2006年4月アーカイブ

 ここは大阪港舞洲の外れの大衆食堂、その名もウイング食堂だ。昼時とあって人が続々と人が入って来る。みんな作業着姿だ。初めての僕は食券を買うのに少しモタついた。既に後には人が大勢並んでいる。モタモタしてると怒鳴られそうだ。
donburi&udon.JPG

 
 この日、僕には心強い同伴者というか、保護者が付いていてくれた。モーモージャージを粋に着こなし、ヘタレな僕をいつも引いてくれるみーこさんである。朝、我々は桂川の自転車道で待ち合わせてた。そして大阪湾を目指すことになった。駆るのはもちろん、その刺激的なスタイルゆえに、この春もオヤジ達の股間を魅了して止まないという、例のアレだ。曇天で太陽は見えなかったが風は比較的穏やかだった。
madon_osakabay01.JPG


 初めて踏み入った舞洲は小奇麗な場所だった。ヨットハーバー、野球場、サーキット、芝生公園が見える。そしてなんと言っても目を引くのは、ド派手な建物だ。原色を塗りたくった宮殿のようである。どうやら大阪市のゴミ処理施設らしい。外国のデザイナーを使って、日本一の赤字自治体が造った施設であると、以前マスコミが報じているのをニュースで視た。なるほど、批判されるのも当然だ。
gesuisisetu01.JPG


 そんな舞洲で見つけたウイング食堂、店内の雰囲気も凄いが、厨房もまた凄い。丼飯やうどんやオカズが高速で飛び交っている。短時間に一体どれだけ賄うというのか。ボヤボヤできない。屈強な港湾労働の男達の胃袋需要を一手に引き受ける大衆食堂の昼は、さしずめ鉄火場だ。しかしまあ、空腹と汗臭さなら僕達も決して負けてはいない。何せ桂川、淀川と50キロ以上を下って来たのだ。その空腹を鎮めるのは、かき玉丼と月見うどんである。ボリュームに不満はない。食ったら来た道を帰るのだ。ジャージとレーパン姿のおやじ二人は、顔の埃や汗もそのままに、ただ食った。旨いぞ。750円也。往復114km。

 朝9時頃にヨロヨロと起きた。仕事も休みだし外を見ると晴天である。身支度をして自転車を車の荷室に積んで家を出た。コンビニで朝飯のパンと補給用の食料を少し買って、京都縦貫道を北へ走る。二度にわたる関所の取立てで、千円もの金を巻上げられたのち園部で降りた。田舎道を暫く走って目的地である日吉ダムに到着した。


 車をとばして日吉ダムまで来たのは、FunRide12月号で"わざわざ走りに行く価値あり"と紹介されていた100キロのコースを走るためである。ダムサイトの脇にはスプリングス日吉という温泉施設と広々とした駐車場がある。温泉は有料だが、駐車場はタダだ。自転車を荷室から下ろして前輪とサドルを付けて準備完了である。スタートしたのはもう午前11時前だった。


 ダムに背を向けて日吉町の府道19号を北進する。序盤で三つのトンネルを潜る。一番長いのは神楽坂トンネルで1キロほどあるが、交通量が少ないから"トンネル怖い病"の僕でもぜんぜん平気だ。その神楽坂トンネルを潜れば美山町である。雑誌の紹介では宮脇という分かれ道で府道368号に一度入るのだが、これは九鬼ヶ坂峠を行くルートだ。この辺のルート取りはチト複雑で、地図も持たずウロ覚えだった僕は、そのまま府道19号を行ってしまった。九鬼ヶ坂峠をとばしたのは失敗だったが、仕方ない。何せ帰って来てから気付いたのだから。
miyamakayabuki03.JPG

 
 安掛の三叉路で府道38号に入った。そこから8キロほど行くと、かやぶきの里が現れる。日本昔話に出てきそうな民家が山裾に広がっていた。せっかくなのでちょっとウロウロ。自分が漕いで来たのはタイムマシーンじゃなかろうか、と思わせるほど集落の有様は見事である。かやぶき民家の庭先にはチューリップや水仙が咲いていて、空には鯉のぼりが泳いでいた。


