2005年12月アーカイブ

大晦日に

| | コメント(4) | トラックバック(0)

 2005年が終わろうとしている。どんな一年だったのか。無責任な感想を言わせてもらえば、正直あまり良い印象は無い。株価が上がろうが、郵政民営化が決まろうが、一生活者の視点で見れば他人事だという感覚は否めない。むしろ毎日聞かされる犯罪や暗いニュースで閉塞感は深まるばかだ。とりわけ、子育てをする親としては、幼い子供が惨殺される事件が続いている事がやはり気掛かりである。一日千秋の思いで栃木の事件の解決を待っている。
tosikosi_soba.JPG

 明るい話題といえばスポーツぐらいだ。何と言っても阪神タイガースの優勝だろう。ただ日本シリーズは尻すぼみだった。まあ仕方ない。サッカーの方はジーコジャパンが6月にワールドカップ出場を決めた。来年のワールドカップドイツ大会は楽しみだ。ナショナリズムという面では難しい立場にある僕ではあるが、日本と韓国の両方を応援したい。


 僕自身はロードバイクを覚えた年でもあった。最初はビンディングに慣れずよくこけた。山で事故って重傷も負った。それでも頑張ってまた乗った。それほどたくさん走れた訳でもないが、自分なりに真剣に自転車と向き合った。来年はもっと精力的に乗りたいと思っている。そして何より多くの自転車乗りの方々と知り合えた。それが今年一番の収穫だと思っている。

 窓の外はもの凄い雪が降っていた。まるで北陸あたりの街の風景だ。数日前、日本列島を襲った大寒波は3日程のインターバルを経て再び襲来して大雪を降らせた。昼を過ぎても雪の勢いは治まらない。毎年12月あたりは暖冬と言われて久しいが、今年は寒いし雪もよく降る。
051222oyuki.JPG

 
 ニュースによると暖房器具も良く売れるし、灯油の値段も上がっているらしい。冬が寒くてXmasウィークに雪が降るのは商売人からすれば歓迎される事態なのだろう。Xmasはもうすっかりこの国の年中行事である。街はネオンや装飾物に彩られ、テレビもネットもこれでもかと言うくらいにソレを煽っている。多くの人は何の疑いもなくそれを受け入れて、食事をしたり、プレゼントを贈り合ったり、特別な感情をもって過ごしている。かく言う僕も毎年ケーキを食べて子供に何か買っている。
051222yukino_cycleroad.JPG


 色眼鏡で見ればXmasという行事は巨大な商業イベントだ。しかしそれはこの国にしっかり根付いていて、Xmasをどう過ごすかがその人の幸せのバロメーターのように言われている。本当は関係ないと思うのだが・・。しかしまあ、若い世代にはやはり特別な行事であるようだ。以下は、仕事場での僕と20代の若い男性社員の会話である。

 
  僕 「Y君、やっぱあれか・・クリスマスは彼女とデートか?」
 Y君「ええ、彼女と焼肉食べに行きます」
  僕 「そうか、いいな。それでなんだ、プレゼントなんか買うわけだな」
 Y君「はい、エルメスの財布をネダられてます」
  僕 「エルメスか・・幾らするんだ?」
 Y君「たぶん5万ぐらいです」
  僕 「ご、5万か・・結構するな。焼肉代は誰が払うんだ?」
 Y君「僕っす」
  僕 「彼女は働いていないのか?」
 Y君「働いています」
  僕 「OLか?」
 Y君「いや、キャバクラで働いています。知り合ったのもその店なんです」
  僕 「・・・」

「おいおい、それって本当に彼女なのか?」と言いたいところだったが、グッと言葉を飲み込んだ。


 Y君は長身で気の優しい好青年だ。僕から見ても純朴なところがあって人を疑う事を知らない。そんな彼だから僕は気になって、あとで別の社員達に聞いてみた。すると「アイツはたぶん騙されている」「やめろと言っても聞かないだろう」と言う意見だった。


 「5千円の財布にしとけ」と忠告したいところだが、僕が若い人のプライベートに口を挟むのも野暮ったい話である。彼には彼なりの事情があるし、何よりも彼はデートを楽しみにしている様なのだ。それにしても彼女だかキャバ嬢だかウグイス嬢だか知らないが、当然のように高価なモノを買わそうとする今時の若い女はおぞましい。やはりXmasがロマンチックだなんてのはウソだな・・。

 朝から小春日和だった。桂川の上空には青空が広がり、自転車道には日が差していた。ここ数日京都にも雪を降らしたマイナス40℃以下というシベリア寒気団の勢いもこの日はひと休みである。太陽に照らされて姿を見せた愛宕山の頂は白く化粧されていた。
madon&atagoyama02.JPG


