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 暦は早くも節分である。春になるのかと言えばそうはいかない。底冷えの京都は雨雪混じりで連日時雨れている。巻き寿司の相手には、何か暖かいモノが欲しい。

 ちゅうわけで、チゲ鍋を作った。冬魚の王道、鱈を主役に豆腐、白菜、えのき、ニラ、牡蠣も入れた。味付のベースは、いりこダシとコチジャン(唐辛子味噌)である。唐辛子に含まれるカプサイシンが身体を温めてくれる。あらかた食べたらウドンなんかを放り込んでやるのが正しい食べ方だ。

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PENTAX K10D & DA40mm f2.8Limited(パンケーキ)

 チゲ鍋やホルモン鍋は日本でも随分ポピュラーになった。しかし、ややもすると辛いだけの駄作も多い。チゲの命は辛みと甘みのバランスだ。鱈も白菜も、寒ければ寒いほど美味いぞ。カムサハンニダ。

余談だが、韓国語で「チゲ」=「鍋」という意味だから、「チゲ鍋」=「鍋鍋」になってしまう、というのは有名な話だ。

 外でどんな辛い事があろうとも、その人は何時も自分の味方で、帰れば、暖かく美味しい料理を作ってくれる。愛情に裏打ちされたモテナシしは、何の見返りも前提としない。母の手料理とはそういうモノじゃないだろうか。無論どんな高級料理だって敵いはしない。そんな人々の祈りに応えるような店がある。韓国家庭料理の店「はぬる」である。
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 暖簾をくぐれば、カウンター越しに笑顔で迎えてくれる。アジュメと呼ぶにはまだまだ若いお姉さんである。ビールを飲んで、ニラちぢみを食べれば、疲れも飛ぶ。気取らない雰囲気の中、母性と包容力に逢える店。味は三ツ星。「はぬる」とは韓国語で「空」。女性客も多い。月曜定休。四条佐井通り下る。tel 075-313-6362 

 三条から四条辺りに掛けて京都一の繁華街を擁する河原町通りではあるが、南に下って来ると様子はだいぶん違ってくる。とりわけ河原町九条から以南の一帯は数ある京都の下町の中でも異彩を放っている。地元の人が「東九条」と呼ぶこの地域は、そこかしこに韓国の食材店や飲食店がある。日本一のコリアンタウンである大阪の鶴橋なんかに比べると規模はホントに小さいのだけれど、この町の存在は日本文化の象徴のような京都にあって、そこに食い込んだ楔(くさび)のようだ。
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 今時ハングル文字の看板なんて市内のあちこちにあったりするのだが、この辺りのそれは年季が違う。下町が醸すチョットうらぶれた雰囲気と猥雑さはもはや叙情的ですらある。国籍不明のこの地からほんの数キロ北へ行けば、日本を代表する祭り、祇園祭がまさにクライマックスを迎えようとしている。そして、すぐ南の河原町十条は河原町通りの終焉の地でもある。

 僕には二人の子供がいる。男8歳と女5歳だ。二人は在日四世になる。以前から「お前達は韓国人なんやで」と教えている。だから「お前は何人や?」と聞くと、長男なんかは「僕、韓国人」と答える。でも、何の事か訳も判っていないだろう。国籍だとか民族だとか、そんな概念すら無いのだから。じゃあどうして年端も行かない子供にそんな事を教えるのか。それは「予防注射」だ。


 中学生になる頃には僕は自分が韓国人である事を隠すようになっていた。誰かに隠せと言われたかどうか憶えていないが、成長するにつれそうなってしまった。ただでさえ心境複雑な思春期に国籍の悩みが加わっていた。どうしょうもないくらい大きな悩みなのに決して誰にも話さなかった。そんな感じの十代だった。
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 転機が訪れる。市内の私立大学に入学の折、「原則として本名」を名乗るのが決まりだった。大学はそれをほぼ強要していたのだ。正直言うと僕は本名を名乗るのはイヤだった。ずっと日本風の通名を名乗ってきた在日にとって、それ相応の決心がいる事だ。なんだそんな事ぐらい、と笑われるかも知れない。周りの日本人から嫌われる事を怖れる在日三世にはそれは「清水の舞台から飛び降りる」に等しかった。でも今にして思えば、在日同胞と知り合い、「民族」と向き合えた時期でもあった。


 在日の存在をタブーにしている空気は、日本社会の至るところにある。韓流ブームに沸く今日でもそれはそうだろう。マスメディアが報じる韓流とは裏腹に「日本社会に内在する韓流」は未だ理解されないままの様に思える。息子が通う小学校にも相当数の在日の子供がいるのであるが、現場の先生達に避けて通ろうとする姿勢がありありと覗える。でもそれはムリも無い事かも知れない。当の在日の親達でさえ「民族」を避けている。そんなご時勢だ。


