コンビニで補給しようと思ったが、何を思ったかマクドへ。そのままドライブスルーでビッグマックを一つ買った、290円也。道路脇の自販機でコーラも、120円也。缶コーラはもちろんだが、ビッグマックだってジャージの背ポケットに納まった。 というか納めた。
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コンビニで補給しようと思ったが、何を思ったかマクドへ。そのままドライブスルーでビッグマックを一つ買った、290円也。道路脇の自販機でコーラも、120円也。缶コーラはもちろんだが、ビッグマックだってジャージの背ポケットに納まった。 というか納めた。
月曜日。天気予報によると、京都は午前中に雨が残りそうな予報だった。しかし、朝にはもう晴れ間が見えていた。ならば走ろうと、出発したのは午前10時半頃だった。大方の行き先は決まっていた。目指すは兵庫県のあの湖である。
国道9号を西へ。老ノ坂を越えて亀岡に入る。湯の花温泉を経て、能勢町に入れば良い道が続く。交通量、信号、共に少ない。能勢町をほぼ縦断して兵庫県川西市に至るその道は、府道106号である。

道に沿った川幅がだんだん広くなってきたら湖が近い証拠だ。その湖の名は知明湖、またの名を一庫ダムという。同湖は、二つの川筋が堰き止めてられてダムサイトで合流しているため、地図で確認すると見事なV字になっている。V字のマタグラは公園になっていて、自転車は走り易い。桜の満開時期は見物だろうと思う。
国道と府道を縫うようにして、京都へ戻った。途中、野間峠から妙見山を上ったけれど、シンド過ぎ。もう上りたくない。大まかなルートは、やはりコレで。
まだ蕾が硬い背割堤から淀川を南へ。天気は晴れときどき薄曇りか。厚めの長袖ジャージではもう暑苦しい。ジッパーの大方を開けて、春風を取込んで走った。
淀川堤防は相変わらず"車止め"が鬱陶しい。しかも出現頻度も頻度だ。その有り難くない障害物は大阪湾まで延々続いている。

頑張って、無理して、ケイデンス100オーバーで回してみたりした。下ハン握ったけれど、お腹が邪魔で長続きしないのがちょっぴり悲しかった。写真は枚方大橋と三度目の春を迎えた馬丼。バーテープ変えたいな。
暦では3月5日が啓蟄だったらしい。虫も穴から這い出るこの時期に、nasubiさんが誘ってくれたので、おやじ二人で徘徊した。ウロウロしたのは亀岡・高槻・大山崎あたりである。そして駆るのはもちろん、春こそ時速20kmの幸せを、股間あたりからジンジンと実感させてくれる例のペダル式幸福製造機である。