 道は徐々に登り勾配がきつくなる。このコース最大にして唯一の難所、佐々里峠の登りは延々と続く。一生登るのかと思った。根性が無いので休憩を入れて登る。でも死なない程度にそこそこ自分を追い込んで登った。しんどい、しんどい。もちろん自転車で登るのは初めてだった。4月下旬だというのに峠付近には残雪があった。
sasaritouge01.JPG


 あたり前だが、佐々里峠からはずっと下りだ。楽チンだけど怖い。安全が第一だ。車なんてそうそう来ないのだが、スピードが乗り過ぎる。見通しの良いカーブの出口で数回踏んで直ぐにブレーキをかける。そんな調子である。この辺りから進路はほぼ南になる。沢にラッパ水仙が咲く道を広河原、花背と下っていった。


 やがて府道38号は大布施という所で国道477号にぶつかる。右折する。進路は西だ。ちなみに真っ直ぐ南へ行けば花背峠を経て京都市内へ至る。京北町を横断する国道477号をひたすら西へ。良い道である。オカズは桂川だ。周山街道と交われば、その辺りが京北町銀座だ。ウッディ京北で何か食べられるし、サンダイコーでは買い物も出来る。実はスタートしてから口にしたのは栄養剤一本だけで、ハンガーノック気味だった。サンダイコーに飛び込んで、巻き寿司、草餅、栄養剤、琢磨ドリンクを買って一息ついた。


 周山街道を横切って更に西へ。宇津峡を経てスタート地点の日吉ダムに帰った。走った道は、どれも信号の無い良道だった。佐々里峠も含めて100キロも走れば大満足であるが、反省点もある。それは補給の失敗だ。このルートはコンビ二なんか全然ない。暑い季節は特に、食料はしっかり持っていた方が良いと思う。しかし、補給場所が無い事を割り引いても、道の良さは抜群である。それにゴールに温泉があるってのは相当魅力だ。距離103km、走行時間、4時間28分。


 余談だが、合併により、文中に出てきた日吉町と美山町は南丹市に、京北町は京都市右京区になっている。

 先日の琵琶湖一周で後輪がパンクした。写真はその時のタイヤの傷だ。相当に鋭利なモノを踏んだようで、1センチくらいの裂傷になっている。よく見ると傷口を中心にタイヤが少し盛り上がって見える。裂傷で弱ったタイヤの部分がチューブの圧力に負けているらしい。このままでも暫くは大丈夫そうにも見えるが、ロングでも走れば、傷口は広がりそうだ。そうなればチューブが傷口から出てきて、簡単にパンクしてしまう。まあ直ぐにトラブルが起こらなくてもデリケートになっている事は確かなので、交換する事にした。
pannkukizu01.JPG

 選んだタイヤはミシュランの"Pro Grip"という商品。雨のシーズンに備えて少しグリップの良いモノにした。この際、見栄えを考えて両輪とも換えた。もちろん外したタイヤは予備に保管する。いやはや新品のタイヤというのは力が要る。まだ一度も伸びていないからビードをリムに納めるのも結構大変だ。2本もやれば指は痛いし汗だくである。

 
 チェーンも掃除した。CONNEX LINKが付いたチェーンを外して、ホワイトガソリンを入れたバケツに漬ける。シャバシャバと振ると透明だったホワイトガソリンは真っ黒になった。暫く漬けて置いてから雑巾で拭いてやる。チェーンを外したついでにクランクやスプロケット、プーリーも掃除する。綺麗になった。チェーンを付けてオイルを注せば完了だ。


