2005年10月アーカイブ

 関西あたりでは広大な土地を表現するのによく甲子園何個分だとか言ったりするが、それで言うと15個分なんだそうだ。分かったような分からないような感じではあるが、61万平方メートルだと言われるよりは遥かにイメージし易い。何の事かと言えば、立命館大学びわこ・くさつキャンパスの事である。何をしに来たのかと言えば、自転車ロードレース大会であるRitsクリテリウムの観戦である。ロードレースとはどんなモノなのか一度この目で観たくて、日曜日の朝、僕にしては早起きをして、子供2人と毎日自転車に乗るという偽パッチワーク研究家を連れてやって来たのである。天気は上々だ。


 立命館が母校とは言っても京都の衣笠育ちの僕はここへ来るのは初めてだった。開放感があって広い敷地に綺麗な建物がたくさん見える。熱戦の舞台はこの広大なキャンパスに敷かれた一周2.1km、高低差は10mのコースだ。それは構内の建物を縫うように走っていて変化に富んでいる。選手はなかなか気が抜けないと言う事か。既に多くの人がいる構内には自転車用品の販売店やロードバイクの試乗コーナーもあった。
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 ちょうどお昼にメインイベントが始まった。国内のトップクラスの選手が出場するカテゴリー1と言うレースだ。一周2.1kmのコースを20周するレースで賞金も出るらしい。僕はロードバイクの集団走行を間近で観るのは初めてだった。タイヤが路面を鳴らす音と共に集団が駆け抜ける姿は迫力満点だ。だが、スタート時には100人以上いた選手も周回を重ねる毎に数が減っていく。余り遅れると足切りがあるようだ。最期まで走れたのは30人ぐらいだっただろうか。ゴール前は凄いスプリント勝負だった。

 
 一般道に比べれば、ずっと安全な場所で思いっきり走れる大会だ。しかもレースプログラムは子供から大人まで様々なレベルがあった。初めて観た自転車レースだったけど、何より初心者からベテランまでみんなが参加できる雰囲気がいいなと思った。来年、状況が許せば出てみたいな、と思ってしまった身の程知らずである。

Ritsクリテリウム2005秋写真集

 power's cycle diaryは「あなたを自転車に乗りたい気持ちにさせることを目的とする、自転車に対して"超"意識的なサイト」である。個性的で個性が光る個性あふれる素晴らしい複数の自転車乗りが毎日のように記事を寄せている。記事は相当面白い。自転車玄人達が集まるそのサイトに、あろう事か、僕がゲストで記事を書いてしまった。はっきり言って僕は自転車に関してはド素人である。しかもお題は「私が自転車を愛する理由」などと言う壮大なモノである。そんなモノが書けるハズもなく、代わりに僕はこれまでの自転車との関わりを真剣に且ついい加減に書いた。他人のサイトを僕の怪しげな記事で汚してしまったわけである。でも暇つぶしに読んでもらえれば嬉しい。記事はこちら

 たった今、プロ野球日本シリーズが終了した。阪神タイガースは4タコで負けた。長い日本シリーズの歴史の中でも球史に残る惨敗ではなかろうか。ロッテは西武、ソフトバンクと強敵を撃破してきた勢いそのままに力を発揮した。一方、阪神はと言うと、最期まで打線は寝たままだった。併殺だけでも幾つ見せられた事か。確かにロッテは強かったが、阪神にセリーグの覇者らしい姿は見られなかった。準備期間が長いのは必ずしも有利に働かないのか。


 3連敗明けの今朝のスポーツ紙あたりは、89年の近鉄3連勝のあとの巨人4連勝を引き合いに出して阪神の奮起を促していた。僕も奇跡を信じた一人だったが、現実は余りにも寂しい幕切れだった。誰が悪いのか。そうだ、シリーズ直前に妙な株の買占めで水を差したアイツのせいだ!という声が聞こえてきそうだ。

asahi.com:ロッテ4連勝 31年ぶり日本一?-?スポーツ

 周山街道の猫踏んじゃったの事故から一週間が経った。肩、肋骨、股関節、傷んだ箇所の痛みは日に日に和らいでいる。事故の直後は悔やんだ。猫を見た瞬間に減速すれば良かったとか、右に進路を取るべきだったとか、いろいろ考えた。正直あの野良猫が憎らしかった。しかしまあ、何を考えようと、「覆水盆にリターンせず」もしくは「後のフェスティバル」である。
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 アスファルトに打ち付けられながら傷まなかった箇所がある。頭だ。ヘルメットに護られた頭は全くと言って良いほどダメージを受けなかった。身体がアスファルトに落ちた直後、重たい頭は振り子の様に振れて右側頭部が路面に打ち付けられている。同時に僕は嫌な鈍い音を聞いた。割れたのはヘルメットだった。このヘルメットは数千円の廉価な品物だけれど、被っていなければ、タダでは済まなかった事は明白だ。ローディたる者、パンツ履くのを忘れてもヘルメットは忘れるな!「備えあればノーリスク」である。


