とりあえず、例のごとく、自転車道を流して嵐山に至る。天気はまずまず。昼ともなれば、渡月橋を吹く風は暖かい。
周山街道を北上した。今週食った焼肉のせいだろうか、身体が重い。余り頑張っても脂肪燃焼には効果が薄いらしいので、程ほどにハアハアした。しかし、まったく遅い。
金曜日である。無性にカレーうどんが食べたかった。そうだ、あの店は「金カレ」をやっているハズだ。行こう、「金カレ」を食べに行こう!そう思って家を飛び出した。

自転車道で川を下って、橋を渡って、小さな峠を越えて、宇治田原にやって来た。犬打川沿いの旧道から見る緑が美しい。
残念なことに、「金カレ」は売り切れだった。どうやら相当な人気らしい。仕方ないので生醤油うどん大を注文した。トッピングは海老天&芋天だ。待ち客が多くて、出来上がりまで15分ほど待たされた。常連客の中には"マイ椀"持参の通もいた。

帰り道は宇治川ラインから宇治、伏見を経て自転車道へ。「金カレ」が食えなかった以上、リベンジしなければならない。今度はもっと早く出よう。72km。
六丁峠をエアロビクス&ダンシングで上って、新緑の保津川渓谷を走った。秘境さながらの景色をオカズにペダルを踏み進む。保津峡、水尾、神明峠、愛宕山麓の上りは長い。
おやじ三人だった。みーこさん、nasubiさん、私、という同い年のメンツである。おやじローディひしめく西日本でも屈指のナイスミドルトリオであるわけだが、揃ったのは久しぶりだ。

嵯峨野から九十九折の急坂を経て、愛宕のうなじをよじ登って、越畑に辿り着いた。田植え間近の棚田には水が張られいて、マギー亭の銀杏は新芽をまとっていた。ここは何時来ても美しい。
神吉集落からジェットコースターで下りて、日吉ダムに至る。ダムサイトでは鯉のぼりが泳いでいた。
同じ道を引き返して市内に戻った。とにかく腹ペコだった。ハンガーノック状態で、常盤のラーメン太郎になだれ込んだ。同店のラーメンを最後に食ったのは青春時代である。二十数年ぶりのラーメンは泣ける程に旨かった。
天気が良いので、自転車に乗った。西山々麓の丹波街道を西へ走って大山崎に至る。高台から望む背割堤はすっかり緑色に変わっていた。

島本側から柳谷を上った。長岡側からと比べると勾配はおとなしいが、そのぶん長い。山頂から奥海印寺までの下り道には、処々に専門店が並んでいる。筍のお店だ。並んでいるのは、今そこで掘ったばかりの"朝掘り筍"である。大きなものぼど値段は高いが、一盛500円から買える。500円だと侮ってはいけない。乙訓の筍は、高級料亭にでも行けば、価値は数十倍になるブランド品だ。

家人から、筍を買って来いとの要望だったので、一盛買った。サドルバックには秘密兵器のナップサックを忍ばせていた。筍を背負って、竹林を下った。私の重たい身体はぐんぐん加速した。ひときわ緑が濃くなった竹林の空気は本当に心地良かった。
パンクと格闘した琵琶一だった。CO2ボンベは便利だけど、一発勝負だから失敗すると旅も終わる。やはりロングライドには心許ない。というわけで、携帯ポンプを仕入れた。カタログスペックでは最大160psi、長さ16cm、65g。ジャージの背中ポケットにしまえる大きさだ。本当に高圧が入るのか、心配になるくらい小さいが、楽天市場のレビューを見る限り、評判は悪くないようだ。65g分は減量したいと思う。
朝7時半、琵琶湖米プラザを出発した。一行は、ビスさん、nasubiさん、私のおやじ三人である。昨夜降り倒した雨は上がっていたが、曇り空で少し肌寒い。湖西路を南へ。

近江大橋を渡って、湖東側を北進。南湖の桜はハラハラと散っている真最中。濡れた路面に桜の花びらが貼り付いていた。

「雨上がりはパンクしやすい」とよく言われるが、それを証明したような日だった。普段は弾くようなガラスや小石でも、タイヤが濡れると通しやすくなるらしい。この日、湖東側で5度のパンクストップに見まわれた。そのうち3回は私である。何かの祟りか。嫁か。
原因はタイヤに残ったガラス片だった。それもスローパンクを起こすような小さなガラス片だった。最初のパンクで見つけられない私がアホだ。それを割り引いても、3人中2人がパンクするという大当たり日だった。

