2005年6月アーカイブ

 「魔界の入り口」のようなトンネルを抜けるとそこが保津川渓谷である。ここはちょうど北東に向いていた保津川の流れが南へ大きく向きを変える場所だ。地図で確認するとヘアピンカーブのように曲がっているのが判る。杉木立の間から望む景観は本当にダイナミックだ。そしてこの大自然と清流はブログで知り合った「保津川下りの船頭さん」コトはっちんさんの仕事場でもある。

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 トロッコ列車が走る保津峡駅の吊り橋を過ぎ、壁岩のトンネルを抜けると渓谷の対岸に山陰線の保津峡駅が見える。道はこの先で二手に分かれる。左に行けば保津峡駅、右に行けば水尾・越畑方面だ。ただ保津峡駅の方に行っても道は行き止まりなので、道の選択の余地はない。

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 柚子の里の水尾から越畑に至る道は霊峰、愛宕山の麓をたどる登り道だ。しかも長い。自転車で行くのは初めてだから、いったい何処まで登りが続くのか判らない。僕にとっては精神的に肉体的にツライ道程だった。道中、全ての水と栄養剤を消費した。


 青々とした棚田が印象的な越畑の集落で休憩を取り、水を補給する。ここから先は待ち焦がれた下り道だ。爽快なダウンヒルが続く。メッタに車は来ない。人もいない。神吉の集落を過ぎれば日吉ダムはもうすぐだ。

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 今年の見事な空梅雨の影響は日吉ダムでも見て取れた。人も困るが魚も行き場が無くなって困るだろうに。などと的外れな事を考えながらダム右岸を漕ぎ進む。ダムサイトに到着したのは午後3時過ぎだった。昼飯を食べていないから腹ペコだ。ダムを降りて園部にある道の駅京都新光悦村カレーパンとアップルパイと牛乳で空腹を鎮める。食べると元気が出た。疲れた体ほど反応は単純だ。そして帰りは国道9号でひたすら京都を目指す。老ノ坂ではチトへたった。


この日のデータ・・・走行距離87.3km 走行時間4時間43分 最高速度62.0km/h

 渡月橋の北一帯、嵯峨野と呼ばれる辺りは寺院・古刹が密集している。緑濃い竹林と田畑と寺院を縫って走る。もちろん自転車だ。空模様はというと梅雨の曇天でたまに日が差すが、はっきりしない天気だ。あだしの念仏寺を横目に鳥居本の石畳の坂をローギアで登る。道はやがて保津峡へ通じる林道になる。保津峡までは距離はそうないのだが、六丁峠を越えなければならない。嵯峨野と保津峡の間に横たわるこの峠は険しい。
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 峠のクライマックスは斜度15度ぐらいだろうか、僕にとっては物凄くキツい。肺にいっぱい酸素を吸って、腹筋と下半身に血を送る。坂を見上げると気が萎える、ほんの1m先を見つめながら一歩一歩ペダルを踏み込む。峠はまだか・・

 
 日常生活では到底味わえないであろう苦しみを堪能しつつ峠にたどり着いた。案内板が見える他は何もない峠だ。平らな部分は畳二十帖ほどしかない。登った途端に下り出すのがジェットコースターなら、まさにそれだ。

 
 下りもそうそう楽じゃない。谷底に落ちて行くような下りは恐怖を感じる。ツヅラ折れが多く、その度に十分に減速しないと曲がり切れない。ブレーキは握りっぱなしに近い。視界を確保するには重力に逆らって首を上げていなくてはならない。首が痛い。


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 確か両親とはぐれた千尋が渡ったのもこんな赤い橋だった。峠を下り切ったところで赤い橋に出くわす。落合橋だ。橋の先にはトンネルがあって何か奇妙な雰囲気を醸し出している。これが魔界の入り口だと言われればそんな風にも見えなくもない。この先を進む為のある種の覚悟を迫られているかのようだ。行くのか、戻るのか。事実、この先は保津川渓谷沿いの侠道で右は絶壁、左は渓谷、逃げ場はない。もちろん行くつもりで来たのだ。六丁峠を戻るのはゴメンだ。

