学問の神、菅原道真を祀った神社は京都には幾つもある。が、数ある社(やしろ)の中でも北野天満宮は別格といえる。学問の地、京都にあって「学業成就」「合格祈願」を一手に引き受けているような超有名ブランドだ。一生懸命勉強した人も、そうでない人も、最後の神頼みは「ゴッドファーザー菅原道真」なのだろうか・・
毎月25日は参道に露店が並ぶ。着物の街西陣とあって衣類や履物が目立つ。受験シーズンに加えて梅が咲く二月は人出が多いようだ。露天商のおばさんが「今日はホンマに人が多いわ、売れへんけどな」とこぼしていた。

五分咲きの梅が匂う境内では「野点」が行われていた。見るとカメラマンが群がっている。それもそのはず、お茶を運んでいるのは上七軒の芸姑さん達だ。綺麗なお姉さんも、そこそこのお姉さんも、兎に角いっぱいいたぞ。これは「梅花祭野点大茶湯」という催しで、年に一回二月だけだそうだ。
京都: 2005年2月アーカイブ
京都と大阪・神戸を結ぶ幹線道路171号線は京都市南区で桂川を横切っている。それがこの久世橋だ。吉祥院とはおよそ久世橋を渡った桂川から東の市街地一帯をいう。僕は仕事の行き返りでほぼ毎日この橋を渡る。幹線道路ゆえ朝夕の渋滞はまあ大変だ。橋に隣接する石原交差点は南区の「動脈血栓」になっている。ラジオの交通情報はこの辺りの渋滞をよく伝えている。
桂川は京都盆地の西部をほぼ南北に縦断している。「箱庭」を流れる人口護岸の鴨川とは対照的に桂川は自然がいっぱい残されている。雄大なその流れは淀で木津川、宇治川と合流し淀川となって大阪湾へ注ぐ。