 救急車で運ばれながら、何でこうなるの、もうロードバイクは止めるか、なんて弱気な事を考えもした。がしかし、「喉もと過ぎれば熱さフォゲット」で今は乗りたくて仕方ない。思い通りにならない身体を他所に、スコンと抜けた秋の青空を見ると何か落ち着かない。ああ自転車乗りの血が騒ぐ。

 小野郷小学校にやって来た。場所は京都市北区小野、京都市の北西端に位置している。四方を山に囲まれた閑静な集落である。街道沿いには北山杉の製材所や倉庫が見られる。同小学校に来た理由は、預かってもらっていた自転車を受け取るためだ。僕が猫とじゃれ合った?事故現場は同小学校の前だったのだ。
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 校舎に入いると教頭が対応してくれた。50代半ばくらいの男性でメガネを掛けている。

 
 教頭 「書類はこれでよろしいでしょうか?」
 僕 「あ、はい」
 教頭 「振込み先はその書類の通りでいいですか?」
 僕 「・・・」

 
 僕は当初、自転車を受け取るために必要な書類かと思ったが、何か変だ。渡された書類を見ると知らない会社の名前が書いてある。どうやら僕を出入りの業者と間違えている様だ。

 
 僕 「何か勘違いされていると思います。私は預かってもらっている自転車を取りに来た者です。先日そこで事故をしまして・・」
 教頭 「ああ!そうでしたか。失礼しました」

 
 このあと教頭は「シマッタ、シマッタ島倉千代子」とは言わなかったが、そんな吉本バリの天然系の遣り取りを経て自転車を受け取った。僕はお礼を言って北山杉に囲まれた小学校を後にした。因みに同小学校の子供の数は全部で10人と言う事だった。

 紅葉にはまだチョット早い美山を後にした。京都市街へ帰るべく国道162号に入る。京都市の北区と京都北部を結ぶその道は別名、周山街道とも呼ばれている。最大の関門である栗尾峠に差し掛かると遥か頭上に道が見える。上ばかり見ると気力が萎えるので見ない。最も軽いギアから2、3枚手前を使ってツヅラ折れの峠道を登る。呼吸とクランクの踏込みのリズムを保って一歩一歩漕ぎ進む。スピードメータは時速8〜9kmを指していた。峠はまだか・・
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 栗尾峠を無事クリアして周山街道の降りを満喫していたまさにその時、事故は起きた。右手の道路脇から猫が現れた。僕は咄嗟に左へ進路変更した。が、猫も道を渡ろうと猛スピードでダッシュして来た。ダメだ!ぶつかる!猫に衝突した自転車は浮き上がった。次の瞬間、自転車から離れた僕の体はアスファルトに打ち付けられた。

 
 ロード人生で初のクラッシュの相手は周山の野良猫だった。猫も傷んだだろうが何処かに消えていた。事故直後から意識はハッキリしていたが、肩や肋骨の痛みが激しかった。救急車で市内の病院に運ばれてレントゲンやCTスキャンで診てもらった結果、大方の骨や頭には異常が見られないとの事だった。しかしながら、これほどまでの体のダメージは初めてだ。寝返りは打てないし、クシャミをすると肋骨が痛い。ああ、情けない。

 嵯峨嵐山駅で切符を買った。8時6分発の山陰本線福知山行きに乗り込む。黒いレーサーパンツに青い半袖ポロシャツという出で立ちだ。肩には輪行袋、腰にはウエストバックを着けている。空いたスペースに輪行袋を立て掛ける。通勤ラッシュ時なので、さすがに席はない。目的地の安栖里駅までは1時間チョットで着くハズだ。
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 園部駅に着くと6両あった電車が、前2両と後4両に切り離された。2両はそのまま福知山を目指し、4両は京都方面へ折り返して行くのだ。その後、鍼灸大学前で若い学生が多く降りると席が空いた。座ってパンと栄養剤の朝食を取る。


