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吉野山

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 近鉄特急に乗って奈良へ行った。天気は上々。電車は、京都府南部と奈良県を縦断して進んだ。

 橿原神宮前で乗り換えた後、電車は更に奈良県南部の山間部を分け入って進む。「世界の車窓から」よろしく、窓から眺める吉野川はなかなか美しかった。終点は吉野駅。そこがまさに目的地である。

 残念ながら自転車の出番はない。この日はなんと家人と一緒にハイキングである。桜もほぼ終わりの吉野山だが、上千本、奥千本まで登れば、桜が見れるという。つまりが山歩きである。

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 中千本までバスに乗った。そこから先の上千本行きのバスは、長蛇の列だったので、歩いて登ることにした。上千本までは約3キロの登りである。

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 上千本に位置する水分神社(みくまりじんじゃ)では枝垂れ桜が迎えてくれた。その古木の周りを社殿の回廊が囲んでいる。枝垂れの神木は見事な花を着けていた。

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 そこそこきつい勾配を登って金峯神社(きんぷじんじゃ)に辿り着いた。我々の登山はここまで。よく頑張った。

 道はずっとどこまでも続いている。大峯奥駈道と呼ばれる道は、近畿の屋根、紀伊山地を越えて熊野本宮まで170km続いているらしい。案内板を読めば読むほど恐ろしい道だ。どうやらロードバイクでは無理らしかった。

 お土産に柿の葉寿司を買った。電車を待つ間、私はコレを食べた。家人はこの日、ひとつ年をとった。

 布目ダムから月ヶ瀬渓谷に至る広域農道は豪快に下っている。道は遥か向こうを見下ろす直線である。まず車は来ないし、その先は少し上るという"保険"まで付いている。そんなお膳立と、それまでの上りの鬱憤と、春の陽気と、多少の自暴自棄とで、トップギア(50×11)を回した。一瞬だがPOLARのメーターで68という数字を見た。しかし、何かあったら大変だから、こうゆうのは程々にしようと思う。

 話を朝に戻す。奈良公園まで車で来た私とnasubiさんは、県庁前駐車場でビスさんと落ち合った。そこから布目ダムを目指した。県道80号を西へ行くルートは、TOJの奈良ステージをなぞる道だ。途中に立ちはだかるのは水間峠(みまとうげ)である。10年前に水間トンネルが完成しているが、標高は560mで、峠と変わらない。蝸牛のように遅い私は、その峠道を二人の同伴者にいっぱい迷惑を掛けながら上った。

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 名張川方面に下って行くと桃香野という場所に出た。そこは高山ダムの上流域で、川の両岸には月ヶ瀬梅林が広がっている。一万本が咲くという梅林は、五六部咲き位だろうか。梅渓を見下ろす右岸には、売店が並ぶ。平日だけど、けっこう観光客がいた。

 昼飯の場所はロマントピア月ヶ瀬である。囲炉裏の前で食ったのは、うどん&焼きおにぎり。月ヶ瀬渓谷をぐるりと回ると、もう帰る時間だった。帰路は柳生街道で奈良公園まで。春の好日に奈良の山と美しい渓谷を走ることが出来た。家族と自転車仲間に感謝。月ヶ瀬の梅干は美味いぞ。

 二度寝した。「春眠暁を覚えず」で、起きたのはもう11時前だった。ごそごそと身支度を整えて、曇天のややこしい天気の下、自転車道に飛び出した。

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 小癪な春雨に濡れたが、奈良公園に到着する頃には止んでいた。東大寺のぐるりをウロウロ。辺りは薄っすらと靄が架かって春っぽかった。

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 かわいい小鹿に目配せしながら、春日山を登って東大寺二月堂に至る。「お水取り」の時期である。舞台の下では松明の準備がなされていた。この日、春を呼ぶ炎の演目は午後7時からおよそ20分間の予定だという。観たいがそうも行かない。帰らないと日が暮れる時間だった。

 それはもう見事な曇り空だった。首筋に纏わり付くような湿気が鬱陶しいものの、ぶ厚い雲に隠れた太陽が顔を出す事はまず無くて、お陰で暑さはマシだった。桂川、木津川と河川敷を南へ進んだ。独り善がりな中年男が駆るのは、クルクルとペダルを廻せば、何かと難しい日常も、どうにかこうにか廻ったように感じられるという乗り物、自転車である。