 明日は天気になりそうだ。新しいタイヤを履いて何処へ行こうか。京都北部、美山辺りを走ってみたいな。あれこれ想像が膨らむ。思いを巡らせている時間は実際に走っている時よりも楽しかったりする。趣味というのは押しなべてそうかも知れないが、準備している時間が本当に楽しい。ただ、前夜にゴソゴソ頑張り過ぎて、起きられなかったなんて事が僕の場合よくあるから気を付けなくてはいけない。はよ寝よっと。

 海津大崎のは、コンビニ弁当を湖国一美味しいランチに変えてくれた。燃料は満タンだ。満開の桜トンネルの下、渋滞の行列をすり抜けて先へ進む。元々道幅はそう広くないから大変だ。海津大崎は琵琶湖の北端に丸く突き出た岩場で、道路を通すためにトンネルが四つも掘られている。自転車でも走ってしまえばあっという間だ。トンネルを過ぎると車はだいぶん空いてきた。
kaituosaki04.JPG

 海津大崎を過ぎても桜並木はずっと続いている。海津から奥琵琶湖に至るまでの入組んだワンドを彩るのはもちろん桜だ。盆と正月が一緒に来たような海津大崎よりも、静かな分こちらの方が好印象である。続く桜並木と澄んだ水面を見ながらゆっくりとペダルを踏んだ。ワンドをぐるりと走れば、さっき通った桜並木がピンクの帯になって見えている。頭の中はいたって脳天気、もう鼻歌だって出てきそうだ。ところがドッコイ、後に僕は愕然とした。


 単独走行というのは確かに気楽ではあるが、間違っても正してくれる人がいないのは問題だ。琵琶湖の果てで自分のアホさ加減を改めて認識した。場所は奥琵琶湖パークウェイの入り口である。横に見える側道は集落の奥で行き止まりだと言うではないか。予定では琵琶湖パークウェイを避けて通りつもりだったのに。長浜方面に抜けるには、この琵琶湖パークウェイを登るか、それが嫌なら別れ道まで10キロ近く戻らなければならない。さすがの僕もこの時ばかりは焦った。ただでさえパンクやら何やらで時間はおしている。登るのか、戻るのか、どうするのか。そうだ、もう一つ選択肢があった。湖に身を投げて旅を終えよう。名案だ。そうも思ったが、家で待つ二人の子供の事を考えて、思い留まった。結局、戻る事にした。こんなことで日が暮れるまでに琵琶湖大橋に戻れるのか。


 琵琶湖の東岸に抜けるためトンネルを三つ潜った。最後の賤ヶ岳トンネルは怖いの何のって、数十トンもあるトラックが轟音と伴に襲って来る。たまらず僕は狭い側道を押して歩いた。本当は長浜や彦根をウロつきたいところだったが、時間の関係でそうも行かない。遅いくせに腹だけは一丁前に減る。国道8号のスーパーに寄り、唐揚げ、ウインナー、おにぎり等で補給する。徐々に傾く太陽を睨みながら長浜、彦根、近江八幡とペダルを踏んだ。ゴールの地、琵琶湖大橋の登りはヘロヘロ、時刻は午後6時前だった。パンク1回、進路間違い1回、立ちゴケ1回。でも頑張った。
走行距離164km、走行時間6時間45分、平均速度24.2km/h

海津大崎三ツ星弁当 ‐琵琶湖一周番外編‐

 琵琶湖の西側を北へ漕ぎ進んだ。右は琵琶湖、左には蓬莱山がそびえている。天気は文句の付けようがなく、風は穏やかである。湖西道路は多少のアップダウンがあって面白い。春先にクランクをコンパクトした甲斐があったのか、アウターギアを幅広く使いながら快調に踏む。道に平行して走る湖西線の向こうで水面がキラキラ輝いて見える。気分も景色も言う事ない。 
koseisen02.JPG 

 その日は予報通り朝から快晴だった。太陽を見るのは一週間ぶりだ。ならば海津大崎の桜を見て琵琶湖を一周してやろうと、睡眠もそこそこに、車に自転車を載せて琵琶湖大橋までやって来た。時計周りを選んだのは海津大崎まで早く着くためだ。出発の前、琶湖大橋米プラザの駐車場で二人のローディーに出会った。少し談笑する。お連れを待っているとの事だった。挨拶をしてプラザを出た。時刻は午前9時を少し過ぎていた。


