原発問題の最近のブログ記事

110626arasiyama3.jpg気は梅雨曇りでパッとしない。テレビは北関東の猛暑と熱中症患者の数を伝えていたが、京都も負けてはいない。なにせ蒸し暑い。だらけた身体をシャンとしようと家を出た。黒いレーパンで跨るのは、電気もガソリンもいらない、その気になれば発電だってできるという自転車である。

自転車道を北上して嵐山にやって来た。渡月橋辺りには少し心地良い風が吹いていた。桂川が冷気を運んでくるのだ。京都盆地にあって西のドン詰まりの嵐山であるが、渡月橋の上流には天然エアコンの吹き出し口がある。そのエアコンの動力源は保津川渓谷だ。電気もいらない。もちろん節電も関係ない。
ロメテウスはあわれな人間に"火"を与えてはどうかと考え、全能の神ゼウスに進言した。しかし、人間の愚かさを知るゼウスはこう言って一蹴した。
  「彼らは無知である。無知というのは事の善悪が判断できないということだ。」
しかし、プロメテウスはゼウスの意にそむき人間に火を与えてしまう。かくして人間は火を使い、自然を征服し、やがて戦争へと向かう。

冒頭はギリシャ神話の一節で、火とは文明そのものを指す。地球が歩んだ途方も無く長い時間から見れば、せいぜい一週間前に現れた人間は、枯れ枝に火を点けた日からあっという間に駆け抜けて来た。知識の集積を半導体に移し込み、ビットの荒野に未来は担保されたか。今となっては、ウラン燃料の臨界を見た時が凋落の始まりだったと言えなくもない。原子力という「神の火」に手を出した報いが、あろう事か、二度の原爆を経験したこの日本に向けられている。発生から3ヶ月以上、未だ収束の糸口さえ見えない福島の原発事故について、またまた無責任な大風呂敷を広げつつ雑感を述べる。
osh100822 073.jpgを渡ったは、ほぼ一本道で大島半島の東側を貫いている。所々で姿を見せるのは、かつて米大統領人気にあやかって一世を風靡したオバマ(小浜)の海だ。

幾度かの上り下りとトンネルを経て、自転車は半島の先端へと向かう。トンネルを抜けると決まって下りである。前傾姿勢で加速していく身体が潮風に晒される。くだらない日常の憂さもストレスも飛んで行く気がした。これぞ命の洗濯、錯覚だろうか。青い海原を見上げると、まだまだ容赦しない8月終わりの太陽があった。

2011年12月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

About竹輪野