この季節に走ろうと思っていたのは、和束から童仙房の新茶街道である。できる事なら梅雨になる前に走りたかったが、いつの間にやら梅雨だった。そう言えばサイスポの5月号の別冊ふろくにも、和束から童仙房のコースが紹介されていた。
先日食ったホルモンが効いたのか、走る気になったので、雨に降られるのは覚悟の上で家を出た。相かわらず懲りない鈍足オヤジのイデタチは、マリアローザにルディーのグラスだ。勘違いと思い込みが動力源である。
朝7時半、琵琶湖米プラザを出発した。一行は、ビスさん、nasubiさん、私のおやじ三人である。昨夜降り倒した雨は上がっていたが、曇り空で少し肌寒い。湖西路を南へ。

近江大橋を渡って、湖東側を北進。南湖の桜はハラハラと散っている真最中。濡れた路面に桜の花びらが貼り付いていた。

「雨上がりはパンクしやすい」とよく言われるが、それを証明したような日だった。普段は弾くようなガラスや小石でも、タイヤが濡れると通しやすくなるらしい。この日、湖東側で5度のパンクストップに見まわれた。そのうち3回は私である。何かの祟りか。嫁か。
原因はタイヤに残ったガラス片だった。それもスローパンクを起こすような小さなガラス片だった。最初のパンクで見つけられない私がアホだ。それを割り引いても、3人中2人がパンクするという大当たり日だった。

旧賤ヶ岳トンネル付近から見る琵琶湖は灰色の雲に被われていた。4月半ばとは言え湖北の空気はヒンヤリしていた。
海津大崎の桜は満開だった。平日でも人や車が大勢いた。幾つか潜るトンネルの周辺は渋滞していた。
マキノ、今津、新旭 高島と湖西を南下。右脹脛にはちょっと怪しい気配があったが、ツルことなく無事に米プラザに帰還した。ビスさんは、自走で帰られた。ビスさんのタフさには頭が下がる。
遅い上にパンクまでやらかす私は、仲間に助けられて完走することが出来た。プロジェクトBのエピローグは、nasubiさんの勧めで夕暮れの米プラザで食ったコレだった。186km
背割堤の桜はもう散り始めていた。枝からは新葉が覗いている。桜は本当にアッちゅう間だ。

山城大橋を渡って、宇治田原へ。禅定寺、猿丸神社に至る旧道を選んだ。満開の桜が集落の川筋を彩っている。景色も道も抜群。ぼちぼち昼時だった。
ほんで宇治田原の名店、田中製麺所へ。食べたのは、釜たま小&ぶっかけ小&海老天。旨い。

