2007年3月アーカイブ

 その日、僕は仕事が休みで、子供たちも春休みに入っていた。外を見ると空は青い。天気はヌハハだった。インチキ風水師の嫁が、「神戸に行こう」と言うので、余り深く考えずに二つ返事で了解した。ペダルを漕いで行きたいところだったが、そうも行かず、決して安くない高速料金を払い、アクセルを踏んだ。

 三宮に着いたのは昼頃だった。二等兵が「お腹が空いた」というので、どこだか地下街のスパゲティ屋でランチを食べた。シソと鱈子、茄子とベーコンのトマトソース、それぞれ大盛りを注文して、四人で分けた。味はまずまず。

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 北野坂界隈の坂道の傾斜はなかなかナニだ。平坦な海の手を走るなら良かろうが、山の手は登るに従って斜度が増すようだ。自転車では無く、歩いたのだけれど、自転車乗りの習性なのか、見ているだけで酸欠になりそうだった。異人館や洒落た建物を縫って坂と路地の迷路が続いている。坂道に平行して階段が造られていることがままある。そんな時は迷わずに階段を歩くべきだ。筋肉の疲れ方が違う。急な斜面は立っているだけで脚に負担がかかるのだ。

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 山本通りをぶらぶら歩いて、北野町からロープーウェイに乗った。みるみる広がる港町のパノラマに子供たちはウハハだった。山上にはハーブ園があった。草花を見てウロウロ散策。なんだかよく知らないが、ハーブの名前が妙に印象的に残る。ウッドデッキから眺める港街は白く霞んでいた。桜開花前夜の暖かい一日だった。

 虫が地中から這い出るのと同じ理由で家を出た。外をウロウロするには絶好の暖かく穏やかな日和だ。大原野から丹波街道を南進する。さしあたって見えるのは、民家と田畑と竹林だ。跨るのは、冬の寒さを言い訳にして、穴熊のような怠惰な生活をしていた中年おやじにも、走る勇気と季節がある国に生まれた喜びを、鼻の穴の粘膜からも感じさせてくれるという例のルンルンだ。へクション!

 丹波街道とは府道10号の別名である。道は京都西部の大原野、乙訓あたりの丘陵地を抜けて、北は大江、南は大山崎を繋いでいる。道は西山連峰の麓に張り付くように延びていて、脇には寺社や古墳の類がたくさんある。8世紀、平安京遷都の直前、そこにあったのは長岡京の都だ。当然だが地域の理は相当に古く、古刹の宝庫でもある。
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 サントリーがある大山崎あたりに近づくと勾配が増してくる。頭上は天王山だ。坂を登って天王山の麓にある観音寺(山崎聖天)の高台の公園で暫く休憩。電車と街を眺めてボーっとした。人間ボーっとする事は大切だ。ふと上に目をやると桜が咲き始めていた。

 桜の開花予想を訂正した気象庁は、その訳を"コンピュータの入力ミスだ"と発表した。何かもっともらしい言い訳のように聞こえるが、責任を機械に押し付けているようでチョット見っともない。操るのは人間だから悪いのは人間だろう。「今年の開花予想は難しすぎました。ごめんなさい。」とぐらい言えれば可愛いいのに、コンピュータだのデータ入力だの、そんな能書きは聞き苦しい。

 3月も3分の2が過ぎて暦はどんどん進んでいるが、えらい寒い。お腹に蓄積したモノを少しでも消費しようと、寒風が吹くある平日、家を出た。駆るのは季節の変わり目の寒暖を背筋と顔の毛穴から感じさせてくれる例のナニである。
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 例によって京都西部、大原野をウロウロ。太陽は雲間を出たり入ったり、ハッキリしない天気だ。3月の乾いた寒風は容赦がなく、中年男の顔と爪先から熱を奪う。そこかしこでは咲いているけれど、桜の蕾はまだ堅そうだ。色の少ない景色の中に菜の花の黄色だけがひときわ眩しいのだった。

 ブログを始めてかれこれ二年半が経った。もともと何を書くとも決まっているわけでもなく、気分に任せていい加減な能書きを書いてきたのだが、最近は更新の頻度もさっぱりでスカスカである。

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 そこで何を思ったか、ブログを引っ越した。ついでに題名も「竹輪野」と変更した。管理人は竹輪(ちくわ)。心機一転、真面目に書くのか。。とりあえずこんな感じで再出発。2007年春の脱皮。写真は城南宮の椿。

 とうとう3月だ。きっとそのうちトンでもない寒波が来るに違いないと身構えていたけど、予想は外れた。拍子抜けするくらい暖かい冬だった。カラスの鳴かない日はあっても、お天気キャスターが"暖冬"を口にしない日は無かった。自転車に乗るには良い気候が続いていたのだが、大して乗れいない。仕事はチャンとこなしたが、どちらかと言うと悶々と過ごした。テレビに目を遣れば、かの結婚報道に沸いていた。特に関西は。ずっと昔から、クイズ紳助くんの時代から「紀香ist」である僕としては、何か釈然としない思いだった。どこが面白いのか解らない芸人の悪口を肴に、ちびちび飲んでいた。


 数年来のお笑いブームである。今時は、テレビをつければお笑い芸人の姿には事欠かない。しかしながら、毎度のように同じ芸人の顔とくだらないバラエティ番組ばかり視せられてチョット食傷気味だ。ニュースは視るがドラマは視ない。テレビは視る物が無い。「あるある大辞典」が叩かれているけれど、他局も叩けば埃が出そうだ。中立公平を謳うテレビ局が流しているモノは実は不純物に塗れていて、我々は常に受身で、日々それを摂取させられている事を覚悟しなければならない、のか。
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 そんなこんなでよくラジオを聴いている。FMがいい。テレビほど押付けがましくないし、色々な音楽が聴ける。それにFMのコマーシャルは"ドラマ仕立"だったりして結構面白い。好きな番組は「山下達郎のサンデーソングブック」と「ジェットストリーム」だ。写真は「オヤジを癒やす箱」70年代モノのマランツ。

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