新緑の周山街道から持越峠、雲ヶ畑

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 嵯峨野の広沢池から通称きぬかけの道を少し東に進むと、山越という交差点に出くわす。そのまま東に行けば仁和寺、龍安寺などを経て衣笠に至る。南へ行けば丸太町通りである。北に行くと国道163号、別名、周山街道に出る。その山越の十字路で少し迷った。一度は東に行きかけたものの、思い直して、北へ向いた。大型連休が明けた晴天の平日の事である。


 山越の交差点からの北進は登りである。周山街道に至るには鳴滝音戸山という小山を一つ越えなければならない。まあ、なかなか小憎たらしい坂で、いきなりから相当な勾配である。貧弱な自分の体力を罵りながら、コンパクトクランクのインナーギアを踏んで進む。ハアハア言いながら登り着いたのは、被せたお椀の様な峠だ。下れば、そこが京都北山の入り口、周山街道である。
takao_shinnryoku02.JPG


 街道は、だらだらとした登りではあるが、御経坂峠からは暫く下りになる。見通しが良いので、新緑をオカズに気持ちよく踏める。登りのウップンを晴らせる場所だ。じきに道は登りに戻る。トンネル怖い病という持病がある僕は、中川トンネルは潜らずに、旧道を選んだ。トンネル入り口右手の側道を行けば、北山杉の製材所が多い集落を抜けてトンネル出口付近で再び合流する。この辺りで住所は右京区から北区に変わる。


 中川トンネルから少し行くと、分かれ道に出る。右へ曲がれば<杉坂方面である。右折した。これで周山街道とはお別れだ。北山杉に囲まれた坂道を暫く進むと杉坂の集落で道は別れる。左を選んでさらに林道を登って行く。ちなみに右へ行けば京見峠を経て鷹峯、市街地へ至る。


 その後、真弓の集落辺りで別れ道に出た。集落の奥は行き止まりだから、事実上、道は一本である。ただ、京都市街地に戻るには峠を越えなければならない。最後の難関、持越峠である。この峠はちょっと険しい。今や伝家の宝刀であるコンパクトクランクのインナーギアでモガいて何とか登った。峠からは雲ヶ畑の集落が見下ろせた。
mochikosi_touge01.JPG


 杉林を抜け、を渡り、雲ヶ畑の集落をどんどん下る。道はだんだん良くなるが、その分、車も増える。やがて上賀茂に至る。そのまま賀茂川沿いの街道を南進して堀川通りに合流した。堀川通り、北大路通り、西大路通りと走ったが、夕方の市街地は、どうしようもなく走り難く感じた。
自転車道→嵐山→高雄→杉坂→持越峠→雲ヶ畑→上賀茂→帰路 67km

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ジョーの部屋 - 持越峠 (2006年5月21日 21:43)

ずっと天気予報が気になってた。また雨が降るんじゃないかと・・・ まるで梅雨のような日が続いたけど、21日は快晴との予報! 絶好の自転車日和です。ただ京都は最... 続きを読む

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こんにちは。

2003年6月21日に全く同じルートを走りました。

私はそのとき、持越峠の下りのカーブのRの読み違えで右に回って下りながら自転車をかばって体をガードレースにぶつけてガードレールの外へ体を落としていました。落ちた藪から道路へ戻ると左ひざのお肉が一部なく痛みは感じず中の筋肉層が白く見えていました。山の真ん中で携帯電話も通じずとりあえずマキロンをかけ簡単な止血をしてからバンドエイドとティシュをサポータでおさえ、その脚のまま山を下りかかりつけの病院の外科へ急いで電話して受付終了より少し遅れても縫ってもらえるか確認して5針縫ってもらいました。いまでも名誉?の傷跡がしっかり残っています。ちなみにタイヤが700X20C だったのも関係していると思います。

このブログ見て今度こそこけずに持越峠を越えたくなりました。ちなみに「持越」とは加茂川に死体の血が流れないためにこの峠を死体を担いで持ち越したのが名前の由来と聞いたことがありぞっとしました。

長文深謝。

今日は、あさ、雨が降る前に帰ってきて、ここを覘いたら、
ははは、同じようなところ走ってました。

この季節は、虫のサイロより北山がいいですね。

nasubiさん、今日は。
大変でしたね。nasubiさんもなかなか豪快ですね。
持越峠はもちろん初めて体験しました。
まあ、北山の閑村に通じる峠って感じで、車もぜんぜん通りませんでした。
京見峠とはまた違う趣ですね。
私は下りの序盤は怖いのでずっとブレーキを引いていました。
持越の由来は怖い話です。

みーこさん、今日は。
そういえば、淀川の虫の大群も凄かったですね。
たぶん私達は、知らないうちに虫食ってるんでしょうかね。爬虫類みたいです。
今度ご一緒できるときは北山でしょうか。。
次の休みは奈良の山へ行ったろか、と企んでいます。

奈良の山もいいですね。私はこの前、京都の加茂町から奈良の須川町を越えて柳生を走ってきました。

サイクリストさん、今晩は。
柳生の里ですか・・
良いですね。
もうすぐTOJの奈良ステージがあるのですが、休みが取れたら見物がてら行って、ついでに走れたらいいな、なんて妄想しております。
コメントありがとうございます。
ぜひまたツッコンでやって下さい。

ジョーです、ご無沙汰しております。
持越峠はまだ行った事ないですね。21日が空いてるので、チャレンジしようかな・・・
家しだいですけど。

あわわ〜〜〜
ちとコメントが大変な事に・・・
消して下さい、すいません。m(__)m

ジョーさん、今晩は。
五月の北山は良いですよ。
楽しんで来て下さい。

コメントがダブるのは、こちらのサーバーのレスポンスが悪いせいです。ゴメンなさい。

はじめまして たろと申します。
いまから約20年前の学生時代に、梅ケ畑山越交差点を少し鳴滝方面に下ったところに住んでおりましたので、なつかしくなってコメントさせていただきました。
あの山越の急坂は、シマノ・ソラ搭載の自転車に20代前半の体力でもしんどかった覚えがあります。
今思えば非常に恵まれたところに住んでいたにもかかわらず、周山街道を登ったのは嵐山高雄パークウェイの入口まで、もったいないことをしたと後悔するとともに、気軽に行けるまささんがうらやましく思えます。

たろさん、今日は。
ようこそです。
あれはもう激坂の部類です。
大学生の頃のたろさんがシンドかったのですから、私が酸欠で苦しむのも当然です。
漕ぎながらめまいを覚えました。
ところでたろさん、鳴滝あたりに住んでいたとなると、ひょっとして大学はR大学でしょうか。
だとすれば、奇遇です。。

お察しのとおりです。まささんが古田敦也や長谷川滋利と同窓なら、プロフィールを拝見するかぎり、私の3?4年先輩にあたるはずです。
地方出身で、合格後「上京」するのが遅かったため、辺ぴなアパートしか残っていませんでした。
福王子交差点を通って帰るとき、秋冬は下界とはあきらかに2℃前後低いのがわかる所でした。

おお、たろさん、そうでしたか。
同じ衣笠で青春時代を送ったんですね。
仲良くしましょう。
古田選手ですが、当時、野球部にいましたね。
皇子山球場であった立同戦の応援に行ったら、外野席にいきなりホームランが飛んできました。
それを打ったのが若き日の古田敦也でした。
たぶん入学したのは僕の方が一年先だったと思います。
でも卒業は同じ年だったんですね。
不思議ですね(笑)。

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