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 奈良。春日山の懐、飛火野あたりでは鹿群が夏草を食んでいた。まだ背中に斑が残る若い鹿が多い。真昼間だと言うのに、相変らずの薄暗い梅雨空と、飛火野の草原が創る風景は少しばかり郷愁的か。

 腹が減ったので、白川というタコ焼き屋で一舟食べた。それから県道を西へ向いた。あちらこちらに池が多い平城京をほぼ横断して、辿り着いたのは世界遺産、薬師寺である。

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 折角なので中に入れてもらった。500円也。自転車置き場があったけど、事務所で預かってもらった。だだっ広い敷地に伽藍配置、東西に塔を置いて、真中奥に金堂がある。西塔が色鮮やかなのに対して、東塔はモノトーンで地味だ。東塔は国宝だそうだ。金堂にはホストがいる。薬師如来だ。パンチパーマも座り方もあの方ゆずりか。脇を固めるのは日光菩薩と月光菩薩だ。因みに三体には「薬師三尊」というトリオ名があって、御三方とも国宝である。僕の趣味は月光さんだろうか。話が脱線しそうなので今日はここまで。行って帰って102km。

 愛車にはコンパクトクランクを着けている。そのうちスプロケットは11-23を着けてやろうと思っていた。幸か不幸か新しいホイールが手に入ったので、ソレに11-23を載せた。ちょっとした峠を越えるのに24や25歯を使ってヘロヘロになるくせに、そもそもが身の程知らずである。
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 というわけで、試験走行である。自転車道を南へ向いた。御幸橋を渡って、流れ橋も遣り過ごし、どんどん南へ。山城大橋付近のコンビニで補給したとき、たぶん僕より年配であろうローディに出会った。カッコいい青いバイクはピナレロだった。挨拶を交わして、おにぎりとプリンを食べて再出発。


 しばらく走ると自転車道の終点である泉大橋に辿り着いた。目の前を通るのは国道24号だ。前日に食べたニラレバ炒めが効いたのか、転がりが良かったのか、まだ先へ行く気になっていた。


 さらに国道24号を南進。国道の別れで県道を選べば、奈良公園までほぼ一本道だ。しかし坂道である。無理してアウターで頑張って進む。小高い山を越えると大仏殿の屋根が見えきた。
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 暫らくぶりの奈良公園は平日にも係わらず結構人がいた。季節がら修学旅行の団体が目立つ。周辺をウロウロして、休憩して、帰路についた。帰りはずっとアゲンスト。覚悟はしていたけれど・・。オヤジ的には頑張った116キロ。

 布目ダムに着いた頃にはもうレースは終わっていた。表彰式が行なわれていたらしいダムサイトの会場は片付け作業に入っていた。TOJの奈良ステージをチョットでも見ようと、車を運転して山を越えて柳生の里を抜けやって来たのだが・・残念。そりゃ睡魔に勝てなかった自分が悪いのだ。それにしても家を出たのがもう昼だというのは頂けない。本当にレースを見る気があったのか怪しい話である。ただ言い訳がましい話をすると、木津川沿いの国道の大渋滞はマイッタ。


 何もせず、このまま帰るのもナンなので、少し走ってみる事にした。いや、元々走るつもりでいた。例によって荷台から自転車を下ろしてサドルと前輪を付けたら出発だ。天気はチト曇りがち。


 一周約10キロというレースコースを半周して県道に出た。柳生の街道でチームジャージを身にまとった三人組とすれ違う。速いスピードで隊列が乱れない。レースに出ていた選手だろうか。僕には判らなかった。
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 その後、県道80号と国道25号を東進して五月橋から月ヶ瀬に入った。月ヶ瀬とは名張川の中流域の呼び名だ。その名張川に架かる五月橋は奈良県と三重県の県境になっている。一帯は月ヶ瀬梅渓と呼ばれる梅の名所で春先には一万本のが咲く。


