8月の終わり

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 暑かった8月が終わった。殺人的な猛暑に伴って水の事故も連日伝えられた。毎夏、人の群が水場に繰り出せば、必ず犠牲者が出る。先日、娘の同級生のお父さんが海で亡くなった。大阪湾へ釣りに行っての事故だった。身近で同年代の方が亡くなると、さすがの脳天気男も考えさせられる。何人たりともその日を無事に生きられる保証はないわけで、生きている以上、死のリスクは常にある。

IMGP4795.JPG

 ロードバイクで長距離を走る趣味というのは、それ相応のリスクがある。まったく自転車に乗らない人に比べたら何倍も危険だろう。自転車が走るべき場所がはっきりしないこの国で、自転車乗りを危うくしているのは、やはり車だ。国道を走る大型車はもちろんだが、小型乗用車だって自転車の相手としては十分に脅威だ。速く走るスキル以上に安全に走るスキルを磨きたい。家族がいる者としては当然だ。娘の同級生のお父さんの冥福を祈る。写真は、ボチボチ秋っぽい風が吹いても良さそうな8月下旬の琵琶湖真の浜あたり。

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コメント(6)

今、疋田智さんの「それでも自転車に乗り続ける7つの理由」を読んでいます。
日本の交通事情と自転車の安全考えさせられますし、安全に乗るためのスキルアップは自分も常に心掛けてます。
身近な人の死もショックですね。自分の身近なところでは息子の同級生が今年の春に病気で亡くなりました。その子の父親は自分の同級生です。息子にはその子の分も一生懸命生きろと話しました。息子も中学生になりまして、色々なことにぶつかるかと思いますがきちんとすること、ルール、マナーを守ることが格好いいんだと話してます。

3年ほど前になりますが、友人が自転車でツーリング中に亡くなりました。
あまりにあっけない、突然の死でした。
多趣味なうえ、人懐こい性格だった彼の葬式には、会社の偉いさんでも町内の役員でもないのに、会館に入りきらないほどの弔問者が訪れ、焼香が終わっても誰も帰ろうとはせず、廊下や階段は人で埋め尽くされました。
死によって、彼の「生」を垣間見たと思いました。素晴らしい人生だったのだろうと思います。

一方で私は仕事で多くの方の「死」にも対面します。
彼のような「生」もあれば、誰にも相手にされず、うとましがられながら一人ひっそりと亡くなる方もおられます。

そんな様々な人達の生と死を見るに、自分の使命は、与えられた生を大切に、そして家族のため友人のため、自分の目標や夢のために、「今この瞬間を大切にして一生懸命生きること」なんだと痛感します。

いつかくるその日までみんなで笑って暮らすために、自転車乗りは防御スキルを磨くこともまた、ペダリングスキルを磨く以上に重要なことの一つでしょうね。

長文失礼しました。

ミウラSVさんへ
そうですか。子供が亡くなる事は親にとっては地獄です。それが同級生の家庭の事とは、いたたまれません。
息子さんやクラスメート達はツライ出来事でしたね。

小川さんへ
コメントありがとうございます。
身近な人の死を見ると、人はあっけなく亡くなるものだと言う事を思い知らされます。
日々、死に直面する現場におられる小川さんの言葉は重みがあります。
「家族のために誰かのために一生懸命生きる」そのことを私も肝に命じます。

小学生の時に海で溺れかけたことがあります。
深みで波に足を引っ張られながらも必死にもがいて、なんとか頭が水面に出て息が出来て、そのあとは犬かきで進み、岸へたどり着いたときにはへとへとでした。
海水浴場で監視人もいたのですが気づいてくれませんでした。
バイクで事故ったり、山で落石にあったり、長く生きていると死を身近に感じたことが何度もありますが、まだ生きているのは幸運と考えるべきなのか?
自転車はゆっくり走るのが安全策かな。

nekonoさん、今晩は。
よく岸へたどり着きましたね。
泳げるはずの大の大人が溺れてしまうのは、気が動転してパニックを起こすのが一番の原因だそうです。どうやら冷静になれるかが鍵みたいです。
>自転車はゆっくり走るのが安全策
同感です。

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