河川敷に来た。雨上がりの日曜日、晴れたものの風は冷たい。子供達は元気に走り回っている。枯れ芝の下の土はぬかるんでいて、靴とズボンは泥だらけだ。息子はこの日8才になった。娘は来月5才になる。川の流れが止まらない様に子供の成長も待ってくれない。なにかチョット怖いような気もする。桂川はあいも変わらず流れている。春待ち。
京都のメインストリーム鴨川のすぐ西隣の通り三条から四条間を先斗町という。「ぽんとちょう」と読む。車は入れない。専ら歩きだ。通りの両側に飲食店がびっしりと並ぶ。飲み屋もあるが料理店が多くて種類も豊富にある。どちらかと言うと若者は少なく、おっさんの通りだ。夏には東側の店の多くが鴨川に床を出す。床のビールはいいぞ。ああ暑い季節がなつかしい・・
西日本でも有数の古刹である穴太寺を後にした。京都市内までは来た道を戻れば、ものの20分で着く。僕は元来まっすぐ帰るのが嫌な性質だ。一種の病気だ。付随人がいたのでサービスの意味も込めて少し遠回りして帰る事にした。
八木町までは国道9号線で行けるが、それでは面白くないので府道を走る。田畑や集落を抜け、八木町で国道477号線に入る。しかしそれも束の間、分れ道で府道に戻る。ここから先は愛宕山の麓を辿って保津峡から嵯峨野へ抜ける山道だ。観光バスは通れない、車一台がやっとのチョットした秘境である。杉林に被われた道のあちこちに雪が残っている。しばらく行くと斜面に柚子畑が現れた。柚子の里、水尾だ。もう本当にひっそりとある集落は清和天皇ゆかりの地であり、真上にそびえる霊峰愛宕山への入り口でもある。
道はやがて渓谷にぶつかる。流れているのは「保津川下り」で有名な保津川だ。対岸にトロッコ列車の保津峡駅が見える。ここまで来れば、峠の向こうがもう嵯峨野だ。
その日は娘の参観日で洛西までやって来た。その後、洛西から京都縦貫道で亀岡に向かう。この道ははいつも空いている。行き先は穴太寺。亀岡インターを降りればもうすぐ側だ。
西国三十三所二十一番目の札所でもある穴太寺は「あなおじ」と読む。僕は「あなぶとでら」かと思っていた。創建は705年と言うからもうとんでもない古さだ。平安京ができる90年も前になる、奈良時代だ。あたりは隣に亀岡市の運動公園があるのを除けば田畑ばかりだ。田園に建つ田舎寺はこじんまりと、ひっそりと在った。いい。本当にいい寺だ。古さ、大きさ、荒れ方、たたずまい、匂い、もう寺フェチにはたまらんぞ。これは市内の有名寺院では絶対に味わえない。咲き始めたばかりの梅が咲きそろう頃はもっといいだろうな・・。
2月の京都は寒さ厳しく曇天が続いていた。平日のある日、晴れて青空が覗いた。ちょっとした小春日和のこの日、車で嵐山に行った。阪急嵐山駅前の有料駐車場に車をいれて、渡月橋に向いてテクテク歩く。目的は散歩だ。観光客はほとんどいない。一年中で一番人がいない時期だろう。観光客相手の店は閉めている所が少なくない。
天竜寺の山門をくぐって中に入る。敷地の中には大本山天竜寺を筆頭に幾つもの寺院がある。例えは悪いが、個人商店が集まった市場みたいだ。天竜寺を抜け、「嵐山羅漢」の顔を見て帰路。
無線による超高速インターネット接続サービス「YahooBB!モバイル」の試験サービスが実施されている。何が出来るのかと言うと、無線LANの機能があるノートPCがあればロイヤルホストやマクドナルドで高速インターネット接続が使えるのだ。試験期間中なので無料だ。携帯電話かパソコンから申し込めばすぐにIDやWEPkeyがもらえる。それをもってアクセスポイントがあるお店に行けばいい。試しにロイヤルホスト堀川五条店に行ってみた。
席についてすぐにノートパソコンを開ける。さすがにコンセント電源までは無いのでバッテリー駆動だ。「ワイヤレスネットワーク」をあけて「ワイヤレスネットワークの表示」ボタンをクリックする。すると幾つかの接続が見えた。どれに接続するかは申し込みのときにもらった「ESS-ID」で識別できる。あとは画面に従って「WEPkey」や「パスワード」を入力するだけでスンナリと繋がった。
ネット閲覧もメール受信も快適にこなせた。いいサービスだと思う。Yahooに問い合わせるといつまで無料なのかはまだ未定だそうだ。
Yahoo! BB モバイルの詳細はこちら
ノートパソコンを売りに行った。家電量販店のニノミヤが運営するUSEDMART吉祥院店はAVとPCを中心に中古品の売買をしている。できて2年ぐらいだろうか。そこには回転寿司店があったのだが駄目でその後に現れた店だ。
パソコンと周辺機器があるにはあるが、はっきり言って使えそうなものはあまり無い。ガラクタが多いのだ。100円とか50円といった値札が目立つが、それはそれで面白い。この店は買い取りが主な役目であるようだ。どうやら売れ筋の物が入ると京都や大阪の繁華街の店に送ってそこで売るのだろう。
オーディオ関連の物は多く並んでいる。アンプ、スピーカー、ターンテーブル、古いレコードなんかがあった。アンティークな所ではオリベッティのタイプライターなんてのもあったぞ。店のスタッフも見たところ40、50代の人ばかりで、客層もオッサンが目立つ。なにやら空気が怪しげで僕好みの店だ。
売ったのはNECのLaVieノート、3年間ほぼ毎日使い込んだ物だ。キズが多く60000円が精一杯だと言うので、人のいい僕は売って来た。ネットのあるサイトで調べた上限価格は73000円ぐらいだった。もうチョット食い下がれば良かったのかも知れない・・
節分の日、京都壬生寺に行った。場所は四条坊城で四条大宮のすぐ西側だ。狭い坊城通りに露店が並ぶ。露店に混ざって「炮烙」(ほうらく)という素焼きのお皿が売られている。この炮烙に家族や大切な人の名前、年齢、性別を墨で書いて寺に奉納する。炮烙は毎年4月下旬の壬生狂言序曲「炮烙割」で割られ、厄が除かれると言う事だ。
壬生と言えば、幕末の一時新撰組のアジトだった事で有名だ。NHKのドラマ「新撰組」に肖ってか新撰組グッズの店があったり、町家の軒には「誠」の旗が掲げられていた。新撰組はどんな集団だったのか。昔読んだ司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の中で竜馬や長州藩士達と対立する新撰組が印象的だった。
組織を束ねる近藤勇は実は政治思想と言える様な物は無く、ただ幕府に義理を立てる愚直な侠人だった。京に集まった新撰組はそれこそ田舎者の寄せ集め集団で粗暴な行動が目立っていた。「攘夷」を唱える者を片っ端から切り捨るという側面から見ればただの「人殺し集団」だったと言えなくもない。とまあ、こんな感じだったろうか・・。

京都はこの冬一番の雪が降った。阪急電車の踏切を横切る街道は渋滞で車動かず、娘を保育園に送るのをあきらめて休ませる。昼過ぎに妻と娘を連れてモスバーガー京都外大前店に行く。妻は海老かつバーガー、娘はモスバーガー、僕はバーベキューホカッチャを食べる。マクドよりも素材がいい、だから美味い。雪が溶けた四条通はアスファルトが黒く光っていた。大雪の犯人シベリア寒気団はまだ居座る模様、明日も雪が降るのか・・。