旧賤ヶ岳トンネル付近から見る琵琶湖は灰色の雲に被われていた。4月半ばとは言え湖北の空気はヒンヤリしていた。
海津大崎の桜は満開だった。平日でも人や車が大勢いた。幾つか潜るトンネルの周辺は渋滞していた。
マキノ、今津、新旭 高島と湖西を南下。右脹脛にはちょっと怪しい気配があったが、ツルことなく無事に米プラザに帰還した。ビスさんは、自走で帰られた。ビスさんのタフさには頭が下がる。
遅い上にパンクまでやらかす私は、仲間に助けられて完走することが出来た。プロジェクトBのエピローグは、nasubiさんの勧めで夕暮れの米プラザで食ったコレだった。186km
プロジェクトBという計画がある。オヤジ三人で琵琶湖を周ろうという計画のことである。もちろん自転車である。どうせなら湖北の桜が見頃の4月中旬に走ろうと企てた。仲間と一緒に、琵琶一走って、桜見て、楽しい想像は尽きない。
なにぶん4月は雨の多い時期である。計画を立てても一筋縄では行かないだろうなとは思っていた。案の定、低気圧が巡って来た。週間天気予報に拠ると、60%という降水確率だった。どうするべきかと、この一週間は、週間天気予報をにらみながら一喜一憂の日々だった。

一度は、諦めようとしたが、嘘か本当か、朝には雨は大方上がるという予報が出た。オヤジ三人の執念が天に通じたようだ。というわけで明日が"プロジェクトB"の決行日である。写真は、春を食う一品、菜の花のおひたし。眠れるのか。

photo by nekonoさん
ぼーねん 「これが嵐山か」
ぺたっき 「そう、まさに嵐山」
ぱんたぁに 「桜きれいやね」
ぼーねん 「ほんまやね、さすが日本の桜やね」
ぺたっき 「山にも咲いてるわ」
ぱんたぁに 「その向こうには六丁峠があるはずやで」
ぺたっき 「ガリビエ峠とどっちが険しいやろ」
ぱんたぁに 「うーん、ええ勝負かもな」
ぼーねん 「せやけど人が多過ぎやな」
ぺたっき 「渡月橋なんか自転車進まれへんし、危うく立ちゴケするところやったわ」
ぱんたぁに 「ところでランスはどこいったん」
ぼーねん 「いや、知らんで、トイレかも」
ぺたっき 「俺、腹へってもたわ」
ぱんたぁに 「ぼちぼち昼飯にせえへんか」
ぼーねん 「何食いたい?」
ぺたっき 「とりあえずイタメシはやめとこな」
ぱんたぁに 「それもそやな」
背割堤の桜はもう散り始めていた。枝からは新葉が覗いている。桜は本当にアッちゅう間だ。

山城大橋を渡って、宇治田原へ。禅定寺、猿丸神社に至る旧道を選んだ。満開の桜が集落の川筋を彩っている。景色も道も抜群。ぼちぼち昼時だった。
ほんで宇治田原の名店、田中製麺所へ。食べたのは、釜たま小&ぶっかけ小&海老天。旨い。

上り下りをこなして、桜咲く曽束集落に至る。集落を流れる曽束川は天ケ瀬ダムの支流にあたる。堤の桜もええ感じ。有名行楽地の桜より、こうゆう桜の方が好きだ。どう見ても素敵だ。山里の桜が目に沁みた。
満員のお花見列車から吐き出された人並みは延々と続いていた。。兎に角すごい人だった。渡月橋はたわんでいた。自転車はとてもじゃないが漕げない。余りの人にメンバーから笑いが洩れた。ったく嵐山という行楽地は、秋も秋なら春も春だ。ここまで来るともうストレスチックですらある。桜は美しいのか。
朝。御幸橋の背割堤に集まったのは、僕を含めて5人。なんと東京支部長の姿もあった。みんな燻し銀の男前自転車乗りだ。午前9時の背割堤はもうすでに結構な人出で、ビールやら、食材やら、荷物を手にした人々が橋を行き交っていた。知り合いである鶴橋の女黒魔術師による"晴れ乞い"が効いたのか、天気は抜群だった。

御幸橋から西山連邦に沿うように大山崎、長岡、洛西と走った。目指すは嵐山だ。混み合う自転車道を避けた格好だ。麓の至る所で桜が綺麗だった。山崎聖天の展望台からは背割堤の桜色の帯が見えた。
昼食後、広沢池、北山通りを経て賀茂川へ至る。ここも桜は満開。暖かい河川敷は人で溢れていた。しばらく散策して、仕事の為に離脱。最後までご一緒してもらった、hiro巡業部長とnekono東京支部長に別れを告げた。何や缶やと方々の桜を観て、楽しい時間を過ごした。自転車仲間に感謝。
花冷えと言うのか、ここ数日の京都は、雨が降ったり風が吹いたりで寒かった。週の真ん中のその日、晴れ間が見えたので、自転車に乗った。
西山連邦の麓、段々畑の上では、地元のおっちゃん達が、ブルーシートを広げてまさに宴の準備の真最中だった。丘の上の桜は四五分咲くらいだろうか。有名行楽地と違って、ここなら貸切だ。竹林を背にした桜は美しい。
長岡天神の八条ヶ池では、畔の桜の下を人々が散策していた。ここも五六分咲き。洛西の桜はこれからが本番である。筍もこれからが美味しい。
今夜、我らが阪神タイガースは開幕5連勝をやってのけた一方、哀れな巨人は開幕5連敗となった。明暗くっきり分かれた春だ。