 立派な事を言っているが、意気地が無くて在日である事を人に言えなかった僕である。よくも偉そうな事を書けたものだと思う。でもこの社会で暮らす以上、在日の子供は自分の国籍や民族について「消化不良」を起こすのは目に見えている。少なくとも自分の国籍や生い立ちを疎んじるような事は無いようにしてあげたい。「予防注射」とはそのためだ。効くかどうかは判らないけど。

 韓国人の反日感情の高まりは相当だ。大統領までが油を注ぐに至ってはどうか。貿易交渉に影響がでたり、ゴルフ場では「日本人入場禁止」なんて所まで出てきている。向うで生活している日本人は何かと面倒な事が起きているのではないだろうか。ワールドカップ共同開催、韓流ブームといい流れがあっただけに残念に思う。日韓友情年の年に竹島は「目の上のタンこぶ」になってしまった。


 豊臣秀吉の「朝鮮出兵」、西郷隆盛の「征韓論」は日本の教科書にも出て来るぐらい有名な話だ。そんな時代を割り引いたとしても、日韓は長い間、友情と文化を共有してきた事は事実だ。長く鎖国を布いた江戸時代でさえ「朝鮮通信使」だけは別格で迎えられていたと伝わる。思うに「友情」とはお互い対等であって成り立つ物だ。一方が武力をもって優位に立とうとする処にそれは在るはずもない。お互いをよく知る日韓の敵対心は「近親憎悪」にも似るから性質が悪い。ずっと上手くやっていた日韓なのに、我々が生きた昭和とういう時代だけが著しく異常で欺瞞に満ちていたように思う。


 日の丸や小泉の写真を燃やし、体に火まで点ける韓国人は、日本人から見れば理解に苦しむだろう。それは在日の僕から見ても同じだ。まあ表現方法としては稚拙でおバカに映る。ただ韓国の歴史教育においてやはり「反日」は大きなテーマであり、いいかどうかは別にして「恨みの再生」は今も続いている。耳の痛い話だが、現代韓国において「反日」は国際競争を勝ち抜くための「動機付け」であり、パワーの源だ。政治しかり、スポーツしかり。竹島問題により曝された「韓国人のはらわた」は脳天気とも思えるこの国の韓流熱に冷や水を浴びせたに違いない。


 「領有権」や「漁業権」は物理的な問題として有るのはそうだ。が、誤解を恐れず言えば、そんな事はどうでもいい事で、問題の本質は悲しいほどにメンタルだ。島根県議会の「竹島の日条例」は韓国人の眠った感情を鷲づかみにしてはなさないのだ。昭和を生きた韓国人にしてみれば、あれは「日本帝国主義の侵略」であり、最も憎むべき相手に見えるのだろう。そして、わざわざこの時期に「喧嘩」を売った島根県議会の行為は、いろんな影響を考えれば、やはりいただけない。


 恨んだり、疎んじたり、見下したり、日本人と韓国人は大変だ。併合や戦争のあたりの話は未だに喧嘩の種になっている。次の世代は考え方や価値観を共有して何かを築けるだろうか。顔かたち、髪の毛、目の色、赤ちゃんのお尻にできる青い斑まで同じ両民族が、いつしか世界が羨む真の友情で結ばれる事を望む。
Sankei Web 国際 「友情年」行事の中止も 竹島問題で韓国(02/28 12:19)

 「指を切る」だけでは飽き足らず、「焼身自殺」を図る者まで出たようだ。なんて馬鹿な行為だろう。韓国人の大袈裟な感情表現は在日の僕もゲップが出そうだ。火を点けたのは50代の男だそうだが、あの「岩礁」は彼にとって命に匹敵するらしい。かつて軍事政権と学生達がやりあっていた80年代、韓国人学生の「焼身自殺」はしばしばあった。当時の学生には敬意を表したい。しかし、命がけの抗議も幾度か見せられると、韓国人がよくやる「パフォーマンス」だと揶揄されかねない。

 
 争点は「竹島の領有権」ではあるが、ソウルの日本大使館前に集まった韓国人の敵は、相も変わらず「日本帝国主義」であるようだ。こちらから見れば時代錯誤の感は否めない。が、島根県議会が「竹島の日条例」を決議したとき、傍聴席で万歳三唱をしていたのは特攻服にハチ巻きという面白い格好の人たちだった。これだけを見れば相手が「日本帝国主義」だというのも、あながち間違いだと言い切れないかも知れない・・

