フクシマ「神の火」

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ロメテウスはあわれな人間に"火"を与えてはどうかと考え、全能の神ゼウスに進言した。しかし、人間の愚かさを知るゼウスはこう言って一蹴した。
  「彼らは無知である。無知というのは事の善悪が判断できないということだ。」
しかし、プロメテウスはゼウスの意にそむき人間に火を与えてしまう。かくして人間は火を使い、自然を征服し、やがて戦争へと向かう。

冒頭はギリシャ神話の一節で、火とは文明そのものを指す。地球が歩んだ途方も無く長い時間から見れば、せいぜい一週間前に現れた人間は、枯れ枝に火を点けた日からあっという間に駆け抜けて来た。知識の集積を半導体に移し込み、ビットの荒野に未来は担保されたか。今となっては、ウラン燃料の臨界を見た時が凋落の始まりだったと言えなくもない。原子力という「神の火」に手を出した報いが、あろう事か、二度の原爆を経験したこの日本に向けられている。発生から3ヶ月以上、未だ収束の糸口さえ見えない福島の原発事故について、またまた無責任な大風呂敷を広げつつ雑感を述べる。
「格納容器の健全性は保たれている」「爆発は放射性物質が外部に大量に漏れるような事故ではなかった」これは3月12日、最初の爆発で建屋が吹き飛んだ時の枝野官房長官の発言である。大ウソだったわけである。

「心配ない」「ただちに健康被害はない」「冷静に」「メルトダウンはありえない」東電幹部、政府の役人、学者、出てくる人みんな楽観論ばかりだった。これらもまた嘘と詭弁で塗られていた。

 事故から2カ月も経って明かされたのは、大震災津波の翌日には炉心溶融は相当進行していた、つまりメルトダウンしていたという事実だ。そして建屋の爆発によって大量の放射性物質がまき散らされたという事実に愕然とさせられる。

私は、日本は原発から足を洗うべきだと思う。知れば知る程、反対である。地震の巣窟である日本列島に、何かあれば国が滅ぶようなシロモノが50機以上とは狂気の沙汰だ。

今ごろになってやっと政府は周辺住民の健康調査をやると発表した。そして向う30年に渡って追跡するという。なんて事だろうか。内部被ばくが怖いのはその後発性だ。特に子どもたちが心配である。

何を信じて何を頼ればいいのだろうか。明らかな情報操作と隠し事によって我々は騙されてきたに等しい。マスコミが「天下の公器」だとは思わないが、長年に渡って「安全・安心・クリーン」などと嘘のプロパガンダに加担してきた責任は小さくない。

さる5月23日、反原発派の小出裕章氏が参議院の行政監視委員会で意見を述べた。これまでの原子力行政を理路整然と分りやすい言葉で批判した。知性と人間味あふれる発言は、闇にさす一筋の光に思えた。信念と良心に裏打ちされた物言いはインチキ御用学者とは比べようもない。

国会での小出氏の発言の翌日、新聞テレビの反応はどうだったか。さもありなん報道各社はほとんど無視を決め込んだ。笑っちゃうぐらいにシカトだった。なるほど電力利権にどっぷり漬かったマスコミらしい見事な体たらくぶりだった。

このところ小出氏の露出度が急に高まって来ている。メジャーなテレビニュースにも登場するようになった。しかしそれは福島原発が、将棋で言えば「詰み」に近づいているという事か。以下の転記は、我々は「覚悟」するべきだという小出氏の発言。

 「福島第一原発から放出された放射性物質は、県境を越えて日本中に広がっています。いや、国境さえも軽々と乗り越えて、世界中に広がっています。もはや地球上に、この汚染から逃れられる場所はないのです。放射能は目に見えないし感じることもできません。だからこそ行政はしっかりと線量を計測し、知らせなければならない。そして我々はどこにいようが、その数値に注意を払わなくてはならないんです。3・11を境に、私たちの世界はそんな場所に変わってしまった。そして私たちは、そこで生きていくしかないのです。」

小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

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