国道9号老ノ坂峠を越えて亀岡へ、府道6号で高槻へ、西国街道で大山崎へ、たった約60kmのサイクリングだけど汗をいっぱいかいた。写真は大山崎で食べたCafe tabitabiのランチ。同店のランチは野菜がふんだんでヘルシーだ。「ここのが一番美味い」とnasubiさんが絶賛するランチは800円也。
阪急阪神1dayパスを買った。阪急電車と阪神電車が乗り放題である。大人1200円、子供600円也。家族総出で、いざ大阪へ。
梅田。昼時で腹が減っていた。蟻の巣のような梅地下をスタスタと歩いて向ったのは、阪神百貨店地階のスナックパーク。立ち食いの殿堂である。"カレー讃岐きしめん"をズルズル。美味い!"ドミグラオムライス"もムシャムシャ。旨い!監視委員から食い過ぎを非難された。
ヨドバシカメラに行った。僕はオーディオ売場へ。子供達はゲーム売場。偽風水師は白モノ家電。どうやら、先月の冷蔵庫に続いて、洗濯機がダメらしい。なんちゅう事態だ。今時の洗濯機はタイプがいろいろあって、値段もピンきり。高いモノは良いロードバイクが買えるじゃないの。とりあえず撤収とした。
それから阪神電車に乗った。ガタンゴトンと揺られて、降り立ったのは甲子園。甲子園球場は工事中だったが、目的はララポート甲子園という商業施設である。小奇麗なお店がたくさんあった。でも僕には用事がなかった。
秋はつるべ落とし、ララポートを出る頃には陽はどっぷりと暮れていた。たくさん歩いたので、またお腹が空いていた。
ここは大阪港舞洲の外れの大衆食堂、その名もウイング食堂だ。昼時とあって人が続々と人が入って来る。みんな作業着姿だ。初めての僕は食券を買うのに少しモタついた。既に後には人が大勢並んでいる。モタモタしてると怒鳴られそうだ。
この日、僕には心強い同伴者というか、保護者が付いていてくれた。モーモージャージを粋に着こなし、ヘタレな僕をいつも引いてくれるみーこさんである。朝、我々は桂川の自転車道で待ち合わせてた。そして大阪湾を目指すことになった。駆るのはもちろん、その刺激的なスタイルゆえに、この春もオヤジ達の股間を魅了して止まないという、例のアレだ。曇天で太陽は見えなかったが風は比較的穏やかだった。
初めて踏み入った舞洲は小奇麗な場所だった。ヨットハーバー、野球場、サーキット、芝生公園が見える。そしてなんと言っても目を引くのは、ド派手な建物だ。原色を塗りたくった宮殿のようである。どうやら大阪市のゴミ処理施設らしい。外国のデザイナーを使って、日本一の赤字自治体が造った施設であると、以前マスコミが報じているのをニュースで視た。なるほど、批判されるのも当然だ。
そんな舞洲で見つけたウイング食堂、店内の雰囲気も凄いが、厨房もまた凄い。丼飯やうどんやオカズが高速で飛び交っている。短時間に一体どれだけ賄うというのか。ボヤボヤできない。屈強な港湾労働の男達の胃袋需要を一手に引き受ける大衆食堂の昼は、さしずめ鉄火場だ。しかしまあ、空腹と汗臭さなら僕達も決して負けてはいない。何せ桂川、淀川と50キロ以上を下って来たのだ。その空腹を鎮めるのは、かき玉丼と月見うどんである。ボリュームに不満はない。食ったら来た道を帰るのだ。ジャージとレーパン姿のおやじ二人は、顔の埃や汗もそのままに、ただ食った。旨いぞ。750円也。往復114km。
遊園地に行った。春休みに入った子供達に対するサービスである。行き先は万博公園にあるエキスポランドだ。僕の場合、土日は必ず仕事だから、子供と休みが重なる日はそう多くない。ゴルフやら何やらの誘いを断り、子供と一日過ごす事にした。天はそんなささやかな親心を酌んでくれたのか青空をくれた。万博公園の桜の蕾が赤く膨らむ3月下旬の事だった。
鳥だか何だか判らない姿をした塔がやはりそこに建っていた。太陽の塔だ。大阪万博のシンボルとして建てられたこの塔は同時に日本の高度成長のシンボルともいえる。万博の開催は昭和45年、1970年の事である。当時、7歳だった僕は、その華やかで大きな出来事をテレビで観ていた。今までとは違う特別なお祭りであるらしい事は分かった。三波春夫は「コンニチハ〜コンニチハ♪」と歌っていた。それから36年目の今年、僕とほぼ同時代を生きた太陽の塔は年男または年女という事になる。
高いやら、速いやら、目が回るやら、久しぶりの遊園地の乗り物はどれもスリルがあった。娘はジェトコースターの音が怖いらしく泣いていた。息子は乗りたい乗り物に、身長が足りずに乗れない事に不満なようだった。それでもみんな結構楽しめた。でも胃に悪い。
神戸ではポートピアランドが閉園するらしい。昔ながらの遊園地は、今のバーチャル世代の子供には通用しないのか。いや、そうではないだろう。経営が立ち行かない最大の理由は子供の数の減少だ。施設は今でも魅力的だと思う。懐古趣味だが、観覧車やメリーゴーランドは昭和の薫りがして別の意味で価値を感じる。しかし営業してもソロバンが合わない。各地で遊園地が閉園している。残念な事に昭和の遺跡はどんどん消えていく。
水の都、大阪は美しかった。大阪城と高層ビルの間を川が流れる風景を京橋口あたりの陸橋から眺めた。建物も川も緑も全てが洗練された大都会の姿を見ると、自分が凄く田舎者に思えた。大きな声では言えないけれど、生まれて初めて大阪城公園に入った。風は冷たいけれど青空が見えた2月の平日の事である。公園にはジョギングする人やら、散歩する人やら、旅行者やら、日本人やら、外国人やら、天気のせいか、人が大勢いた。
ずっと淀川を下って来た。もちろん自転車である。この日は頼れる人が一緒だった。ブログで知り合ったみーこさんだ。片道50kmを文字通り引率してくれた。八幡、枚方、守口と逆風の中を走り淀川大堰に至る。隣接する毛馬こうもんから大川を巡る。幾つもの橋を潜って、開花にはまだ程遠い桜並木の散歩道を漕ぎ進む。見えて来るのは、川と街が融合した大都会の風景だった。
京都へ向かう帰り道は追い風でスピードに乗れた。と思ったら途中、雨が降ったり、強い西風や逆風に苦しめられた。とどめは京都に入ってからのミゾレ混じりの冷たい雨だった。いやはや辛く楽しい一日だった。何とか100km。ヘロヘロ。
御幸橋の南詰は分かれ道である。石清水八幡宮を抱く男山を正面に、左へ行けば木津川、右へ行けば淀川だ。一瞬躊躇した後、僕は自転車を右に向けた。左に京阪電車、右に淀川を眺めながら京都守口線と呼ばれる道を行く。なだらかに弧を描いた道を暫く行くと、京阪樟葉駅とゴルフ場が見えてきた。
樟葉辺りで河川敷に降りてみた。自転車が走れる舗装路があるのだが、ウッソウとした草や木で川の姿も見えない。暑いし、川沿いを走っているにも関わらず、草しか見えないのはどうも納得が行かない。加えて、所々で現れる車止めでは、いちいち自転車から降りなければならなかった。
枚方大橋に近づくと、淀川が見えてきた。川幅があって雄大だ。公園も綺麗に整備されていている。淀川を見ながら公園や土手の舗装路を走った。大阪湾まで行きたいところだったが、仕事もあるので鳥飼大橋で引き返すことにした。
実は初めて走った淀川だったが、残念なのは先にも言った車止めだ。その頻度もさることながら、自転車から降りる事を強要しているのだ。マッタクいただけない。自転車の走行をいちいち止める河川敷なんて、なんやそれ!と言いたい。車やバイクを締め出したいのだろうが、そのために自転車乗りは非情に困っている。と誰か役人に伝えて欲しい・・。
