2005年7月アーカイブ

 京都駅前の近鉄百貨店が閉店するというニュースが流れた。大阪駅前のそれのごとく一年半後には京都駅前にもヨドバシカメラが出現するそうだ。それにしても拡大路線まっしぐらの家電業界には恐れ入る。街中、家電量販店ばかりにしてどうすんの、という感じがしないでもないし、多少なりとも思い出のある老舗百貨店の撤退は残念に思う。5階に汗牛充棟の書物をそろえる旭屋書店は好きで今でも行く。今時、数少ないオヤジの居場所である。
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 時は遡って70年代半ばの事、中学生だった僕は学校帰りに友達数人と、しばしば丸物百貨店に来ていた。丸物百貨店とは近鉄百貨店の前身である。当時、百貨店の屋上では週に一回、ラジオ番組の収録をやっていた。たしか「丸物ワイワイカーニバル」という番組だった。司会はものすごいアフロヘアーの噺家で、それは若かりし頃の「笑福亭鶴瓶」だった。出演者もローカルなタレントばかりだったけど、ほとんど無名時代の「やしきたかじん」なんてのも出ていたのを憶えている。学校帰りに詰襟姿で百貨店をうろつくなんて事は学校にバレたら怒られるのだけれど、面白かったので何度も行っていた。思春期の思い出は驚くほど鮮明だったりするけれど、流れた時間を考えると嫌になる。
近鉄百貨店京都店が閉店へ 京都新聞 電子版

 自転車が国民的スポーツであるかの国では鉄人ランス・アームストロングが前人未到の7連覇を成し遂げ、日本列島には真夏の台風7号が刻々と近づいていた頃、僕は天橋立に来ていた。ここ数年、この時期に近畿圏内のどこへやらの海に行くのが家族の恒例行事になっていて、今年は何故だか天橋立と言う事になった。

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 天橋立は、宮城県の某所、広島県の某所と並んで日本三景の一つになっている。いったい誰がそんな事決めたのかと思い、ネットで検索してみると、あっさりと調べがついた。江戸時代の学者・林春斎という人が著書「日本国事跡考」に「丹後の天橋立、陸奥の松島、安芸の宮島を日本三景」と書いたのが始まりらしい。日本に数ある風光明媚な場所の中でもここは別格という事だ。それではこの地を上から眺めてやろうとリフトで展望台へ登った。天橋立を上から見るのは初めてだったが、宮津湾を内と外に分ける松並木の砂道は見事だ。ちなみに世に言う股のぞきの元祖は対岸にある傘松公園展望台なんだそうだ。

 祇園祭の山鉾巡行が京都の夏本番の合図になった。山鉾巡行の翌日、気象庁は「近畿地方が梅雨明けしたとみられる」と発表した。「梅雨明け宣言」などと言ってた頃に比べると随分ひかえめな言い回しである。数年前には「梅雨明け撤回」なんて事もあったぐらいだから、季節に線引きする事はやはり難しい事なのか。その梅雨明けの河川敷を走ろうと自転車に跨り家を出た。


 一段とパワーアップした日差しが容赦なく照りつける。焼豚にされそうだ。滝のように流れる汗が自転車のトップチューブにボタボタ落ちる。水を飲み飲みペダルを漕ぎ進む。ひと休みしようにも桂川の自転車道には日陰が無い。ぜんぜん無い。やっと見つけた木陰は御幸橋の散歩道だった。
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 御幸橋は実は二本架かっている。北側の橋は宇治川に架かり、南のそれは木津川である。橋のすぐ下流で先の二川と桂川が合流して淀川と名を変える。この散歩道は二本の橋の間にある。立派な桜並木の木陰は心地良いし、右も左も川だから風通しも抜群だ。自転車乗りの休憩場所としては最高だろう。この散歩道は自転車でも行けるのだが、行き着く先は宇治川と木津川の合流が作る三角州の先端だ。つまり行き止りである。言い換えると、この素晴らしい休憩場所は二本の川の股グラなのである。この股グラこそ正に三川合流の地である。