 その陽気に誘われ、5日ぶりに自転車に乗った。跨るのは最近やって来たTREKのMadone5.2、シリーズの中では一番廉価のモノだ。馴らし走行で自分のポジションを探っている最中で、ステムをひっくり返したり、サドル位置を変えてみたり、何やらゴソゴソやっている。フルカーボンの乗り味はアルミのそれと比べればマイルドだと言われているが、どうなのか。まあ気のせいかも知れないが、そんな感じがしないでもない。ポジションを固めてどんどん乗りたいとは思っているが季節は厳しい。真冬に走行距離を伸ばすには強い意志が必要だろうが、それこそが最も手に入れ難いパーツである。

 女児誘拐殺人に耐震偽造、ロクでもない事件ばかり起こる師走である。中でも宇治市の塾講師による小6女児刺殺はアッと驚く事件だった。報道を聞いて感じるのは、23才の容疑者のとても大人とは思えない幼稚性と呆れ果てるくらいの自己中心さだ。またまた例によって無責任ではあるが、地元で起こった猟奇的とも言えるこの殺人事件について雑感を書きたい。


 昨日、毎日放送の昼間の情報番組「っちゅうねん」を観ていたときの事。司会の上泉雄一と出演者の宮根誠司、お笑いコンビのロザンが事件についてあれやこれやと語っていた。そこでのロザンの菅の発言は聞き捨てならなかった。僕が飯を食っていたら噴飯していたかも知れない。容疑者である大学生と母親の関係についてだが、内容は大体こんな感じだった。
 
 「殺人の原因を教育熱心だった母親のせいにするのはおかしい」
 「これは容疑者本人の問題であって、母親を責めるのはかわいそうだ」

果たしてそうだろうか?僕はそうは思わない。むしろ洩れ伝わる話を聞けば、容疑者の人格形成に於いて母親の役目は重要だっただろうと思っている。正直言うと、僕などは母親が共犯者の様にすら思える。


 教科書には「人を殺すな」とはたぶん書いていないだろうが、普通に社会生活を営んで下半身に毛が生える歳にでもなれば、他人の痛みや命の大切さは解ってくるハズである。しかし、この容疑者の場合それが完全に欠落している。勝手に恨みを抱いて少女を刺し殺す所業は並みの思考回路では不可能だ。相当にあまやかされて育たなければ、あそこまで身勝手な人間は出来ないと僕は思う。


 容疑者はきっと日常の大概の我がままは許されて大きくなったのではなかろうか。学ぶべきハズの道徳や友達関係などは無いに等しく、幼い頃から勉強する事だけが使命だと教え込まれた。命の意味が解らなくても、受験勉強を勝ち抜く術だけは身に着けて大きくなった。こういう人間に必ず着いて回るのが、家庭内暴力や切れる性格だ。しかしながら、今の日本には程度の差はあれ件のような教育環境はステレオタイプとして存在している。僕自身を含めて、今子育てをしている大人たちはこれを反面教師にするべきだと思う。


 もちろん子の犯罪で親が罪に問われる事は無いのだが、少女の命を奪った原因が容疑者の余りにも身勝手な人格にあるとするならば、その形成に大きく関わったであろう親の責任は重大だ。テレビや報道機関は容疑者の家庭を護ろうとする意図があるのかも知れないが、理不尽にも12歳で人生を奪われた少女を思えば、そんな「良識」は寒々しい。他方、幼い娘を殺された親にはプライバシーも何も無い。あるのは絶望と終わりの無い悲しみだけだ。

宇治の小6刺殺、萩野容疑者「女児追いかけ殺害」 : ニュース : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 泉大橋から奈良公園に至る県道の坂道は結構長い。この日集まった中では一番太い僕は(断っておくが体形の事である)相当に息が上がった。同伴者から後れを取りつつも懸命にペダルを踏む。汗だくである。峠に差し掛かると遥か前方に両端にツノが付いた大きな瓦屋根が見えて来た。大仏殿である。ここから奈良公園までは下りだ。
wakakusayama_chaya.JPG

 
 若草山の登り口の茶店で休憩となった。赤い敷物が敷かれた長椅子に腰掛ける。今年最後のオフ会に集まったのは、uenoさん、大西さん、ジョーさん、僕の四人である。すっかり紅葉が終わった奈良公園は人影も疎らだ。辺りには冬枯れた雰囲気がただよっていて、それはそれで良い。お茶を飲みながら暫し雑談した。ピレネー山脈ならぬ生駒山系を越えて帰るというuenoさんとは奈良公園で別れた。僕たち3人は来た道、つまり木津川自転車道で京都方面へ帰る事にした。


 帰り道、腹が減って仕方ないので自転車道を外れて、精華町あたりのファミレスで腹ごしらえする事にした。っと携帯電話が鳴った。nasubiさんからだった。我々を追っかけて出て来ていたらしい。よく見るとnasubiさんから着信履歴が何度もあった。ごめんねnasubiさん。


