自転車: 2005年12月アーカイブ

 朝から小春日和だった。桂川の上空には青空が広がり、自転車道には日が差していた。ここ数日京都にも雪を降らしたマイナス40℃以下というシベリア寒気団の勢いもこの日はひと休みである。太陽に照らされて姿を見せた愛宕山の頂は白く化粧されていた。
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 その陽気に誘われ、5日ぶりに自転車に乗った。跨るのは最近やって来たTREKのMadone5.2、シリーズの中では一番廉価のモノだ。馴らし走行で自分のポジションを探っている最中で、ステムをひっくり返したり、サドル位置を変えてみたり、何やらゴソゴソやっている。フルカーボンの乗り味はアルミのそれと比べればマイルドだと言われているが、どうなのか。まあ気のせいかも知れないが、そんな感じがしないでもない。ポジションを固めてどんどん乗りたいとは思っているが季節は厳しい。真冬に走行距離を伸ばすには強い意志が必要だろうが、それこそが最も手に入れ難いパーツである。

 泉大橋から奈良公園に至る県道の坂道は結構長い。この日集まった中では一番太い僕は(断っておくが体形の事である)相当に息が上がった。同伴者から後れを取りつつも懸命にペダルを踏む。汗だくである。峠に差し掛かると遥か前方に両端にツノが付いた大きな瓦屋根が見えて来た。大仏殿である。ここから奈良公園までは下りだ。
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 若草山の登り口の茶店で休憩となった。赤い敷物が敷かれた長椅子に腰掛ける。今年最後のオフ会に集まったのは、uenoさん、大西さん、ジョーさん、僕の四人である。すっかり紅葉が終わった奈良公園は人影も疎らだ。辺りには冬枯れた雰囲気がただよっていて、それはそれで良い。お茶を飲みながら暫し雑談した。ピレネー山脈ならぬ生駒山系を越えて帰るというuenoさんとは奈良公園で別れた。僕たち3人は来た道、つまり木津川自転車道で京都方面へ帰る事にした。


 帰り道、腹が減って仕方ないので自転車道を外れて、精華町あたりのファミレスで腹ごしらえする事にした。っと携帯電話が鳴った。nasubiさんからだった。我々を追っかけて出て来ていたらしい。よく見るとnasubiさんから着信履歴が何度もあった。ごめんねnasubiさん。


 その後、nasubiさんと合流した一行は井手町の万灯呂山を目指す事になった。僕だけは仕事があるのでみんなと別れて一人帰らなければならなかった。冷たいアゲンストの風が吹き荒れる自転車道での単独走行は辛いモノだった。寒空の下、半泣きでペダルを踏む僕だった。

 二度寝の蒲団は心地良い。禁断の快楽である。自転車に乗ろうと思って、とりあえず朝起きるのだが、窓の外を見ると冬の寒空だったりする。悪魔の蒲団は僕を呼び、その蒟蒻の如き意思では逆らえるハズもなく、呼ばれるがままに蒲団へ戻れば後はムニャムニャである。そんな事だから走行距離は延びない。自転車乗りの風上にも置けないアカンたれである。
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 12月8日木曜日、久々に晴れ間が見えたので、せめて5キロ先の仕事場ぐらいまでは自転車に乗ることにした。つまりジテ通である。乗るのはスギムラのPROGRESSIVEという自転車で、3年前にネットで手に入れたモノだ。ハンドルはフラットバー、足元はシマノWH540ホイールに700×25Cのタイヤがついている。ペダルはスニーカー用だ。コンポはシマノSORAで日帰りのツーリングだって十分にこなせる。FELTのロードバイクを手に入れるまでは、コイツで自転車道や京都市内をウロウロしていた。今年の夏、ステムをやや上向きのモノに変えて体が起きるようにすると格段に乗りやすくなった。ハンドルバーにはベルとライトとサイクルコンピュータを盛り付けている。通勤に街乗りに○×△にコイツの守備範囲は広い。手離せない街乗りスペシャルである。

 灰色の雲間から太陽が覗いてはいるものの弱々しい。午後の自転車道は風が相当強く、人影は少ない。僕は流れ橋を目指して桂川の左岸を南進していた。ロードバイクに乗ってこれほどの強風は経験が無い。しかも横風という難敵だった。ピューと音がするほど強い西風でタイヤが横滑りする。いやはや怖い。ビビッてしまう。たまらず減速した。真直ぐ走るためには右へ車体を傾けなければならなかった。
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 風はやがて向かい風に変わった。ウインドブレーカーの背中が膨らんでヨットの帆ようになる。当然ペダルは重い。上り坂のようだ。ギアは50×19か21あたりを踏んだ。シューズカバーを着けてはいたが、つま先が冷たい。つま先用のカイロか唐辛子が必要だ。後を振り返ると見えるはずの愛宕山の姿は無く、北の空には鉛色の雲が立ち込めていた。

 たとえば100キロなんて距離を自転車で走ると筋肉は痛いし身体はクタクタである。しかしその一方で頭の中は爽快だったりする。40を過ぎた自分でもまだまだやれるじゃないか、という充足感と共に全身を巡る痛みと疲労が懐かしくもある。身体を休めて静かに呼吸をすると、悲鳴を上げている筋肉の痛みでさえも快感に思えるから不思議だ。それは何かストレスや束縛から精神と肉体が開放された瞬間の様にも思える。僕はマゾなのか。まあそれならそれで仕方ない。
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 猥褻か芸術かの論争が裁判にまでなった「チャタレイ夫人の恋人」の作者D.H.ロレンスは近代の理性中心主義を批判した。何かしらの思想やルールに縛られ、肉体や生命を顧みない現代人はダメだと言い、失われた人間の根源的生命力を回復しよう、と訴えた。彼は今から75年も前に亡くなっているけれど、その主張は日々ストレスを喰って生きてる現代人にこそ生きてきそうだ。その崇高な理念を自転車乗りの立場から勝手に解釈させてもらえばこうなる。
 「思い悩むな!何も考えなくて良い!とにかく自転車に乗れ!ペダルを踏め!自転車フォー!」とまあこんな感じで、とうとう師走だ。

チャタレイ夫人の恋人 新潮文庫

2008年7月

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