兵庫の最近のブログ記事
五月の太陽が一塁側に沈む頃、外野スタンドに陣取った。縦じまコスチュームのオッサンやら、おねーちゃんやら、子供達やら、続々と入って来る。甲子園初体験の息子と娘は楽しそう。浜風をオカズにビールを飲んだら、美味いこと、心地ええこと。
月曜日。天気予報によると、京都は午前中に雨が残りそうな予報だった。しかし、朝にはもう晴れ間が見えていた。ならば走ろうと、出発したのは午前10時半頃だった。大方の行き先は決まっていた。目指すは兵庫県のあの湖である。
国道9号を西へ。老ノ坂を越えて亀岡に入る。湯の花温泉を経て、能勢町に入れば良い道が続く。交通量、信号、共に少ない。能勢町をほぼ縦断して兵庫県川西市に至るその道は、府道106号である。

道に沿った川幅がだんだん広くなってきたら湖が近い証拠だ。その湖の名は知明湖、またの名を一庫ダムという。同湖は、二つの川筋が堰き止めてられてダムサイトで合流しているため、地図で確認すると見事なV字になっている。V字のマタグラは公園になっていて、自転車は走り易い。桜の満開時期は見物だろうと思う。
国道と府道を縫うようにして、京都へ戻った。途中、野間峠から妙見山を上ったけれど、シンド過ぎ。もう上りたくない。大まかなルートは、やはりコレで。
神戸に行った。南京町を徘徊して、須磨で油を売って、垂水区のポルトバザールを冷やかした。暑かった。酷暑で脳ミソが干乾びた。何も考えられないし、書けないので、写真を少しアップする。
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その日、僕は仕事が休みで、子供たちも春休みに入っていた。外を見ると空は青い。天気はヌハハだった。インチキ風水師の嫁が、「神戸に行こう」と言うので、余り深く考えずに二つ返事で了解した。ペダルを漕いで行きたいところだったが、そうも行かず、決して安くない高速料金を払い、アクセルを踏んだ。
三宮に着いたのは昼頃だった。二等兵が「お腹が空いた」というので、どこだか地下街のスパゲティ屋でランチを食べた。シソと鱈子、茄子とベーコンのトマトソース、それぞれ大盛りを注文して、四人で分けた。味はまずまず。
北野坂界隈の坂道の傾斜はなかなかナニだ。平坦な海の手を走るなら良かろうが、山の手は登るに従って斜度が増すようだ。自転車では無く、歩いたのだけれど、自転車乗りの習性なのか、見ているだけで酸欠になりそうだった。異人館や洒落た建物を縫って坂と路地の迷路が続いている。坂道に平行して階段が造られていることがままある。そんな時は迷わずに階段を歩くべきだ。筋肉の疲れ方が違う。急な斜面は立っているだけで脚に負担がかかるのだ。
山本通りをぶらぶら歩いて、北野町からロープーウェイに乗った。みるみる広がる港町のパノラマに子供たちはウハハだった。山上にはハーブ園があった。草花を見てウロウロ散策。なんだかよく知らないが、ハーブの名前が妙に印象的に残る。ウッドデッキから眺める港街は白く霞んでいた。桜開花前夜の暖かい一日だった。
京都市内に住んでいると海なんてのはほとんど見れない。だからたまに海に来るとヌハハだ。港、神戸の明るさと開放感は刺激的である。海側に広がる街や施設は明らかに洗練されていて、一方、山の手の高台には瀟洒なマンションなどが並んでいる。京都しか知らない田舎者の僕などは、まるで食虫花のように口をポカンと開けたままで、ふらふらと辿り着いたのは、明石海峡大橋を臨む広い敷地あるアウトレットモール、マリンピア神戸ポルトバザールだった。