 その後、nasubiさんと合流した一行は井手町の万灯呂山を目指す事になった。僕だけは仕事があるのでみんなと別れて一人帰らなければならなかった。冷たいアゲンストの風が吹き荒れる自転車道での単独走行は辛いモノだった。寒空の下、半泣きでペダルを踏む僕だった。

 カニを食べた。カニすきだ。赤く煮上がった身が美味そうだ。身を取り出して、ポン酢につけて食べた。美味いが、そう大袈裟になる程でもない。スーパーの冷凍モノだからだろうか。まあ、こんなモノか。一緒に食べた豆腐や白菜の方が美味かった様な気がする。北陸の温泉あたりに行って食えば味は違うのだろうか。
kanisuki.JPG


 カニを食べるに当たって、やはりあの硬い甲羅は障害だ。スーパーのパック物でも一応甲羅に切れ目が入れてはあるが、食べ易いとは言い難い。子供のために、更にキッチンハサミを使って甲羅を切ってやる。忙しい。中でも胴体部分の身は外れ難くて食べるのに苦労する。何とか食べようとカニ棒でほじくる。頑張っていると、そこらじゅうにカニの身が飛び散る。気付くと僕はカニまみれになっていた。カニサハンニダ。

 二度寝の蒲団は心地良い。禁断の快楽である。自転車に乗ろうと思って、とりあえず朝起きるのだが、窓の外を見ると冬の寒空だったりする。悪魔の蒲団は僕を呼び、その蒟蒻の如き意思では逆らえるハズもなく、呼ばれるがままに蒲団へ戻れば後はムニャムニャである。そんな事だから走行距離は延びない。自転車乗りの風上にも置けないアカンたれである。
progre_bike.JPG


 12月8日木曜日、久々に晴れ間が見えたので、せめて5キロ先の仕事場ぐらいまでは自転車に乗ることにした。つまりジテ通である。乗るのはスギムラのPROGRESSIVEという自転車で、3年前にネットで手に入れたモノだ。ハンドルはフラットバー、足元はシマノWH540ホイールに700×25Cのタイヤがついている。ペダルはスニーカー用だ。コンポはシマノSORAで日帰りのツーリングだって十分にこなせる。FELTのロードバイクを手に入れるまでは、コイツで自転車道や京都市内をウロウロしていた。今年の夏、ステムをやや上向きのモノに変えて体が起きるようにすると格段に乗りやすくなった。ハンドルバーにはベルとライトとサイクルコンピュータを盛り付けている。通勤に街乗りに○×△にコイツの守備範囲は広い。手離せない街乗りスペシャルである。

 灰色の雲間から太陽が覗いてはいるものの弱々しい。午後の自転車道は風が相当強く、人影は少ない。僕は流れ橋を目指して桂川の左岸を南進していた。ロードバイクに乗ってこれほどの強風は経験が無い。しかも横風という難敵だった。ピューと音がするほど強い西風でタイヤが横滑りする。いやはや怖い。ビビッてしまう。たまらず減速した。真直ぐ走るためには右へ車体を傾けなければならなかった。
gokoubashi051205.JPG


 風はやがて向かい風に変わった。ウインドブレーカーの背中が膨らんでヨットの帆ようになる。当然ペダルは重い。上り坂のようだ。ギアは50×19か21あたりを踏んだ。シューズカバーを着けてはいたが、つま先が冷たい。つま先用のカイロか唐辛子が必要だ。後を振り返ると見えるはずの愛宕山の姿は無く、北の空には鉛色の雲が立ち込めていた。

 たとえば100キロなんて距離を自転車で走ると筋肉は痛いし身体はクタクタである。しかしその一方で頭の中は爽快だったりする。40を過ぎた自分でもまだまだやれるじゃないか、という充足感と共に全身を巡る痛みと疲労が懐かしくもある。身体を休めて静かに呼吸をすると、悲鳴を上げている筋肉の痛みでさえも快感に思えるから不思議だ。それは何かストレスや束縛から精神と肉体が開放された瞬間の様にも思える。僕はマゾなのか。まあそれならそれで仕方ない。
nagarebashi_2005autumn.JPG

 
 猥褻か芸術かの論争が裁判にまでなった「チャタレイ夫人の恋人」の作者D.H.ロレンスは近代の理性中心主義を批判した。何かしらの思想やルールに縛られ、肉体や生命を顧みない現代人はダメだと言い、失われた人間の根源的生命力を回復しよう、と訴えた。彼は今から75年も前に亡くなっているけれど、その主張は日々ストレスを喰って生きてる現代人にこそ生きてきそうだ。その崇高な理念を自転車乗りの立場から勝手に解釈させてもらえばこうなる。
 「思い悩むな!何も考えなくて良い!とにかく自転車に乗れ!ペダルを踏め!自転車フォー!」とまあこんな感じで、とうとう師走だ。

チャタレイ夫人の恋人 新潮文庫

About竹輪野