真正銘、菅原道真公の生誕の地である。菅原道真に関しては、京都も含めて日本中のあちこちに所縁(ゆかり)があるけれど、本当の意味での道真公の拠り所はここ吉祥院天満宮である。ここに比べれば他はあやしい・・」


 なんたる地元愛だろうか(笑)。僕は今でもそれを信じている。そんな吉祥院天満宮の桜は二分咲きだった。

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 天神川通りの五条から四条あたりにかけては桜並木が続いている。まだ咲き始めたばかりの木が並ぶ中、天神川高辻のカドにある木だけは何故か満開だった。桜の種類が違うのか。その木一本だけにスポットライトが当たっているみたいだ。道行く人がカメラを向けたり、指差して声を上げている。桜もさぞかし満足だろう。
 関西風に言えば、なんや知らんけど、しょうみの話が「目立ちたがりの桜」という事やな。

 仕事場の左隣はセブンイレブン吉祥院葛野大路店である。隣がコンビニと言うのは何かと便利だ。日常の買い物はもちろん、公共料金の支払い、ネットの買い物の決済、宅急便の取り扱い等ができるし、銀行のATMまである。本当に驚くべきサービスの充実ぶりだ。もうコンビニ無しでは生きて行けないかも知れない。それぐらいに思ってしまう。
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 たまに食べるコンビニ弁当であるが、これが結構美味かったりする。おにぎりもイケル。一昔前と比べると味の面でも偉くレベルアップしているように思える。競争激しいコンビニ業界、弁当のネタも相当の吟味と切磋琢磨があるのだそうだ。今更ながら日本の民間企業の知恵と努力には敬服する。
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 何を買うって、やはり飲み物が多い。これからの季節は特にだ。今日、ペットボトルのお茶を買ったら、おまけが付いてきた。なんだか知らないけど、香港飲茶海洋楼の「エビ蒸し餃子」だそうだ。さすがセブンイレブン、美味そうだな。

 焼肉は我家でも外食の定番メニューだ。寿司と並んでここ数年、最も価格破壊が進んだ分野だろう。京都市内でもあちらこちらに焼肉の看板が乱立しているのを見ると競走の激しさが伺える。
 

 実は僕の勤め先の向かいは焼肉店だ。この店舗は5,6年の間にラーメン店、とんかつ店、焼肉店と変遷してきた。何をやっても上手く行かなかった場所だが、焼肉になってから二年ぐらい経つ。週末なんかは並ぶ客が出てるぐらいだから、商売になっているようだ。僕はめったに行かないが、近所の人が「安くて味が良い」と言っていた。向かいの店は元気な方がそりゃ良いに決まっている。
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