僕には二人の子供がいる。男8歳と女5歳だ。二人は在日四世になる。以前から「お前達は韓国人なんやで」と教えている。だから「お前は何人や?」と聞くと、長男なんかは「僕、韓国人」と答える。でも、何の事か訳も判っていないだろう。国籍だとか民族だとか、そんな概念すら無いのだから。じゃあどうして年端も行かない子供にそんな事を教えるのか。それは「予防注射」だ。
中学生になる頃には僕は自分が韓国人である事を隠すようになっていた。誰かに隠せと言われたかどうか憶えていないが、成長するにつれそうなってしまった。ただでさえ心境複雑な思春期に国籍の悩みが加わっていた。どうしょうもないくらい大きな悩みなのに決して誰にも話さなかった。そんな感じの十代だった。
転機が訪れる。市内の私立大学に入学の折、「原則として本名」を名乗るのが決まりだった。大学はそれをほぼ強要していたのだ。正直言うと僕は本名を名乗るのはイヤだった。ずっと日本風の通名を名乗ってきた在日にとって、それ相応の決心がいる事だ。なんだそんな事ぐらい、と笑われるかも知れない。周りの日本人から嫌われる事を怖れる在日三世にはそれは「清水の舞台から飛び降りる」に等しかった。でも今にして思えば、在日同胞と知り合い、「民族」と向き合えた時期でもあった。
在日の存在をタブーにしている空気は、日本社会の至るところにある。韓流ブームに沸く今日でもそれはそうだろう。マスメディアが報じる韓流とは裏腹に「日本社会に内在する韓流」は未だ理解されないままの様に思える。息子が通う小学校にも相当数の在日の子供がいるのであるが、現場の先生達に避けて通ろうとする姿勢がありありと覗える。でもそれはムリも無い事かも知れない。当の在日の親達でさえ「民族」を避けている。そんなご時勢だ。
立派な事を言っているが、意気地が無くて在日である事を人に言えなかった僕である。よくも偉そうな事を書けたものだと思う。でもこの社会で暮らす以上、在日の子供は自分の国籍や民族について「消化不良」を起こすのは目に見えている。少なくとも自分の国籍や生い立ちを疎んじるような事は無いようにしてあげたい。「予防注射」とはそのためだ。効くかどうかは判らないけど。

私は日本人なので、本当にはきっと解らないのだと思いますが、小学生の頃わたしのまわりは、在日の人だらけでした。最初は解らなかったけど、ある日幼なじみが、6年生で、韓国名に戻りました。もちろん話題になりましたが、わたしはフレッシュな感動で、色々な話を聞いてまだ見ぬ韓国に憧れたりしていました。だから、重要なのは大人の世界で作り上げて言っている様々な事だと思います。子供は、何でも興味を持ちますが、それを尊敬するか、好意的になるか、否か・・・確かにまだ、芸能人でも隠している人いますよね。難しい問題だけど、堂々としている人たちは、尊敬します。いつもいくキムチ屋のおばちゃんも在日2世ですが、色々な話をしてくれます。
HANAHANAさんへ
何の先入観もない幼い心は物事を真っ直ぐに受け止められますね。本当はみんなそうなんです。あなたの言う通りです。良い事も悪い事も、成長の過程で大人の価値観を植付けられて行くのです。在日の子供は程度の差はあれ日々少しずつ傷つけられながら成長していくようなものです。それについて僕は「苛立ちのような物」を感じます。
HANAHANAさんの幼なじみの話はいい話ですね。あなたは一点の曇りもない素直な女の子だったのでしょうね。何処で育ったのでしょうか。
まささん、こんばんは。
まささんのこの文章を読んで一日本人として考えさせられました。
「予防注射」という言葉に心が痛みます。このような空気や環境をいまだに作り出している、
私達日本人の狭量で鈍感な精神には深い改心が必要です。
日本は島国で平和ボケと同じく、このような問題にはあまりにも疎くナイーブ過ぎます!否、わざと疎いふりをしているのかも?
私はある一時期、米国で暮らしました。
その時「ジャップ!」と罵られ明らかに差別の対象となった経験があります。
友人も南部の保守的な町で現地の女の子と結婚話となり、彼女の両親に紹介された時、
東洋人という理由であからさまに拒絶されました。
民族で差別される経験の無かった私には、心を切り裂かれるような
衝動が突き上げたのを覚えています。
どうして人は国籍や民族にこだわり、同じ地球に住む‘人間’という‘種’としてして見ることができないのでしょうか?