 安栖里駅に着いた。ドアが開くのを待っていると、一向に開かない。この辺りになるとボタンを押さないとドアは開かないのだ。ハッと気付いてボタンを押したが間に合わず、電車は駅を出た。期せずして僕は次の立木駅で降りる事になってしまった。
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 日本列島の骨組みは山地である。山々には必ず川が流れていて日々山を侵食している。急流大国でもある日本は川に削られた独特の地形が発達している。川による侵食と地殻変動は川の両側に階段状の地形を作る。河岸段丘である。その見事な標本が安栖里にある。途方も無い年月を掛けて由良川が侵食した段丘面には集落や田畑が広がっている。


 安栖里から美山を目指した。さほど険しくはないが、美山にある大野ダムまでは登りが続く。大野ダムは虹の湖の異名を取る美しい湖だ。湖に沿って続く道は交通量も少なく走り易い。茅葺屋根の集落を横目に自転車が歓びそうな良道をひた走る。当然ながらこの時は、後に起こる惨事を知る由もなかった。

 山口百恵が「秋桜」(コスモス)を歌ったのは1977年の事である。作詩作曲は言わずと知れた、さだまさし、嫁いで行く娘の気持ちを歌った名曲である。当時、山口百恵は18才だった。今の感覚なら結婚云々にはチョット早い年齢と言えるだろうが、彼女は堂々としたモノだった。早熟志向のアイドルとしては彼女の右に出る者がいなかったのだが、恐ろしいほどに何かを演じ切るという姿を見れば、彼女の歌は演歌と呼ぶ方が相応しかったのだろうと思う。この頃すでに彼女の人気は相当なモノだったが、中学生だった僕はどんどん遠くへ行ってしまう山口百恵にストレスすら感じていた。
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 実は山口百恵にはもう一つ「COSMOS(宇宙)」(コスモス)という歌がある。それは「秋桜」が大ヒットした翌年の春に出た「COSMOS(宇宙)」という歌と同名のアルバムに収められている。その歌の間奏には「秋桜」のイントロの一部が挿入されているという手が込んだモノで、ディープな百恵ファンには有名な曲である。アルバム「COSMOS(宇宙)」はその名の通り宇宙を題材にした曲ばかりだったのだが、中でも浜田省吾が作った「銀色のジプシー」は悲しくて、切なくて、ワケも解らず夜中に涙ながして聞いていた。
写真は10月某日、嵯峨野広沢池辺りのコスモス。

 郵政解散総選挙で始まった9月は阪神タイガースの優勝で終わった。勝者である小泉自民党と岡田阪神タイガースは両者共にぶっちぎりの強さだった。あい変わらずヘドロの川に飛び込む奴や人に迷惑かけてるアホはいるものの、2年前の優勝に比べると阪神ファンの騒ぎ方は控えめで大人しい。先の優勝から四半世紀ぐらいは待たされる事を覚悟している阪神ファンからすれば、2年なんてのは昨日の今日だ。早過ぎて何か気が抜けそうな感じがしないでもない。「こんなにすぐ勝っていいのか」とか「ダメ虎が懐かしい」なんて話が聞こえて来る。一方、選挙で圧勝した小泉自民党内にも「勝ち過ぎだ」とか「あんなに議席取ったら次の選挙が大変だ」なんて声がある。一体どうしろと言うのか。わがままである。ともあれ土俵は違うが、それぞれ「郵政民営化」と「日本シリーズ優勝」という目標があるワケだ。前者は決まったも同然かも知れないが、後者は相手次第か。
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 阪神が優勝を決めた夜、あろうことか胴上げにエース井川が不在だった。タクシーに乗り遅れて間に合わなかった、と言う事らしいが理由になっていない。井川の話をすると、2年前には優勝旅行に参加せず不評を買い、当時の星野監督をして「自分勝手過ぎる」と言われ、今年の春はメジャー行きを巡ってキャンプ直前まで球団と揉めていた。いろんな経緯を考えると井川の行動は随分マズイと思う。エースというのはチームの精神的支柱のハズだ。彼をエースと呼ぶには余りにも・・。来年は井川はいないのだろうか。
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 秋になって空気が冷たく乾いて来ると、何か精神までもが修練されて来るようだ。錯覚かも知れないが・・。しかし、物思いに耽るには一番いい季節である。暑い夏が過ぎて一息着ける季節になれば、哲学者でなくとも何か考えようかというものだ。実は今、秋刀魚を食べながらこれを書いている。この季節の秋刀魚ほど美味しい魚はないな、などと考えていた。実りの季節を迎えて旨い物が食べられるのは幸せな事だな、とそんな風にも思った。このあと梨も食べようと思っている。感謝しようと思う。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」てな感じで、とうとう10月である。
写真は仁和寺から原谷に向かう坂道の柿の木と脂が乗った秋刀魚。

2008年12月

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