上り下りをこなして、桜咲く曽束集落に至る。集落を流れる曽束川は天ケ瀬ダムの支流にあたる。堤の桜もええ感じ。有名行楽地の桜より、こうゆう桜の方が好きだ。どう見ても素敵だ。山里の桜が目に沁みた。
陽が蓬莱山の山影に隠れる頃、琵琶湖大橋米プラザに帰り着いた。予想通りだが、後半は本当にヘロヘロだった。自分の走力からすると、南湖の分は欲張り過ぎだったかも知れない。なんとか無事に完走できたのは、同伴者であるビスさんのお陰である。
朝7時半、大橋米プラザを出発した。先ずは、近江大橋を目指して南進する。反時計周りの選択である。天気はと言うと、それはそれは爽やかな青空で、風も穏やかだった。一日中こんな感じなら良いな、などと甘い事を考えていたが、そうは"イカのキン△マ"なのが琵琶湖である。
近江大橋を渡って北進。暫らく行くと、ビスさんの知り合いのそんしさん登場。スピードアップする二人を、僕は千切られながら追走した。そんしさんとは琵琶湖大橋でお別れした。
風は比較的穏やかだった。長命寺までは。近江八幡あたりから、やはりおいでなすった。彦根から長浜にかけては、横風、アゲンスト風がもの凄い事になってきた。ペダルのオカズは北湖の白波である。
木之本あたりから脚はどうも怪しい雰囲気だった。右ヒザの裏がヒクヒクしている。痙攣である。おいおいまだ半分あるぞ。休憩を入れてもらって、旧賤ヶ岳トンネルと岩熊トンネルを越えた。
塩津のコンビニで食った弁当が効いたのが、脚は少し回復した、ように思えた。しかし今津から先は、右ヒザに力が入らなくなってしまった。ポンコツの右脚である。情けない。でも幸い左脚は使えた。片脚があればペダリングは何とかなるものだ。ビスさんの背中を見ながら夕暮れの湖西を走った。辛く楽しい一日だった。185km 23.9km/h
暑かった8月が終わった。殺人的な猛暑に伴って水の事故も連日伝えられた。毎夏、人の群が水場に繰り出せば、必ず犠牲者が出る。先日、娘の同級生のお父さんが海で亡くなった。大阪湾へ釣りに行っての事故だった。身近で同年代の方が亡くなると、さすがの脳天気男も考えさせられる。何人たりともその日を無事に生きられる保証はないわけで、生きている以上、死のリスクは常にある。
ロードバイクで長距離を走る趣味というのは、それ相応のリスクがある。まったく自転車に乗らない人に比べたら何倍も危険だろう。自転車が走るべき場所がはっきりしないこの国で、自転車乗りを危うくしているのは、やはり車だ。国道を走る大型車はもちろんだが、小型乗用車だって自転車の相手としては十分に脅威だ。速く走るスキル以上に安全に走るスキルを磨きたい。家族がいる者としては当然だ。娘の同級生のお父さんの冥福を祈る。写真は、ボチボチ秋っぽい風が吹いても良さそうな8月下旬の琵琶湖真の浜あたり。
21ステージに及ぶ熱い男達の戦いが終わった。ミラノのベネツィア通りはマリアローザ色に染まっていた。ディルさんもペタさんも格好良かった。しかし一方で、スターを支えた大勢の男達がいる。グランツールの勝者は男達の徹底した自己犠牲の上にあって、脚光を浴びない者こそ物凄い仕事をしている。猛烈なアタックを掛けた末に集団に呑み込まれた者、集団を引っ張り倒してゴール前で散っていった者、みんな男前だし、超人だ。
そんな男気溢れる戦いの余韻が残る翌日、空は快晴だった。おまけに仕事も休みだった。行きそびれた琵琶湖へ行くか?しかしもう午前9時だ。どうすんのよ俺! トイレに座って出たのは、今行かないときっと秋まで行けなくなる、という結論と○×△だった。そんでもって自転車を車に積んで家を出た。
琵琶湖大橋の米プラザに到着したのはもう10時半だった。北湖だけならなんとかなるという目論見で自転車を漕ぎ出した。終盤はヘタるだろうから路肩が安全な時計周りを選択した。ボケていてデジカメを忘れたので、以下は携帯の画像と能書き。
海津あたりまでのAveは27km/h、僕にしては良いペースだった。
片山トンネルを潜ると現れる湖北の風景は美しい。
長浜あたりから徐々にペースが落ちた。彦根のコンビニで補給するが、ペースは上がらず。サドルが硬いせいか、尻が痛い。
近江八幡から琵琶湖大橋まではもう惰性でだらだら。Aveは急激に落ちた。補給したモノは、どら焼き、プリン、おにぎり、ウィダーインゼリー、ソイジョイ3本、ペットボトル8本。
Dist147km Ave24.7km/h
