戦後、日本には多くの在日コリアンが生きてきた。今や4世、5世が生まれている。しかし、日本のメディアはずっと「在日」の存在自体を無視してきたに等しいではないか。かつてのテレビ番組に「在日」は不在だったし、メディアに現れるのは金田さんや木下さんであっても、決して金さんや朴さんではなかった。
そして今、「冬のソナタ」に端を発した韓流ブームは留まるところを知らない。韓国文化が受け入れられることは歓迎するが、急速な加熱に何か脆弱(ぜい・じゃく)さを感じてしまう。
ブームの一方で、北朝鮮による拉致問題が連日のように報じられている。私には奇妙な構図に映る。「愛される」韓流の国と「憎い」北朝鮮は、元はといえば一つの国だからだ。ヨン様を追いかける日本の女性たちの熱狂ぶりは、一連の韓流ブームが政治的無関心の上に成り立っていることを物語ってはいないか。
そしてメディアも韓国からの「本場物」は熱心に伝えるが、足元にいる「日本産の骨董(こっ・とう)品」にはまだまだ冷たい。ある意味、今ほど「在日」である疎外感を感じたことはない。
(2004年12月25日付 朝日新聞「声」に掲載)
