2007年12月アーカイブ

大晦日

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 大晦日。京都は冷蔵庫のように冷え込んでいて、場所によっては白いモノもパラパラと舞っている。今夜も仕事がある僕は、仕事場でパソコンに向いている。何はともあれ、一年を無事で過ごした。一年の総括なんて上手く出来ないけれど、いい加減に、思いのままに、雑感をしたためたい。

 2007年。僕の家族は引越しで年が明けた。12年におよぶマンション暮らしに別れを告げて、洛西の筍山にやって来た。僕がほぼ独断で決めたその地は、西に大原野、東に桂川を望む。初めての転校を強いられた息子と娘は、新しい環境に多少のストレスを感じていたようだったが、今ではこの学校が好きだと言っている。それは安心した。

 思えば、カラスが鳴かない日はあっても、マスコミが年金問題を伝えない日は無かった。社会保険庁は、国は、長きに渡って、莫大なお金を、半ば強制的に集めておきながら、何処の誰から幾ら集めたのか、誰に幾ら給付するべきなのか、判らないという。なんちゅう体たらくだろうか。もういいから、払った年金返してくれと言いたい。国家詐欺というべき年金問題でも、国家殺人のような薬害肝炎問題でも、高級官僚たちは一切責任を取らない。従面背信の官僚たちを一刀両断できない今の政治家たちを見て、歯痒くて仕方ない。この国に、遠山の金さんや破れ傘刀舟は居ないのか。

 世相を表す「今年の漢字」は「偽」だった。1年通して、食品に関する嘘偽りが次々と明らかになって、高級とか、ブランドとか、そういうモノの化けの皮が剥がされるのを見た。マスコミに吊るし上げられて、頭を下げる、企業幹部の姿をたくさん視た。もちろん産地表示も賞味期限も、守って欲しいし、豚や馬を混ぜながら、牛肉100%などと言うのは止めて欲しい。味噌も糞もはゴメンだ。でも詰まるところ、どんな制度を布いたところで、食べる側は作る側を信用するしかない。

 自転車について。僕の今の生活にもし自転車が無かったら、どんなに無味乾燥だろうか。チンタラではあるが、1年を通じて走る事で、心の均衡があるような気がする。今年は春と秋の二度、琵琶湖を周った。しんど楽しかった。性懲りもない物欲オヤジは、夏に黄色いフレームを入手した。辛子Bianchi号と名付けた。年間の走行距離はそう大したことないが、こんなオヤジと一緒に走ってくれた自転車仲間に感謝したい。

 あることないこと書いているうちに、紅白が始まった。幾つか聞きたい歌がある。「君は薔薇より美しい」「ルビーの指環」「そして、神戸」だ。

 何でもやりたがる一丁ガミおやじは、薪ストーブで料理をしようと考えた。そんでネットでダッチオーブンと云われる洋風の鉄鍋を仕入れた。作るのは"チキンの丸焼き"である。ネット上にある諸先輩方の有り難いレシピやアドバイスを参考にさせてもらった。材料は、丸鶏、玉葱、人参、セロリ、じゃがいも、等である。

 野菜をザクザクと切って炒めた。味付けは塩コショウのみ。次に内臓を抜いてある鶏に塩をすり込む。ケツの穴から手を突っ込んで、腹の内側にもタップリと。そして炒めた野菜を鶏の腹に詰めた。鶏の腹はギュウギュウである。鶏の全身にオリーブ油を塗って、残った野菜とともに鉄鍋に収める。香り付けにタイムの葉を添えた。蓋をして鍋の準備は完了。

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 ストーブの火室に五徳を置いて鉄鍋をセット。おき火で、およそ50分程焼いた。耐火手袋を着けて、灼熱部屋から鉄鍋を取り出した。蓋を取ると、背中に焼き目が付いたチキンの丸焼きが現れた。それは、子供たちがオヤジを見直すには、十分すぎる出来栄えだった。

 冬休みは、子供達にとっては、楽しい行事が続く時期だ。中でもXmasは特別である。我家の子供も、物心ついた時から、Xmasにはプレゼントをもらって、食事して、ケーキを食べる、なんて具合だから、もう当然で何の疑いもない。しかし、食事や物が当然にあるなどという考えで大きくなる事は、良い事なのだろうか。