昭和に育った僕達が"天皇誕生日"と呼んでいた4月29日は、今は"昭和の日"と言うらしい。その昭和の日は素晴らしい天気に恵まれた。立命館大学のBKCでは、2007年春Ritsクリテリウムが開催される日だ。珍しく朝からごそごそと支度をして、自分と息子の自転車を車に積んで、家を出た。
到着すると間もなく、カテゴリ1がスタートした。国内のトップクラスの選手の走りは物凄い迫力だった。集団がやって来ると、シャーっというホイール音がアスファルトに響き渡っていた。
僕は市民トライアルに出場した。そこそこ気合を入れて2周した。感想は、暑い、しんどい、でも爽快。息子は小学5・6年のカテゴリに出た。小学生の部も高学年になるとほとんどがロードバイクに乗っている。みんな一端のローディだ。息子の自転車は街乗り用でチト重たい。でも一生懸命走る姿を見て安心した。秋も出たい、と言っていた。次は何とかロードバイクを用意してやりたい。
トップレベルの有名選手が走る一方で、親子連れでも楽しめる。Ritsクリテはそこが良い。構内に救急車が入って来たのを見ると、やはり洛車でケガ人が出たのか。秋にはカテゴリ5あたりにと思ってはいるが、痛いのはイヤだ。写真は、カテゴリ1で活躍したマルコポーロ・ジャパンのTREK Madoneと学生選手権決勝を応援する立命館のチアリーダー。
土曜日に行なわれた運動会の振替で、翌々日の月曜日は子供たちの学校は休みだった。それじゃと、家族でドライブに出かけた。行き先は琵琶湖。一週間前、自転車で越えた途中峠をこの日は車で越えた。琵琶湖大橋を渡って湖東を北へ進んだ。やって来たのは近江八幡の水郷。琵琶湖東岸から西の湖に掛けての湿地帯は葦(ヨシ)の群生地で、その葦群を縫って水路が発達している。というわけで、船に乗った。
葦の壁の間を船は進んだ。青々とした葦が大人の背丈以上に伸びている。かいつむりの親子も姿を見せた。昔は葦瓦や葦簾(よしず)でそれなりに産業になっていたそうだが最近はさっぱりだ、と船頭さんがボヤいていた。爽やかな初夏の風を切って、幾つも橋を潜って、およそ1時間のクルージング。子供たちも喜んでいた。琵琶湖の大自然を肌で感じられる水郷めぐりはムフフ・・だった。命の洗濯の費用は、大人2100円、子供1050円。
海津大崎の桜は、コンビニ弁当を湖国一美味しいランチに変えてくれた。燃料は満タンだ。満開の桜トンネルの下、渋滞の行列をすり抜けて先へ進む。元々道幅はそう広くないから大変だ。海津大崎は琵琶湖の北端に丸く突き出た岩場で、道路を通すためにトンネルが四つも掘られている。自転車でも走ってしまえばあっという間だ。トンネルを過ぎると車はだいぶん空いてきた。
海津大崎を過ぎても桜並木はずっと続いている。海津から奥琵琶湖に至るまでの入組んだワンドを彩るのはもちろん桜だ。盆と正月が一緒に来たような海津大崎よりも、静かな分こちらの方が好印象である。続く桜並木と澄んだ水面を見ながらゆっくりとペダルを踏んだ。ワンドをぐるりと走れば、さっき通った桜並木がピンクの帯になって見えている。頭の中はいたって脳天気、もう鼻歌だって出てきそうだ。ところがドッコイ、後に僕は愕然とした。
単独走行というのは確かに気楽ではあるが、間違っても正してくれる人がいないのは問題だ。琵琶湖の果てで自分のアホさ加減を改めて認識した。場所は奥琵琶湖パークウェイの入り口である。横に見える側道は集落の奥で行き止まりだと言うではないか。予定では琵琶湖パークウェイを避けて通りつもりだったのに。長浜方面に抜けるには、この琵琶湖パークウェイを登るか、それが嫌なら別れ道まで10キロ近く戻らなければならない。さすがの僕もこの時ばかりは焦った。ただでさえパンクやら何やらで時間はおしている。登るのか、戻るのか、どうするのか。そうだ、もう一つ選択肢があった。湖に身を投げて旅を終えよう。名案だ。そうも思ったが、家で待つ二人の子供の事を考えて、思い留まった。結局、戻る事にした。こんなことで日が暮れるまでに琵琶湖大橋に戻れるのか。
琵琶湖の東岸に抜けるためトンネルを三つ潜った。最後の賤ヶ岳トンネルは怖いの何のって、数十トンもあるトラックが轟音と伴に襲って来る。たまらず僕は狭い側道を押して歩いた。本当は長浜や彦根をウロつきたいところだったが、時間の関係でそうも行かない。遅いくせに腹だけは一丁前に減る。国道8号のスーパーに寄り、唐揚げ、ウインナー、おにぎり等で補給する。徐々に傾く太陽を睨みながら長浜、彦根、近江八幡とペダルを踏んだ。ゴールの地、琵琶湖大橋の登りはヘロヘロ、時刻は午後6時前だった。パンク1回、進路間違い1回、立ちゴケ1回。でも頑張った。
走行距離164km、走行時間6時間45分、平均速度24.2km/h