京都: 2006年6月アーカイブ

 田植からそう日が経っていない稲はまだ小ぶりだ。大原野に広がる田圃の緑は、梅雨の恵みと夏の陽射しを受けて日に日に勢いを増している。梅雨の晴れ間のある日、善峯寺に続く坂道を愛車で登った。先週、金蔵寺の山を登ったのだが、その隣の山に善峯寺がある。その二つの寺を比べれば、規模も知名度も善峯寺の圧勝で、徳川五代将軍綱吉の生母"桂昌院"が再興したという同寺は、西国20番目の札所になっている。今時は紫陽花が美しい。自転車乗りの立場から坂の印象を語れば、金蔵寺の坂はワイルド、善峯寺のそれは道幅が広いぶん少しは社交的か。ただ、激坂の程度は甲乙つけ難い。両方とも"オヤジ殺し"だ。
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 洛西を見下ろす坂道は寺の山門に近づく程に斜度を増す。赤い橋が架かる駐車場から先は、とんでもない壁坂だ。駐車場で脚を休めた。僕してみれば、殺人的ともいえる坂を必至の思いで登ってきた。心拍はレッドゾーンに達していた。身体中が暑い。水を口から飲んで、頭から被った。高い杉木立の下で暫く休憩。沢から登る冷たい空気が気持ち良い。
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 山を降りて、南へ向いた。大山崎に至る。国道五条本から天王山大橋を渡った。眼下は母なる川、桂川である。渡ればそこに自転車道がある。御幸橋は目の前、自転車道で帰路に着いた。

 登りは越畑で終わる。愛宕山の麓に広がる棚田を見れば、それが合図で、ここから先は下り基調が続く。頑張ったご褒美である。天気は梅雨の晴れ間の夏日だった。暑い。それでもここまで、壁のような嵯峨野の六丁峠をよじ登り、愛宕の喉元である神明峠を越えてやって来た。嵯峨の化野念仏寺から九十九折を経るという越畑の夏は、棚田の緑が美しかった。
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 越畑には有名な民家がある。裏千家に仕えたカナダ人、ジョン・マギーが移り住んだ家で、通称マギー邸と呼ばれている。脇に立つ銀杏の巨木が印象的だ。そのマギー邸でペダルを休めた。マギー邸の入り口に佇む自転車は三台である。そう、この日は三人でツーリングだった。僕を引率してくれた二人は、みーこさんジョーさんである。nasubiさんは今回は残念だった。


 越畑で蕎麦を食べた。ざるそば大盛り。それと生ビール。味も風景も人も最高である。話は尽きない。仕事、家庭、子供、サッカー、自転車etc。その後、日吉ダムから府道19号と25号と国道9号を通って帰路に着いた。辛く暑く楽しい75kmだった。越畑の蕎麦屋の情報はこちら

 6月半ばのある日、大原野のとある山を登った。大原野とは京都市西部の丘陵地をいうのだが、小高い山の多くは竹林だ。左京区の大原と間違われそうだが、正反対の場所にある。もうすっかり夏っぽい陽射しの下、駆るのは、夏の峠の苦しみも、後のビールの幸せも、乗らなければ味わえないという、例のナニである。
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 登るに連れて、竹林が雑木林に変わってきた。所々でとんでもない斜度になったりするが、何とか頑張って進む。はっきり言って道は狭いし悪い。垂直に切り立ったにはワイヤーネットが被せられている。雨が多い今時は崖崩れには要注意だ。車が来ないのがせめてもの救いである。峠に近い山腹には金蔵寺という寺がある。その寺の墓地で小休止した。


 金蔵寺の墓地には母が眠っている。病死して13年になる。墓の周りはペンペン草だらけだった。おまけにタンポポも一輪。お正月に来たきりで、彼岸にも参らなかった不届き者である。草を抜いて掃除した。しかし、花も線香も無い。オモニごめんなさい。

2008年9月

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