 
 竹島をめぐる日韓の歴史はそれはそれは複雑だ。ましてや、日韓には先の戦争を挟んで「着いて離れた腐れ縁」の歴史がある。どう考えても話し合いの決着など無理だろう。どちらのモノかなんて、もうそれは果てしない論争だ。そこでだ、日本同様、韓国も格闘技ブームであると聞く。K1かプライドのリングで決着を着けると言うのはどうだろうか。いや待て、サッカーでもいいぞ。
インフォシークニュース > 検索結果 > 全身に火を付け抗議 ソウルの日本大使館前

 今年は「日韓友情年2005」だそうだ。ホームページに行くと実行委員の一人として映画監督の崔洋一の名があった。在日の代表という事だろうか。余談だが「血と骨」はDVDがでたらすぐに観たいと思っている。
 
 折からの韓流ブームに乗って大手広告代理店がいろいろ画策しているらしい。昨年にも増して文化交流が盛んになる事だろう。その一環でもなかろうが、こんな商品が出ている。ちょっと食べてみた。悪くはないが僕はやっぱり「カップヌードル」は「カレー」が好きだ。
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 日本に育った在日三世の僕は友達の多くは日本人だし親友もいる。いまさら外務省あたりの音頭で「日韓友情年です」なんて言われても、「ふーん、そうなの」て感じだ。それにこういった政府レベルの催し物では、「在日」はしばしば置き去りにされる、そんな感じも否めない。国籍やアイデンティティという面ではその実、中途半端な「在日」も「お祭り」の仲間に入れてくれるのだろうか?僕にはそんな僻みっぽい心配があったりする。
 
 でもそれでは良くない。そうだ「日韓友情年」だ。素晴らしいじゃないか。肯定的になろう。そうそう外務省のホームページに「主役はみなさん」と大きな字で書いてあった。僕の事だろうか・・

 「KOREA TODAY」2005年1月号が手に入った。書店ではまずお目にかかれない雑誌で、在日のために或いは日本人のために韓国の情報を伝えてくれる。スポンサーは主に在日系企業で裏表紙一面はかの焼肉チェーン店「叙々苑」の広告だったりする。トップの記事は先の鹿児島であった「日韓首脳会談」の事で、まあどうでもいいような話だった。ちょっといいなと思った記事は韓国の伝統歌劇「パンソリ」の話題だ。今の「韓流ブーム」のそれとは違う韓国芸能の本質が「パンソリ」にあって、真の「韓流」があるとするなら、それは「パンソリ」のそれではないだろうかと思った。
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 元旦の夜は枚方にある親類(妻の叔父)の家を訪問するのが恒例になっている。京都・大阪・神戸の一族郎党が集まって年始の挨拶をして、食事を共にする。韓国人の親族間の強い結束は在日コリアンにも受け継がれている。むしろ日本で暮らすが故に、本国よりも在日の方がより「結束」を強めたと言えるかも知れないし、言えないかも知れない。わけのわからない事言っているが、それもまあ3世ぐらいまでか。4世5世の時代になれば「親族」だの「民族」だの、そんな意識はどんどん希薄になって行くに違いない。子供の行く末を思い計れば「帰化同化」はいたしかないと思っている。次の世代が日本国籍を選択する事に対して積極的に否定する論理など、少なくとも在日の僕は持ち合わせていない。

 
 その夜どんな物を食べたかと言うと、「ナムル」「蒸し豚」「キムチ」「チヂミ」などなど。まあ血が騒ぐのか韓国料理は美味い!そして毎年最後に「鴨そば」(たぶんこれは韓国料理ではない)が出てくる。鴨肉・スープ・焼きねぎ・そば、全て絶品でありました。「??????」(ごちそうさまでした)
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 戦後、日本には多くの在日コリアンが生きてきた。今や4世、5世が生まれている。しかし、日本のメディアはずっと「在日」の存在自体を無視してきたに等しいではないか。かつてのテレビ番組に「在日」は不在だったし、メディアに現れるのは金田さんや木下さんであっても、決して金さんや朴さんではなかった。

 
 そして今、「冬のソナタ」に端を発した韓流ブームは留まるところを知らない。韓国文化が受け入れられることは歓迎するが、急速な加熱に何か脆弱(ぜい・じゃく)さを感じてしまう。

 
 ブームの一方で、北朝鮮による拉致問題が連日のように報じられている。私には奇妙な構図に映る。「愛される」韓流の国と「憎い」北朝鮮は、元はといえば一つの国だからだ。ヨン様を追いかける日本の女性たちの熱狂ぶりは、一連の韓流ブームが政治的無関心の上に成り立っていることを物語ってはいないか。

 
 そしてメディアも韓国からの「本場物」は熱心に伝えるが、足元にいる「日本産の骨董(こっ・とう)品」にはまだまだ冷たい。ある意味、今ほど「在日」である疎外感を感じたことはない。


(2004年12月25日付 朝日新聞「声」に掲載)

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