 「あるある探検隊」ならぬ「虫採り探検隊」が結成された。隊長は僕だ。幻の昆虫を求めて南米アマゾン川のジャングル奥深く分け入って行きたいところだが、まあ時間の都合で桂川という事になった。梅雨明け間近の夏空の下、二人の助手を連れて桂離宮前の河川敷にやって来た。
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 降り立った河川敷には、トンボの群れが飛んでいた。格好の獲物だ。助手の一人が捕獲しようと頑張るのだが、虫採り網は虚しく空を切る。実はこの助手、虫採り網を使うのは今日が初めてである。やる気はあるのだろうが、全然なっちゃいない。トンボの方が数段俊敏である。隊長である僕の出番のようだ。
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 上空を飛ぶトンボを採るのは難しいので、草の高さに降りて来たヤツを狙って網を振る。見事捕獲に成功だ。助手達は声を上げて喜んでいる。観ると「シオカラトンボ」だった。その色から別名「麦ワラトンボ」とも言われるが、オスの体は成長と伴に鮮やかな青に変わって行く。僕も子供の頃はよく採ったなじみ深いトンボだ。「ありがとうシオカラトンボ」と言いたい。隊長の面目躍如である。

 三条から四条辺りに掛けて京都一の繁華街を擁する河原町通りではあるが、南に下って来ると様子はだいぶん違ってくる。とりわけ河原町九条から以南の一帯は数ある京都の下町の中でも異彩を放っている。地元の人が「東九条」と呼ぶこの地域は、そこかしこに韓国の食材店や飲食店がある。日本一のコリアンタウンである大阪の鶴橋なんかに比べると規模はホントに小さいのだけれど、この町の存在は日本文化の象徴のような京都にあって、そこに食い込んだ楔(くさび)のようだ。
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 今時ハングル文字の看板なんて市内のあちこちにあったりするのだが、この辺りのそれは年季が違う。下町が醸すチョットうらぶれた雰囲気と猥雑さはもはや叙情的ですらある。国籍不明のこの地からほんの数キロ北へ行けば、日本を代表する祭り、祇園祭がまさにクライマックスを迎えようとしている。そして、すぐ南の河原町十条は河原町通りの終焉の地でもある。

 京都の街は北に向いて登っている。およそ55mある東寺の五重塔と北大路通りの標高はほぼ同じだと言うのは有名な話だ。と言う事はだ、五重塔以外の建物を全部取り払ってしまえばスキーのゲレンデのような土地が現れて、北大路通りから遥か南の五重塔を見たとき、「いま自分が立っているのはあの五重塔のテッペンと同じ高さなんだ」と実感できるんだろうか、どうなんだろうか。とワケの判らない事を考えながら、その北大路通りを自転車で走った。
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 北大路通りの歩道には自転車の専用レーンがあるのだが、まあ障害物が多くて決して走りやすいとは言えない。中にはこんなのがあった(店主が確信犯でやっているのであれば、いただけない。その可能性が高い)。それじゃ車道はどうかと言うと路上駐車が路肩を塞いでいて走り難いし、安全とは言い難い。ただ看板や設置物が歩道を占領しているなんてのは何も京都に限った事ではないだろうし、日本中似たような状況だろうと思う。自転車の走る場所というのは本当に難しくなっているようだ。


 自転車の場合、縁石や段差がない方が快適だ。だからできることなら車道の路肩を走っていたいのだが、そうは行かない。路上駐車に出くわす度にそのまた右を走り抜けるのは危険である(よくやってしまうが)。車と自転車の事故の場合、まず致命傷を負うのは自転車側だ。少し急いだが為に命を落とすなんてのはゴメンだ。状況判断しながら、車道を走ったり、歩道を走ったりしているのが僕を含めて大方の実情ではないだろうか。