 昨年の合併で誕生した高島市の旧高島町あたりでトラブル発生。尖ったモノを踏んだらしく、プシューと音を立てて減速した。後輪のパンクだ。見るとタイヤには1センチほどの亀裂があった。けっこう豪快だ。ここまで車道と歩道を使い分けて走って来たのだが、どうも歩道側は小石やガラスの破片が多くていただけない。やれやれ、出鼻を挫かれた。
pannku01.JPG

 この日、ポンプを持って来なかった。替わりに積んだのは、CO2ボンベとアダプターである。実はこれを使うのは初めてだった。いきなりの実践で上手く行くだろうか。まずはレバーを使ってタイヤを外す。チューブを抜く。新しいチューブを入れる前にタイヤの裏にガラスや異物の破片がないか確かめた。自分の息で少し膨らませたチューブを入れて、タイヤのビードをリムに嵌めた。肝心なのはこの後だ。リムでチューブが噛まないようにタイヤを揉んでいく。丹念に2周ほど揉んだ。もし噛んでいたら空気を入れた途端に破裂しまう。チューブの金口にアダプターをセットした。そしてアダプターの雌ネジにボンベの雄ネジを捻じ込んでいく。だんだん負荷が掛かってきた。緊張の一瞬だ。チューブは一本きりだから破裂すればそれで旅は終わりだ。指先にグイっと力を込めると、キューという音と伴にガスが入った。タイヤは十分な空気圧になった。地面でタイヤを数回弾ませた。何も起こらない。どうやら成功したようだ。


 余談だが、ガスの注入時、ボンベは急に冷たくなる。理由はシャルルの法則で説明がつく。気体は膨張するとき温度を上げる。つまり周りから熱を奪う。金属のボンベは比熱が低いから一気に冷やされるという訳だ。
sazanami_sr02.JPG

 新旭で風車村をひやかして、湖周道路を北へどんどん。今津の浜通りには古い旅館や商家が並んでいた。今津はいい街だ。そんな湖北の枯れた旅愁が漂う集落を抜けると竹生島が大きく見えてきた。さすがは嶺南、北にそびえる山の頂はまだ白い。海津大崎は目前だ。でも腹は相当減っていた。どうすんのよ!つづく。

 命懸けで峠を越えた。何かの拍子に落車でもすれば踏み潰されるのは必至だ。木津川に架かる山城大橋から宇治田原に抜ける国道307号には幾つかの採石場があって、ダンプが引っ切り無しに通っている。特に峠付近は息をつける様な路肩なんて無いから、自転車の走りシロは車に譲ってもらう形である。走る自転車のタイヤがあるのは大型ダンプの轍の上だ。「命懸け」という表現は決して大袈裟ではない。本当に怖いぞ。


 その日、一週間ぶりに自転車道に出た僕は南へ向いた。駆るのは、もちろん、かのF1レーサー佐藤琢磨がCMで乗っている姿が格好良いと、近ごろ巷で評判の例のアレだ。空は見事な曇天、雨こそ降らないが風が冷たい。晴れると言った天気予報を罵りながら、ペダルを踏んだ。少し葉桜に成りかけてきた御幸橋の背割堤を冷やかして、木津川の自転車道を下る。南へどんどん、流れ橋をやり過ごし、山城大橋を渡った。
madon_sewaritutumi01.JPG

 峠を越えて、宇治田原に入ると途端に道は広くなる。下って行くと道はやがて丁字路にぶつかる。左折した。目指すは天ヶ瀬ダムだ。ちなみに右折すると信楽方面である。宇治川ラインの桜が見頃のハズだ。