 学校帰りの小学生はローディー姿の僕を見ると「頑張ってくださーい!」と声援してくれた。しかも同じ声援が矢継ぎ早に飛んで来た。どうやら選手と間違われたようだ。地域や学校では「選手を見たら応援しなさい」と教えているのだろうか。「違うんだよ」と説明している暇もないので、アゴの下で空手チョップを作って「アイーン!」と返すとウケたようだった。そんなこんなで下流の高山ダムを冷やかして、飴と鞭のようなアップダウンを繰り返して布目ダムに戻った。いやはや、正直しんどい。でも面白いのでまた来たい。柳生、山添、月ヶ瀬あたりをウロウロ、68km。

 泉大橋から奈良公園に至る県道の坂道は結構長い。この日集まった中では一番太い僕は(断っておくが体形の事である)相当に息が上がった。同伴者から後れを取りつつも懸命にペダルを踏む。汗だくである。峠に差し掛かると遥か前方に両端にツノが付いた大きな瓦屋根が見えて来た。大仏殿である。ここから奈良公園までは下りだ。
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 若草山の登り口の茶店で休憩となった。赤い敷物が敷かれた長椅子に腰掛ける。今年最後のオフ会に集まったのは、uenoさん、大西さん、ジョーさん、僕の四人である。すっかり紅葉が終わった奈良公園は人影も疎らだ。辺りには冬枯れた雰囲気がただよっていて、それはそれで良い。お茶を飲みながら暫し雑談した。ピレネー山脈ならぬ生駒山系を越えて帰るというuenoさんとは奈良公園で別れた。僕たち3人は来た道、つまり木津川自転車道で京都方面へ帰る事にした。


 帰り道、腹が減って仕方ないので自転車道を外れて、精華町あたりのファミレスで腹ごしらえする事にした。っと携帯電話が鳴った。nasubiさんからだった。我々を追っかけて出て来ていたらしい。よく見るとnasubiさんから着信履歴が何度もあった。ごめんねnasubiさん。


 その後、nasubiさんと合流した一行は井手町の万灯呂山を目指す事になった。僕だけは仕事があるのでみんなと別れて一人帰らなければならなかった。冷たいアゲンストの風が吹き荒れる自転車道での単独走行は辛いモノだった。寒空の下、半泣きでペダルを踏む僕だった。

 「赤いきつねと緑のたぬき」はマルちゃんの大ヒット商品である。金八先生こと武田鉄矢の長年に渡るCMキャラでお馴染みだ。なんでも武田鉄矢がCMキャラを勤めて25年になるのだそうだ。同じ商品のCMを一人のタレントがそれだけ長く勤めた例は他に無いらしい。凄い事なのだろう。その赤と緑と言えば、ちょうど今の季節のコントラストである。どちらかと言うと京都の山は杉や松のように一年中色を変えない樹木が多い。北山辺りは特にそうで、その緑に混じってモミジの赤が映えている。


 場所は飛んで奈良である。その日僕は精華町にある花空間けいはんな(京都フラワーセンター)に車でやって来た。同施設に余り関心が無い僕は、家族を降ろしたあと、一人奈良まで足を延ばした。車の荷室には自転車が載せてある。午後からは仕事もあるのでゆっくりしているヒマは無いが、とりあえず時間の許す限り奈良公園周辺をウロウロしようという腹心算である。天気は上々だ。
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 東大寺を皮切りに公園周辺をゆっくりと走る。日曜日の大仏殿の参道は人がゾロゾロ、鹿もチョロチョロ、スピードは出せない。大仏殿の裏にある池を通りかかった時、その色に目を惹かれた。モミジの赤と銀杏の黄色だ。赤と黄のコントラストが目に眩しい。辺りには多くのカメラマンや絵を描く人がいた。


 京都の平安京と同じく碁盤の目に整備された奈良の平城京は方角の見当が付き易い。交通量が少ない分京都よりは自転車向きか。自転車道も幾つかある。古さで言えば平安京の上を行く奈良の都である。それこそ寺社仏閣、古刹には事欠かない。
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 平城宮跡辺りで県道から外れて旧道や路地を行く。路地に入れば碁盤の目とは行かないが、それがまた面白い。入組んだ細い道を抜けると池が現れた。そしてまた路地を行く。するとまた池が現れる。奈良は池の宝庫だ。池の真ん中には小さな築山があったりする。見た目にはタダの山稜だが、多くは前方後円墳である。日が暮れるまで徘徊していたいが、そうも行かない。ぼちぼち帰る時間だ。これまで。

2008年5月

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