京都: 2006年3月アーカイブ

 線路を跨いだ橋を跨線橋という。駅のホームによくある階段が付いた橋である。大概は向かいのホームや駅舎に通じている。ところで京都駅の東隣に高倉跨線橋という橋がある。これは人のみならず車も通れる跨線橋だ。つまりが道路が線路を跨いでいる訳で、京都でも道路が線路を跨ぐというのはそうそうない。京都駅ビルに遮られた駅の表と裏を結ぶこの橋を地元の人々は「たかばし」と呼んでいる。


 その橋の途中にラーメン店が二件並んでいる。第一旭たかばし本店と新福菜館である。どちらも名の知れた老舗で、京都で「たかばし」と言えばもう"ラーメン"だ。特に第一旭たかばし本店の知名度は凄い。検索エンジンに「たかばし」と入れるだけで("京都"さえも入力の必要はない)ヒットして来るのはラーメン第一旭の記事ばかりである。京都で地名と商品が癒着した例では「嵯峨野の湯豆腐」「聖護院の八ツ橋」なんかが思い当たるが、どう考えても連想のシナプスの発達度という面では「たかばしのラーメン」は群を抜いている、と思う。
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 3月の雨上がりのある日、八条通り側からたかばしを登った。駆るのはその機動力と手軽さからラーメン食べ歩き研究家からも絶賛されている例のランランだ。美味いラーメンが食いたい一心でペダルを漕ぐ。橋の頂から駅ビルが見える。何時見てもアホみたいにデカイ。そこから橋は塩小路通りに向かって下っている。その途中に第一旭たかばし本店がある。


 決して広くない店内に決して大きくないテーブルが幾つかある。その半分程は埋まっていた。壁際の空いている席に着いてラーメンを注文した。暫くするとラーメンが来た。この店で食べるのはずいぶん久しぶりだ。麺、スープ、焼豚、九条葱、店に漂うチョット寂びれた風情、全て含めて600円也。税込み。

 ミツバチが花の香りに誘われるように人は灯りに誘われるのか。夜の東山は白いモノがチラつくような厳しい冷え込みにも係わらず大変な人出だった。八坂神社から清水寺に掛けての散策路を照らすのは無数の灯篭だ。足下の灯りに促がされ路地を曲がるとまた違った灯篭が並んでいる。どうやら数種類の灯篭があるようだ。
hanadorou10.jpg

 二年坂や参寧坂あたりは相当に混雑していた。歩き難いくらいだ。写真を撮るにも苦労する。界隈のお店の多くが夜間営業なら寺院も夜間拝観だ。東山の上空にレーザー光線が飛び交う中、高台寺ではアルバイトのお兄さんが参拝者を呼び込んでいる。スーパーの大売出しのようだ。


 もちろん石畳の小道に並ぶ灯篭は絵に成る。こういうのをロマンチックと言うのだろう。然るに事の命題は「誰と歩くか」である。寒い中、一緒に歩いてくれた大阪のおじさまにトラックバック。

 市内の中心部で金融街や繁華街を擁する四条通は紛れも無い京のメインストリートだ。東の詰まりには祇園祭を統括する八坂神社があって、反対側の西詰まりには京都の酒祖神である松尾大社が対座する。その松尾大社から桂川を挟んで少し東の四条通り沿いに美しい梅が咲く事で有名な神社がある。梅宮大社である。どんな具合か、久しぶりにウロついた。たぶん10年ぶり。


 小じんまりした境内には白梅も紅梅もある。咲き方も早いのやら遅いのやらマチマチだ。本殿向かって右の白梅に人ダカリが出来ている。六分咲きくらいだろうか。おばさんの4人連れからシャッターを頼まれる。ニコニコと応じる。
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 梅林もあるという有料庭園に入ってみた。500円也。小さな池の辺に幾つかの梅が咲いていた。橋が架かった浮島に茶室があって、そこにも梅が咲いている。梅の花の周りには忙しそうな連中がいた。花びら間からお尻を出したり、顔を覗かせたりしている。しかし、梅林の方はまだチョット早くて蕾ばかり。その代わりではないけれど、小道に淡いピンクの椿が咲いていた。小ぶりなのを見ると侘び助だろうか。控えめな感じが良い。好きだ。と呟いても、可憐な花は黙ったままだった。

 長雨が止んで日が暮れた上空には靄が掛かっていた。なんだか春っぽい雰囲気だ。運転する車が京都駅前の信号で停まった。渋滞のせいか青になってもグズグズしている。生活に潤いと張りを与えてくれると巷で評判の例のルンルンとは違って車はストレスが溜まる。ハンドルを切ったり、アクセルとブレーキを踏み換えたり、ウインカーを出したりと、結構面倒臭い。それに加えて、運転手ともども燃料も喰わさなくてはならないと言うから驚きだ。手間も金も掛かるのだ。その割には速くない。
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 フロントガラス越しに見えるのは京都駅ビルである。長さ470m、高さ60mと言うからそれはもう巨大な壁だ。見慣れていない者はギョっとする。駅、ホテル、劇場、百貨店などを飲み込んだ巨壁は、京都の背骨である烏丸通りを切断してしまっている。(それは旧駅ビル時代から同じなのだが)故に車は左右どちらかに迂回する事を強いられる。光り物で固められた外観は如何にも中身の「高級」と京都の「権威」を感じる。往来者の行く手を塞ぎ、これでもかと仁王立ちする平成の羅城門は慇懃無礼に見えなくもない。ヒガミか。

2008年7月

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