つれづれの最近のブログ記事

arashiyama 054.jpg11月下旬、土曜日。臨時列車から駅に降り立つと、乾いた晩秋の風が頬をなでた。インチキ風水師を連れて散策に訪れたのは紅葉のクライマックスが近づく嵐山である。京都の自転車乗りは自転車道の起点として認識する嵐山だが、紅葉シーズンともなれば、まずもって観光客の一番のターゲットとなる。

人波に押されて改札を抜けると駅前の広場には大勢の人がいた。見るに聞くに、国籍はいろいろである。日本人をはじめ、韓国人、中国人、中央アジア風の佇まいはイラン人かパキスタン人だろうか、欧米人もいる。ちょっとした人種のルツボである。原発事故以降、相当に減ったらしい外国人客も今は戻りつつあるように見える。
kakibatake047.jpgって季節はもう晩秋である。稲が刈り取られた田圃の向こうでは、焼かれた籾殻が季節のノロシを上げている。鼻先に届いた煙の匂いは、苦がくて目にしみるが、どこか懐かしい。

急峻な西山を切り開いて「にそと」の工事が進む大原野だが、高速道路の橋脚は日に日に増殖している。その真下で今年も柿が実りの季節を迎えている。
110907pota 011.jpg風一過の翌日の事。朝から晴天だった。大陸側から張り出した高気圧は残暑の湿気を吹き飛ばす爽やかな気候をくれた。初秋の自転車日和である。サドルに呼ばれるままに、自転車を駆って家を出た。

雲ひとつ見あたらない青空だった。西山の麓では稲穂が実りの頭を垂れている。西国街道で大山崎へ。毎度の柳谷を上って、腹筋と肺にカツを入れた、と言えば格好は良いが、必死のパッチでヘロヘロだった。

110626arasiyama3.jpg気は梅雨曇りでパッとしない。テレビは北関東の猛暑と熱中症患者の数を伝えていたが、京都も負けてはいない。なにせ蒸し暑い。だらけた身体をシャンとしようと家を出た。黒いレーパンで跨るのは、電気もガソリンもいらない、その気になれば発電だってできるという自転車である。

自転車道を北上して嵐山にやって来た。渡月橋辺りには少し心地良い風が吹いていた。桂川が冷気を運んでくるのだ。京都盆地にあって西のドン詰まりの嵐山であるが、渡月橋の上流には天然エアコンの吹き出し口がある。そのエアコンの動力源は保津川渓谷だ。電気もいらない。もちろん節電も関係ない。
ロメテウスはあわれな人間に"火"を与えてはどうかと考え、全能の神ゼウスに進言した。しかし、人間の愚かさを知るゼウスはこう言って一蹴した。
  「彼らは無知である。無知というのは事の善悪が判断できないということだ。」
しかし、プロメテウスはゼウスの意にそむき人間に火を与えてしまう。かくして人間は火を使い、自然を征服し、やがて戦争へと向かう。

冒頭はギリシャ神話の一節で、火とは文明そのものを指す。地球が歩んだ途方も無く長い時間から見れば、せいぜい一週間前に現れた人間は、枯れ枝に火を点けた日からあっという間に駆け抜けて来た。知識の集積を半導体に移し込み、ビットの荒野に未来は担保されたか。今となっては、ウラン燃料の臨界を見た時が凋落の始まりだったと言えなくもない。原子力という「神の火」に手を出した報いが、あろう事か、二度の原爆を経験したこの日本に向けられている。発生から3ヶ月以上、未だ収束の糸口さえ見えない福島の原発事故について、またまた無責任な大風呂敷を広げつつ雑感を述べる。
nisoto 041.jpgる五月の風が新緑を揺らす大原野。梅雨がやって来るまでの今しばらくは、山歩きにも、自転車にも、絶好のシーズンだ。小塩山の麓、灰方集落の田植えも一段落して、水を湛えた棚田は美しい姿を見せている。

その大原野では今、大規模な道路工事が進んでいる。京都第二外環状道路、通称「にそと」である。北へ向かう京都縦貫道・大枝と南へ延びる名神高速・大山崎を結ぼうというものだ。
fufupota 063.jpgが咲いた。やはり今年も桜は美しい。桜が咲く時期というのは特別な意識があるが、今年はいつにも増して忘れられないな春になった。日々ニュースが伝える東北の人々の苦悩や混乱を知れば、関西の平穏無事が申し訳なくも思えてしまう。にもかかわらず青空に映える桜は美しい。
16年前の阪神淡路大震災で妻の祖父母は被災した。祖母はなんとか助かったが、祖父は帰らぬ人となった。祖父母が住んでいた長田区を含め、神戸は壊滅状態で、そこから復興への辛く長い道のりは周知の通りである。多くの被災遺族がそうであるように、先の大震災は私達家族の胸にもひと片ならぬ刻印を残している。そして2011年の春、東日本を襲ったのはかつて無いほどの大災害である。雑感を記したい。
101231 105.jpgぐ子供に起こされて窓の外を見ると見事な雪景色だった。近所の屋根も竹林も雪化粧、真っ白である。大晦日という特別な日に、雪というプレミアが付いて娘はご満悦である。

大晦日の京都は雪に覆われた。暗い空から降る雪は午後になっても止むことはなかった。川は辛うじて流れていた様で、夏確かに汗を流した自転車道は今は凍てついて人を寄せ付けない。
taifuika 015.jpgの朝、台風9号は対馬海峡あたりにいた。夏の終わりに台風、やっと来るものが来たか、という感想だった。その影響で京都は朝から久しぶりの大雨に見舞われた。オヤジの日課、自転車通勤は叶わず、鉄製箱型四輪丸ハンドルという面倒くさい乗り物での出勤となった。


予想はしたものの、朝の渋滞は凄い事で、桂川を渡る橋の付近ではノロノロと進んだかと思えばすぐに停まるし、同じ信号を三度も待つという有様。平安時代の牛車だってもうチョット速かろうというものだ。環境問題が叫ばれて久しい昨今、化石燃料を焚きながら動かない鉄箱四輪の中で眉間にシワを寄せる人類は本当に進歩したのだろうか、などと考えながら、なんとか会社にたどり着いた。

2012年1月

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