 父の日の日曜日、息子と桂川の自転車道を走った。梅雨入りした京都は湿度は高いがなかなか雨は降らない。日中の自転車道はもう真夏の暑さだ。昨年は下りのカーブでブレーキが上手く掛けられず、フェンスにぶつかっていた息子だが、今年は大丈夫だったようだ。
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 小学3年生の息子は学校から帰ると、いつも僕の携帯に電話を掛けてくる。電話の冒頭で「給食は全部食べたか?」と僕が聞くと、「うん、食べた。」と返ってくる。とまあ、こんなお決まりのやり取りのあと、学校での出来事を少し聞いたりする。小学校も3年生ぐらいになると、ある事ない事、余計な事をいろいろ憶えてくる。言ったの言わないの、友達同士のケンカというか小競り合いというか、そんな話も聞かされる。子供には子供の事情がある。
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 松尾橋脇のコンビニで水分を補給する。息子はガリガリ君を食う。せっかくなので松尾大社をチョット散策して帰宅した。しかし暑い日だった。自宅と松尾大社の往復は距離にしておよそ7kmであった。

 立命館大学の以学館は衣笠キャンパスの東門をくぐったところにある。四角い縦長の真中の部分とその両脇の羽を広げたような部分とで成り立っている。縦長の部分は教室や階段になっていて、羽のような部分はホールになっている。確か第一ホール、第二ホールと呼んでいた。大人数が収容できるので、しばしば有名人や来賓の公演が行われる場所だ。この以学館を上空から見ると立命館の「立」になっている。まさに立命館衣笠キャンパスを代表する建物だと言える。
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 自転車で花背峠をめざしたその日、僕は数年ぶりに立命館大学に立ち寄った。ピンクのシャツに黒いレーサーパンツ、青いヘルメットにサングラスという出で立ちである。怪しいの一言に尽きる。よく守衛に止められなかったものである。先を急ぐので、何かと思い出深い以学館の周辺を何枚かデジカメに収めて母校をあとにした。数分の出来事だった。

 強い憧れや願望こそが人を突き動かす原動力になる。それはそうだが、想い描いた通りにできるとは限らない。人には力量というモノがある。自分の力量や物事の難易度も知らずに行動してしまうのは初心者に有りがちな事ではある。実はnasubiさんのロードバイク茄子日記を読んで自分も走ってみたいと思ってしまったのである。身の程知らずである。そして無知とは恐ろしい。以下は無謀にも京都北山の北壁、花背峠に挑んだロードバイク初心者の中年男の顛末である。


 6月13日(月)朝10時頃、桂離宮前をスタートして自転車道にを北に行く。天気は良い。サドルバッグの中身はチューブ、タイヤレバー、携帯工具、パンクセット、栄養剤である。腰に着けたウエストバッグには携帯電話、財布、デジカメという装備だ。嵐山で自転車道と別れ、渡月橋を渡る。宇多野嵐山線、通称きぬかけの道に入り、広沢の池、仁和寺、竜安寺を横目に東へ行く。
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 北山通りから堀川通りに入って北へ進む。やがて堀川通りは賀茂川にぶつかる。そこに架かる御園橋を渡ったところに上賀茂神社がある。この先の無事を祈願して鳥居の前で合掌する。ボトルの水を補給して神社をあとにした。


 柊野別れを右に行く。登りの勾配がはっきりしてきた。ローギアでペダルを漕ぐ。貴船口の分岐を右に行くと鞍馬寺はもうすぐだ。上賀茂神社から幾度かの休憩をして、あま何とか鞍馬寺までやって来た。この辺りでは気持ちにもまだ余裕はあった。車では幾度か行った事はあるけれど、自転車で花背峠を目指すとはどれほどの事であるのか、実のところ解っていなかった。
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 鞍馬の街道沿いの家並みが途切れると、道はたちまち山道になった。北山杉に覆われた林道は昼間でも薄暗い。勾配もキツイ。休みながら漕ぐ。疲れのせいか、クリートをペダルから上手く外せない。落車しそうになる。休みながらも必死で漕いだ。