 「道交法と道路行政の歪さ」は方々で訴えられている(例えばBiCYCLE CLUB 6月号)。本来、車道を走れるハズの自転車がどんどん歩道に追いやられているのは確かに問題だ。ましてや自転車の活動範囲を狭めるような法改正は絶対に反対だ。しかし、自転車のすぐ横をワザと猛スピードで走るトラック(この手の輩は人を殺すまで解らないのだろうか)なんてのを見るにつけ、子供には「歩道を走りなさい」と言いたくなる。またまたいい加減な能書きを書いてしまったが、それもこれも自転車に乗るからこそ出る意識である。

 気まぐれな梅雨の晴れ間をねらって嵯峨野辺りにやって来た。目的は別に無い。強いて言えば気分転換と脂肪燃焼だろうか。当然ながら自転車である。別に見なくてもいいのに、たぶん20年ぶりぐらいに大覚寺の大沢池を見て、それから広沢池に向かった。両池は近い。大沢池から広沢池に至る道というのは、それはそれは長閑な農道である。特に広沢池よりの一帯は民家一つ無くて、田畑ばかりが広がっている。近代化から取り残された空間がポッカリとある、そんな様でもある。昔から時代劇の撮影によく使われていた場所だ。
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 6月の渇水の借りを返すように、7月に入ってからはずっと雨が降っていた。さすがの梅雨前線も息継ぎだろうか、今朝は止んだ。しかし、空は分厚い雨雲に覆われていて、空気は重くて生暖かい。暫くは降ったり止んだりの天気だろう。毎年、祇園祭まではそんな感じだ。本当の暑さはその後だ。猛暑の中、自転車に乗っていられるだろうか。長雨に潤った田んぼや周りの緑は輝いて見えて、昼間だと言うのにカエルがゲロゲロ鳴いていた。

 自分の自転車で走る姿が他人から見てどんな風に映るかは大いに気になるところだ。「それほど見られていないから心配しなくてもいい」という意見もありそうだが、自転車乗りたる者「見られる事を意識しなくてはいけない」と勝手に思っている。そこで、黒いTシャツと黄色いバーテープをコーディネイトして見た。黒と黄色は好調阪神タイガースのチームカラーである。いいぞタイガース!
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 僕が乗る自転車のフレームカラーは元々、黒基調に黄色がアクセントになっていた。このバーテープはそれを強調した格好だ。どうだろうか、初めて巻いたにしては上手くいった方ではないかと自己満足しいる。品物はこれ
 
 そして「Bicycleholic」とかかれたこのTシャツは「power's bicycle diary」で入手した物だ。同サイトは「自転車を徹底的に意識する」として、複数の自転車乗りが自転車についてあれこれ書いてるブログである。そこのpowerさんをして「バチグン」と云わしめたのがこのTシャツである。ロゴの意味は「自転車中毒」なんだそうである。

 この寺についてうん蓄を言えば、その昔、パトロンは五代将軍綱吉の母の桂昌院だったとか、普通のカメラでは撮り切れないぐらい横に長い天然記念物の「遊龍の松」だとか、イロイロあるが、僕が書いてもなんなので止めておく。六月下旬の薄曇りの平日、見ごろのハズの紫陽花を観てやろうと韓国系の偽風水師を連れてやって来た。西国二十番目の札所であるその寺の名は善峰寺である。
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 京都市の南西部で向日市、長岡京市と接する大原野は田畑が広がる長閑な丘陵地で脇を京都西山連峰が固めている。その山の中腹に善峰寺はある。山門に至るまでの登りは直線に近くなかなか強烈である。広大な敷地を見て回るには斜面を登る事を強いられるが、京都の洛西・洛南を一望する鳥瞰図を見る事ができる。

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 一年ぶりに訪れた善峰寺の紫陽花苑はと言うと・・昨年とはチト様子が違うようだ。綺麗に咲いている株もあるのだが、どうも全体的に色付きが悪い。良く見ると枯れてしまっているモノも少なくない。空梅雨はこの寺の紫陽花を枯らしてしまったようだ。水が無ければ花は枯れる。当たり前の道理ではあるが、少し残念な気持ちで洛西の山寺をあとにした。

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