 キリスト教徒でも、仏教徒でもない、僕のような無神論者は、まあ節操が無い。Xmasして、初詣して、ツリー飾って、しめ縄つけて、何でもありのチャンポン文化である。どうせならイスラム教のラマダン断食にでも参加すれば、少しは腹もへこむというものだ。

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 日本でもXmasは一大行事に成長したけれど、中身が無い。思想が無い。そこで育った僕は、見事にスカスカである。狡猾なメディアに扇動されて、ただ訳も無く、子供にモノを買い与えて、食事をさせるという行為を毎年続けている。本当は、Xmasなどいっさい無視しても何の問題もないハズである。それでも毎年そうするのは、ただ世間がそうするから自分もする、というメダカ思考である。メダカどころか、主体性の無さは、流れにまかせて生きる海藻なんかとそう変わらない。

 食事ができる事、家族が無事である事、これはすべて幸福な事である。海外の話を伝え聞けば、食事も、健康も、平和も、当り前には無い。ここに日本に、生まれただけで既に"超セレブ"である。日本が平和で、自転車に乗って、美味しいモノが食べられる事に感謝する年の瀬である。

 それはそれは穏やかな日和だった。それで辛子号に乗って散歩に出た。nasubiさんも誘った。冬の青空が広がる自転車道を、緑と黄のBianchi二台を連ねて走った。速度はケシカランぐらいゆっくりである。

 乾いた冷たい空気を吸いながら、淡水魚市場と化した広沢池を横目に東へ。きぬかけの路を登って下って、市街地に出た。

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 北区紫野の今宮神社。門前であぶり餅を食べた。初めて食ったけど美味かった。お茶付き500円也。

 宝ヶ池辺りをぐるりと周って、腹を空かせてお昼にした。深泥ヶ池に程近い「キッチンハウス キャロット」でランチを食べた。学生の頃、僕はたまにここで飯を食っていた。現実か幻か、もう判らないくらい遠い昔でる。あっという間に満員になったのを見ると、今も人気店であるらしい。

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 それから衣笠に移動した。「山猫軒」というカフェでコーヒーを飲みながら、いろいろ話し込んだ。山猫軒という店は、宮沢賢治の小説「注文の多い料理店」に出てくる。小説では、やって来た客を、男二人を、料理して食べてしまおうとする、まあ恐ろしい店なのだが、我々はなんとか無事だった。

 山手のカフェで会合を開いた。おそらくジャニーズも逃げ出すであろう男前6人が着いた席は、枚方の街を見下ろす窓際のテーブルである。ゴルフ場を抱える丘陵地には青空が広がっていた。12月の天気としては満点である。

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 寄り合いの正体は、ツーリング倶楽部Gottaniである。「何処かを自転車でウロウロして何か美味いモノを食う」という適当な野望を胸に出来た同倶楽部は、この日が初会合だった。

 パスタを食いながら、あれこれ話した。各々初対面の人が多いにもかかわらず、そこは自転車乗りの凄いところで、終いには、ワキワキあいあいだった。集まってくれた方々にお礼を言いたい。近年稀に見る素晴らしい会合だった。

娘「ねえ、お父さん」
私「なんや」
娘「焼き芋食べたい」
私「焼き芋?」
娘「うん、焼き芋、なんか食べたいの」
私「どうしてもか」
娘「どうしても」
私「さつま芋とアルミホイルあるか?」
娘「お母さんに聞いてみる、さつま芋とアルミホイルね」
私「ああ、そうだ(ディラン風)」

 晩秋に焼き芋が食いたくなるとは、どういう事だろう。悠久の昔から農作物を食って来た農耕民族の血だろうか。小学2年になる娘が覚醒したように私には思えた。亡くなった母も大の好物だった。娘を支配するのは、抗うことのできないDNAなのか。我が娘の何時になく真剣な顔を見て、私は焼き芋を焼く決心をした。

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 先ず、さつま芋にキッチンペーパーを巻いた。これは黒コゲ防止のためである。その上からアルミホイルを着せた。芋の準備は整った。薪ストーブの空気口を絞って置き火にした。強い炎はいらない。火室にホイルを巻いたソレを放り込んだ。

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 待つ事、35分。ブツを取り出して割ると、甘く香ばしい薫りがした。娘は満面の笑み。ソレは、オヤジの面目を保つには十分な出来栄えだった。いやホンマ。

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