 
 百井別れ付近ではもう5分いや3分と漕いでいられなくなった。酸素が薄いのか、今までとは比べものにはならないくらい苦しい。心肺機能が付いていってないのか。自転車を押して歩く僕をロードバイクに乗った若い人が追い越して行く。挨拶を交わす。相当に鍛え上げられている事は後ろ姿でも判った。

 
 歩いたり、たまに漕いだり、芋虫のように這いつくばりながらも、何んとか花背峠に辿り着いた。最後はツーリングと言うより登山だ。水も栄養剤もすべて無くなっていた。その辺にヘタリ込む。峠の気温計は20度と表示されていた。
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 登りで苦しんだ分、下りは楽かと言えば、それはそうなのだが、加速が付き過ぎて怖い。自転車でこれだけのダウンヒルは生まれて初めてだ。ペダルを踏む必要は無い。反対にブレーキを掛けながら下る。だんだんカーブ手前でのブレーキの量がつかめて来た。少し下り勾配がゆるくなった所でペダルを漕いでみる。ものすごく加速する。チト怖いが爽快だ。花背峠から上黒田あたりまでの体験はジェットコースターのようだった。


 のどかな国道477号を西へ行く。下り基調の素晴らしい道だ。気持ちがいい。しかし僕は腹が減っていた。何か食べたい。車のガソリンスタンドは在ったりするが、僕のガソリンを満たしてくれるところが無い。やっと辿り着いた京北町のウッディ京北親子丼を食べたのは午後3時だった。


 国道162号の栗尾峠では左ひざの後ろが痛くて、フクラハギがつりそうだった。休みながら漕ぎ進む。栗尾峠から高雄までの下りはいいけれど、暗く長いトンネルでどんどん加速する中、後ろから迫る自動車の音は、それはもう爆音に聞こえる。怖かった。高雄を経て嵐山に戻った頃には渡月橋に西日が差していた。もう、ヘロヘロ。サイクルコンピュータのデータ 走行時間5時間35分 走行距離97.6km

 とうとう梅雨入りした。京都は既に蒸し暑い。仕事しても、自転車に乗っても、ゴルフクラブを振っても、寝てても汗が出る。長く暑い季節の始まりだ。乗り切るためにはスタミナが必要である。なんて話を口実にして焼肉店に来てしまった。京都洛西にある「やる気」という店だ。
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 塩タンから始まって、カルビ、ロース、テッチャン、キムチ、ナムル、わかめスープ、ピビンバ、肉も野菜も美味い。こんな事でいいのだろうか。まあ、いいか、一生懸命働くぞ。

 ジーコジャパンは北朝鮮を見事打ち砕いて、W杯出場を決めた。ジーコ監督も選手達も本当によくやったと思う。そして韓国もドイツ行きを決めた。二つの国が出場決定した事は素直に嬉しい。在日三世の僕にとっては韓国が「祖国」ならば日本は「母国」だ(こういう表現が適切かどうかは判らない)。来年、ヨーロッパサッカーの総本山とも言えるドイツで日本と韓国の活躍を見る事ができれば、それは最高である。


 先の2002年日韓共同開催W杯では、日本でも多くの人がこれまでに無いぐらいナショナリズムの高まりを感じたのではないだろうか。そんな高揚感をもって応援できるのは楽しい事だ。それは人類共通のスポーツ、サッカーならではだろう。日本人は日本代表を韓国人は韓国代表を応援して燃え上がるのが正しい楽しみ方である。国家的アイデンティティという面では流浪の在日はどうするのか。W杯で日本と韓国が当たるような事があった場合、どちらを応援するのか。そんな場面を勝手に想像して、僕は悩んでしまう。