同じ民族同士でも家柄や社会的地位で、また障害者に対する
差別は歴然と存在します。
人の価値観には他者がとやかく言う問題ではないのかもしれませんがなんとも寂しい話ですね。
はっちんさんへ
アメリカ南部辺りはやはり差別意識が激しいのですね。直接体験談を聞いたのは初めてです。「心を切り裂かれるような衝動」という表現を読んで、何かお腹がズシリと重たくなりました。結婚しようとまで考えている日本人を簡単に切って捨てる南部の白人の話は読むだけで憤りを感じました。それを現場で体験したはっちんさんと友人の気持ちは察して余りあります。 民族感情をめぐって何かと騒がしい昨今ですが、はっちんさんのコメントで救われたような気がします。ありがとうございました。
ある知人は
「日本人とは絶対結婚させない。韓国系のみ許可する」
また別の知人は「韓国以外の外国へは行くな」、
「女なんだから働く必要がない」と、
子供達に教えています。
両方とも在日韓国人の家庭です。
現代日本の一介の日本人からすると、
聞く度に理解に苦しみ、哀しくなります。
子供達は「親の偏った教育」を自分で判断する能力を
奪われてしまう。
在日韓国人の中から、「視野の広い、国際人となりうる人」を
輩出してください。
ついていけない さん、今日は。
ご意見ありがとうございます。
在日の親の考え方の偏狭さゆえに、子供の芽をつんでしまっている。たしかに理不尽な事柄を私も体験して来ましたし、見て来ました。在日も3世あたりになると、相当に反発しています。なにかと雑音が多いなか、国籍、結婚、就職、真剣に向き合っている在日も大勢います。もちろん私も、子供達には偏った考えに捕らわれず、広い視野を持って成長して欲しいと切に願っております。
自分のルーツや足元を理解しないままでは、人は大きくなれません。いま日本社会には「国際化」「国際人」という言葉が氾濫していますが、どうもお寒い状況です。先頃、臨教審あたりは小学校からの英語教育を模索しているようですが、危うい話です。数あるアジアの国々の中でも国際化を最も履き違えているのが日本です。誤解を恐れず言うと、国際人なんて人はこの世に存在しません。他国の人や文化を理解するために、まず必要なのは自身の成り立ちを理解することです。日本社会にある「国際化」が稚拙である事は、幼い子供に英語を植え付けようする動きに象徴されていると思います。
はじめまして、40歳の中年会社員です。
アドレスが変っていたのですね。
もうこのブログが存在しないと思い、検索して、やっと見つけました。 投稿す
るのは初めてですが、いつ更新するか楽しみに待っています。
当方は大阪在住の在日3世です。 小学校から、本名で大学、日本企業と意地
(意地以外無いですね)はって、通してきておりますが、私の息子の4世にもなる
と、何の人生のプラスの生き方になるか解りません。(息子も公立校で本名通学で
す。 やはり、わたしの時代と同じく、学校で1人だけですね。)
わたしは、子供に実のところ、予防注射はしたけれど、その効能を教えること
ができないのです。 実際日本人と同じく、日本文化の中で生活して、逆に祖国の
文化を異文化と感じていたために、自分の体内に何一つ、それが、血となり骨とな
っておりません。(ヤン・ソギルの本みたいですね)
まささんと、年齢も近いのに、思考の厚みが、だいぶん違うと、卑屈になって
ます。
最後には、ケンチャナヨと逃げて生きたツケかもしれません。
少し重くなりましたが、ブログ楽しみにしてますので。
キョウさん、コメントありがとうございます。
私の周りを見ても、在日3世4世の価値観は混沌としています。頑なに民族意識を
守り子供を民族学校に通わせる親がいる一方で、韓国や朝鮮だの民族に対する意識
すら鬱陶しいと、とっとと帰化をして日本人として生きようとする親もいます。何
が自然かを考えれば、私は程度の差はあれ在日が日本化して生きるのは仕方ない事
だと思っています。日本人と結婚するのも自然な成り行きだと思います。
ただ、帰化を果たした4世が、すっかり日本人になって、いい学校を出て「立派
な人」になったとしても、ハルボジやハルモニが生きた文化やルーツをないがしろ
にする事はダメだと思ってます。そんなのは人間としてスカスカです。偉そうな事
書きましたが、私もキョウさんと同じく迷いながら生きています。コメントいただ
いて嬉しかったです。