 ここからは気持ちが良い。緩やかな下りが続く。車も少ない。道は宇治川の支流である田原川の渓筋を抜け、天ヶ瀬ダムの中流に通じている。宵待橋に出くわせば、そこが琵琶湖の尾っぽ、つまり宇治川だ。


 山を彩るを見ながら宇治川を下ってダムサイトに至った。連日の雨のせいか水瓶は満水で、轟音と伴に水が放水されている。水辺の桜はどれも綺麗だったが、空が灰色であるのは残念だ。やっぱり青空が良い。そういえば、ここ暫く太陽を見ていない。週末はまた雨が降るそうだ。まあ、いいように降られている。チョット言いたい。ゴラーッ天気、ええ加減にせいよ!

 朝、外を見ると何か様子が変だった。視界がエラく悪い。霧か霞かと思ったが、昼近くになっても一向に晴れない。細い眼をさらに細めて上空を良く見ると、どことなく黄色っぽい。車のフロントガラスが無数の砂粒で汚れているのを見て、確信した。黄砂だ。中国大陸の黄土地帯の砂が舞い上がって、それが偏西風に乗って日本にやって来るというのだが、これほど凄いのは記憶にない。太陽は辛うじて輪郭を保ってはいたが、あれじゃ昼間の月と変わらない。


 なんでも明日の日曜日もこんな調子だそうだ。京都のそこかしこで桜は満開なのだが、行楽にケチが付いている。おまけに黄色い砂まで着く。僕も例のルンルンで花咲く自転車道を走ろうと思っていたのだが・・。どうも桜の時期を狙い打たれたようで、ちょっと腹立たしい気がしないでもない。経済発展著しい中国政府は、巨大ビニールシートで黄土地帯を覆ってくれないだろうか。無理か。
curryudon01.JPG

 黄色と言えばカレーうどんだ。僕は既に、power's cycle diaryで"カレーうどん好き"を公言しているのだが、実を言うと、カレーうどんが好きだ。カレーライスも好物だが、あまり言うと、ゴレンジャーに出て来たキレンジャー見たいだと思われるんじゃないかと心配だ。なんでもイイが、写真はフジッコのカレーうどんである。レトルトだけどなかなか美味い。九条ねぎをザクザク切って入れるとサラに美味い。春の夜食の王道である。ぬはは。

asahi.com:西日本各地で黄砂を観測 9日も続く見通し

 嵯峨野の広沢池近くに立派な枝垂れ桜がある。染井吉野に比べると見ごろは早くて、四月初旬でほぼ満開である。枝垂れ桜の前にはかがり火が焚かれ、ライトで照らされたピンクの花びらが夜空に映し出されていた。
yozakura_hirosawa03.jpg

 
 この枝垂れ桜をネットで検索した。いろいろ出た。桜の持ち主は「知る人ぞ知る」だった。江戸時代から続く造園業者で16代目佐野藤右衛門氏、日本一の桜守(さくらもり)。さかのぼって14代目佐野藤右衛門は昭和初期に窮地に陥っていた日本中の桜のために尽力した人。詳しくはこちらで。


 枝垂れ桜が立っているのは通称きぬかけの道だ。一帯はチョットした桜庭園のようになっている。僕がこの枝垂れ桜を初めて見たのはもう二十年以上前になる。道は大学への通学路だったから、毎日のように桜の木の前を通っていた。春のある夜、照明に照らされて夕闇に浮かぶ桜を見て、ああ綺麗だな、と思った。それが始まりで卒業してからも、時季には毎年のように足を運んだ。ここ数年は縁が無かったのだが、久しぶりにやって来た。藤右衛門の枝垂れ桜は今年も見事に咲いていた。

佐野邸/藤右衛門桜ビデオ2006
asahi.com:造園家・桜守 佐野藤右衛門さん(77) - マイタウン京都

2008年7月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1

このアーカイブについて

このページには、2006年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2006年3月です。

次のアーカイブは2006年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

このアーカイブについて

このページには、2006年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2006年3月です。

次のアーカイブは2006年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。