 
 今、僕の身の周りにサッカーW杯ほど民族を意識させてくれる事象はない。が、民族的にどういうスタンスでW杯に臨むのかが曖昧だ。いくら祖国は韓国だといっても、選手の顔も名前もロクに知らないチームを応援できるだろうか。日本にいる以上、日本代表の情報量が圧倒的で選手一人ひとりに馴染みがある。中田や俊輔や小野の活躍が見たいと思っている。どうやら韓国と当たったとしても日本代表を応援したいと言う気持ちが強いような気がする。でも韓国人の僕が日本を応援するのもチトおかしい様にも思える。正直なところ、自分でもはっきりと判らないのである。そこで「対戦が決まってから考えればいいだろう」と思考を中絶するのである。

 桂川が宇治川、木津川と合流して淀川になる辺りで京都八幡木津自転車道はカーブして東を向く。御幸橋を渡れば桂川とはお別れだ。ここから自転車道は木津川にバトンタッチされるのだ。京都盆地と大阪平野の繋ぎ目であるこの地は自転車道の繋ぎ目でもある。東には男山、西は天王山に挟まれた場所で、京都の三河川がギュッとバンド締めされた様な地形が地図でもはっきり見て取れる。なんともダイナミックだ。
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 木津川沿いを暫く行くとながれ橋が見えて来た。木造の橋なんて今時なかなかお目に掛かれない。増水すれば流される。流されればまた造る。なんてすばらしい精神だろうか。そのながれ橋の上で休憩とした。
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 その後、山城大橋を渡って国道307に入る。目指すは茶処、宇治田原町だ。ここからは登りが続くので、腹に脂を抱えた中年サイクリストにとっては難所だ。いや、本当に大変だった。登りの辛さは覚悟していた事だ。辛ければ、休めばいい。大変だったのは、道の悪さと頻繁に通るダンプだ。峠道は路肩が狭くて砂利石が多い。ダンプが通れば自転車は走れるスペースなんて無いに等しい。身の危険を感じるくらいスリル満点だった。この道は二度と走るまいと思った。

 
 峠を越え、宇治田原町に入ると道は広がって良くなった。下りでスピードに乗れる。道はやがて二手に別れる。北へ向けば宇治市、南へ向けば信楽方面だ。予定通り前者を選択して、新茶がなる茶畑を横目に北へ行く。天ヶ瀬ダムがもうすぐそこだ。
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 天ヶ瀬ダムの中流、宵待橋に出て、そこからダムサイトまでは宇治川ラインと呼ばれる道だ。カーブが続くが緩やかに下っている。ダムサイトに着くと暫く休んだ。山の斜面に鳳凰湖と書かれている。天ヶ瀬ダムの別名である。もちろん下流の平等院から付けた名だ。ダムを下れば宇治市街である。

 
 その後、宇治から伏見を経て、アスリートを夢見る中年男の儚い冒険はフィナーレを迎えた。費やした時間は約5時間、走行距離68km、飲料水2リットルは飲んだな・・。

 僕は夜は仕事に出ているから、家族といっしょに晩御飯は食べられない。だから家族全員そろって夕飯卓を囲めるのは僕の休日だけである。5歳の娘は保育園から戻って僕の姿があると「おとうさん、今日休み?」と必ず尋ねてくる。「うん、休み」と返事すると。「ヤッター!」と喜んでくれる。いつまで喜んでくれるのだろうかと考えたりもするが、僕も嬉しい。そんなこんなで、僕の休みの日は外食する事もしばしばだ。
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 「お寿司がいい!」と言う娘にめずらしく息子が同意した。そこで、五条通七本松にある「あきんど」にやって来た。当然100円寿司である。たまご、サーモン、海老、イカ、中トロ、カンパチ、シャコ、ハンバーグ、うなぎ、数の子、ビール、赤だし、うどん等など。4人で締めて4300円也。我家のささやかな贅沢である。

2008年7月

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