ポルトバザール(PORTO BAZAR) とは「港の市場」という意味になる。市場と言っても食料品は無い。ヨットハーバーに隣接して欧風建物が幾つもある。まるで地中海の港町のようだ(見たこと無いけど)。その中にあるのは衣料品店や雑貨店である。客はやっぱり女性が多いのだが、オヤジだって見るモノはある。アディダスやらナイキやら、スポーツ雑貨店が目を引いた。そこで僕は、アディダスのシューズを買った。そう、衝動買いだ。どうするのか、履いて走るぞ!たぶん。
梅雨が明けてからというもの、茹だるような暑さである。夏休みもボチボチ佳境を迎えるなか、宿題は進んでいるのかいないのか、知る由もないが、我家の二人の小学生は元気で五月蠅い。僕の動向を窺い、スキあらば何処かへ連れてもらおうと手薬煉を引いている。本当はプールでもと言いたいところだったが、罪も無い少女が犠牲になった悲惨なプール事故の直後で世間は騒然としている。それでなんとなくプールは敬遠した。そこで娘は水族館が良い、と言い出した。
名神高速道路を西へ走った。遣って来たのは須磨海浜水族園である。平日だが須磨海岸も水族園も結構な人出だった。子供達はふだん見ることができない生き物を見て楽しめたようだった。館内を一通り見た後は、イルカのショーを見て水族園を後にした。暫らくぶりに見た須磨海浜水族園は、些かくたびれた感があった。80年代に初めてここを訪れた頃に比べると自分もくたびれたか。
篠山市の中心部を抜けて野路菊が咲く県道を西に進む。その後県道を外れて、舞鶴若狭自動車道に沿うように山道を登る。暫く行くとのどかな山間に湖が現れる。佐中ダムだ。実は今回の遠出の主な目的はここでヘラブナを釣る事であった。
佐中ダムは小さなダムである。下流の田畑に水を供給するのが目的の言わば溜池だ。上流部には桟橋があるので釣り易くなっている。晴天の五月だ、平日とは言え7、8人の釣り客がいた。僕も釣り料を払って桟橋に入座した。ヘラブナ釣りは底釣りと宙釣りに大別できるが、深いので宙釣りで始める。釣れてくれるだろうか・・。
餌を打つこと7、8投目のこと、浮きが消し込んだ。竿が弓形にしなる、手ごたえは良い。30cmぐらいの綺麗なヘラブナが釣れて来た。丹波のヘラブナを釣るという目的は達成できた。その後約3時間でなんとか10枚程釣って竿をしまった。ヘボ釣り師にも寛容な丹波のヘラブナに感謝しつつ帰路に着いた。
デカンショ街道は走りやすい道だ。デカンショ街道とは国道372号線の通称である。京都府と兵庫県の山間部を走るこの道は阪神淡路大震災の直後には、救援物資を運ぶ為の言わば生命線にもなった道だ。その日、僕は田植えが済んだばかりのデカンショの好道を独り西に走った。道は空いていて、山は新緑、空は青い。美味い空気はタダだ。
京都から車で約1時間半、辿り着いたのは丹波の城下町、篠山市だ。旧街道の京都への入り口であった町ををチョット歩いてみた。町の所々に「のじぎく国体」という文字が見えた。どうやら来年の国体は兵庫県で行われるらしく、「のじぎく」とは野路菊で兵庫の県花だ。篠山藩主「青山」の名を取った青山通り商店街は文字通り町のメインストリートである。失礼ではあるが、商店街の規模と充実ぶりには驚いてしまった。丹波の旨い食材は何でも揃いそうだ。
青山通り商店街の外れに、河原町妻入り商家群がある。この日は月曜日であったのだが、商家群には人影が少なく、閉まっている店が多かった。たまに通る車や自転車を除けば自分しかいない、何だか映画のセットの中を歩いているみたいだった。その分人目を気にせず、写真が撮れた。
「妻入り」に代表される商家の多くは間口は5、6mだが、奥行きは40m以上あるのだそうだ。ずらりと並ぶ古い商家は当時の繁栄を思わせる。何だかガイドブックみたいな事を言っているが、道端に真っ白な野路菊が咲く篠山の町は本当に美しかった。しかし、まあ何だノスタルジー漂う丹波の城下町で、中年男一人と言うのは決して絵に成らない。
