とりあえず、例のごとく、自転車道を流して嵐山に至る。天気はまずまず。昼ともなれば、渡月橋を吹く風は暖かい。
周山街道を北上した。今週食った焼肉のせいだろうか、身体が重い。余り頑張っても脂肪燃焼には効果が薄いらしいので、程ほどにハアハアした。しかし、まったく遅い。
近鉄特急に乗って奈良へ行った。天気は上々。電車は、京都府南部と奈良県を縦断して進んだ。
橿原神宮前で乗り換えた後、電車は更に奈良県南部の山間部を分け入って進む。「世界の車窓から」よろしく、窓から眺める吉野川はなかなか美しかった。終点は吉野駅。そこがまさに目的地である。
残念ながら自転車の出番はない。この日はなんと家人と一緒にハイキングである。桜もほぼ終わりの吉野山だが、上千本、奥千本まで登れば、桜が見れるという。つまりが山歩きである。

中千本までバスに乗った。そこから先の上千本行きのバスは、長蛇の列だったので、歩いて登ることにした。上千本までは約3キロの登りである。

上千本に位置する水分神社(みくまりじんじゃ)では枝垂れ桜が迎えてくれた。その古木の周りを社殿の回廊が囲んでいる。枝垂れの神木は見事な花を着けていた。

そこそこきつい勾配を登って金峯神社(きんぷじんじゃ)に辿り着いた。我々の登山はここまで。よく頑張った。
道はずっとどこまでも続いている。大峯奥駈道と呼ばれる道は、近畿の屋根、紀伊山地を越えて熊野本宮まで170km続いているらしい。案内板を読めば読むほど恐ろしい道だ。どうやらロードバイクでは無理らしかった。
プロジェクトBという計画がある。オヤジ三人で琵琶湖を周ろうという計画のことである。もちろん自転車である。どうせなら湖北の桜が見頃の4月中旬に走ろうと企てた。仲間と一緒に、琵琶一走って、桜見て、楽しい想像は尽きない。
なにぶん4月は雨の多い時期である。計画を立てても一筋縄では行かないだろうなとは思っていた。案の定、低気圧が巡って来た。週間天気予報に拠ると、60%という降水確率だった。どうするべきかと、この一週間は、週間天気予報をにらみながら一喜一憂の日々だった。

一度は、諦めようとしたが、嘘か本当か、朝には雨は大方上がるという予報が出た。オヤジ三人の執念が天に通じたようだ。というわけで明日が"プロジェクトB"の決行日である。写真は、春を食う一品、菜の花のおひたし。眠れるのか。
背割堤の桜はもう散り始めていた。枝からは新葉が覗いている。桜は本当にアッちゅう間だ。

山城大橋を渡って、宇治田原へ。禅定寺、猿丸神社に至る旧道を選んだ。満開の桜が集落の川筋を彩っている。景色も道も抜群。ぼちぼち昼時だった。
ほんで宇治田原の名店、田中製麺所へ。食べたのは、釜たま小&ぶっかけ小&海老天。旨い。

上り下りをこなして、桜咲く曽束集落に至る。集落を流れる曽束川は天ケ瀬ダムの支流にあたる。堤の桜もええ感じ。有名行楽地の桜より、こうゆう桜の方が好きだ。どう見ても素敵だ。山里の桜が目に沁みた。
満員のお花見列車から吐き出された人並みは延々と続いていた。。兎に角すごい人だった。渡月橋はたわんでいた。自転車はとてもじゃないが漕げない。余りの人にメンバーから笑いが洩れた。ったく嵐山という行楽地は、秋も秋なら春も春だ。ここまで来るともうストレスチックですらある。桜は美しいのか。
朝。御幸橋の背割堤に集まったのは、僕を含めて5人。なんと東京支部長の姿もあった。みんな燻し銀の男前自転車乗りだ。午前9時の背割堤はもうすでに結構な人出で、ビールやら、食材やら、荷物を手にした人々が橋を行き交っていた。知り合いである鶴橋の女黒魔術師による"晴れ乞い"が効いたのか、天気は抜群だった。

御幸橋から西山連邦に沿うように大山崎、長岡、洛西と走った。目指すは嵐山だ。混み合う自転車道を避けた格好だ。麓の至る所で桜が綺麗だった。山崎聖天の展望台からは背割堤の桜色の帯が見えた。
昼食後、広沢池、北山通りを経て賀茂川へ至る。ここも桜は満開。暖かい河川敷は人で溢れていた。しばらく散策して、仕事の為に離脱。最後までご一緒してもらった、hiro巡業部長とnekono東京支部長に別れを告げた。何や缶やと方々の桜を観て、楽しい時間を過ごした。自転車仲間に感謝。
花冷えと言うのか、ここ数日の京都は、雨が降ったり風が吹いたりで寒かった。週の真ん中のその日、晴れ間が見えたので、自転車に乗った。
西山連邦の麓、段々畑の上では、地元のおっちゃん達が、ブルーシートを広げてまさに宴の準備の真最中だった。丘の上の桜は四五分咲くらいだろうか。有名行楽地と違って、ここなら貸切だ。竹林を背にした桜は美しい。
長岡天神の八条ヶ池では、畔の桜の下を人々が散策していた。ここも五六分咲き。洛西の桜はこれからが本番である。筍もこれからが美味しい。
今夜、我らが阪神タイガースは開幕5連勝をやってのけた一方、哀れな巨人は開幕5連敗となった。明暗くっきり分かれた春だ。