京都: 2007年5月アーカイブ

 自転車道から玉水橋を渡った。すると井手町に入る。JR玉水駅あたりの枯れた商店街を抜けて行く。そこから東へ延びる道は府道321号である。もう道らしい道と言えばそれしか無い。地蔵禅院・玉津岡神社を横目に丘陵地をどんどん行くと道は玉水川沿いの山道になる。峠の向こうは和束町である。

 は朝から文句の付けようが無かった。その日はTOJの奈良ステージがあったので、行きたいなぁとは思っていたが、諸事情(←ただの寝坊)で断念した。それでも連夜テレビで繰り広げられる熱い男達の戦いに触発されて、走る気はマンマンだった。止める人が無いのをいい事に、ピンクのジャージを着て、自転車道へ出た。

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 峠近くの林道で勾配が増して来た。ギアは既にコンパクトの34×21辺りである。いつの間にやら後から来たローディが「今日は!」と挨拶してきたので、僕は息も絶え絶えに「ゴンニャジハ〜」と返した。何処のアニキか知らないが、エンジン性能の差は歴然で、マリアローザを着た僕はアッサリと置いて行かれた。

 さて下り。和束町側の傾斜は井手町側のソレとは比べ物にならない。相当に急である。怖くてほとんど踏めない。眼下に広がる茶畑をオカズに、ブレーキをしっかり握って、ゆっくりと下った。

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 登って下って腹ペコだった。和束大橋付近のコンビニで補給とした。食ったモノはこんなラインナップ。好物の焼きプリンは外せないだろう。 
 
 府道5号を東へ。同道は茶畑街道である。ちょうど新茶の季節で、所々にある加工所からは香ばしい薫りが漂っていた。微妙なアップダウンと茶畑がヌハハな道を行き、宇治田原、天ヶ瀬ダム、宇治、伏見、自転車道で帰路。愛と食欲の105km。大まかなルートは流行のコレで。愛知のわかる男、Mr.プリンにTB。

 母に会いに行った。母の日の翌日の事だ。いつもは車で登る坂道をその日は自転車で登った。判ってはいたが、やはりこれが厳しい坂だった。その道は京都市と高槻市の境にある峠道で、頭上の山は通称ポンポン山と呼ばれている。周辺は竹林と田畑ばかりだが、田畑が途切れると坂の勾配が増して来る。まあ場所によっては洒落にならない。そのポンポン山の中腹に金蔵寺という小さな寺がある。ひっそりとした山寺だ。その寺に母が遷ってから14年が経つ。

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 調べると金蔵寺を再興したのは桂昌院だとある。桂昌院とは徳川五代将軍綱吉の母である。その五代将軍綱吉は相当なマザコンだったらしい。天下の悪法「生類憐みの令」が世に出たのは"桂昌院が生まれた年が戌年だったから"という話がある。ちょっと古いが、NHKの大河ドラマ「元禄繚乱」で、何かにつけ母親を頼りするマザコン将軍の姿を萩原健一が好演していた。たしか桂昌院役は京マチ子だったと思う。

 三月ぶりに母のところに寄った後、峠道をさらに漕ぎ進んだ。峠付近でアスファルトは途切れる。換わりに円形痕が付いたコンクリートに変わる。そのあたりの勾配はもう非常識であるし、道は悪い。途中で泣きを入れて、なんとかよじ登ると京都の伏見・乙訓あたりが一望できた。

 京都府と大阪府を分ける逢坂峠を下れば高槻市である。途中、採石場が幾つかある。ダンプが引っ切り無しで平日は走り難い。辺りはホコリっぽくて、道も草も真っ白だった。高槻の市街地まで下りて、コンビニで補給。食ったのは、プリン、どら焼き、ウィダーインゼリーである。水無瀬、大山崎を経て、帰路に着いた。この日、会津若松で少年が母親の首を切った事件が報じられた。言葉も無い。56km。

 嵯峨天皇陵の前をやや左に折れたあたりから、六丁峠はさらに急勾配になる。サドルに尻を置いていられないので自然とダンシングになる。踊りもリズミカルなら良いけれど、肺と心臓がパンクしそうな僕は必至のパッチで、蛇行しながら最後はヨレヨレだった。

 下りはブレーキングが肝心で、そのため下ハンを握るのだが、お腹の肉が少々邪魔である。下ればそこにある落合橋のトンネルがアトラクションの入り口で、黄金伝説の秘境、愛宕山麓へと続く大冒険がスタートする。

 暫らくは下り基調だから保津川渓谷の冷気で頭を冷やしながら進むべし。今時の雨上がりは落石に気をつけたい。なにせ道幅が狭く、逃げ場は無いに等しい。ヘルメットを被らないくらいなら、レーパンを履かない方がマシかも知れない。

 冒険に付き物の吊橋があるのは保津峡駅である。タイミングがよければ、渓谷の向こうにトロッコ列車が見れる。ここから先、多少のアップダウンはあるが越畑までは基本的に登りだ。これがアホほど長い。

 「神明峠」の看板にダマされてはいけない。そこから越畑までが曲者だ。"峠"と書いておきながら容赦無く登りが続く。たいてい自転車乗りは"峠"という字を見れば油断する。苦しい登りのブラインドコーナーの向こうは下りだと勝手に思い込んでいると、愕然とさせられる。二年前の夏、僕はここで水を全て飲み干してしまって、もう生きては帰れないと覚悟したぐらいだ。エルドラド愛宕山麓は相当にサディスティックだ。

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 棚田が現れれば安心してよい。長い登りの終焉だ。そこが越畑の集落である。連休明けのその日は、ちょうど田植の最中だった。

 越畑集落からの下りの途中に立派な茅葺民家がある。マギー邸だ。今時の新緑の美しさは目に眩しい。秋は更に見物だ。棚田の稲が頭を垂れる頃、その家の側らに立つ銀杏の巨木には黄金がたわわに生っている。目にした光景が価値があるモノだと思えるか否かは、本人次第だ。と言うか、自由だ〜!

 「風薫る」とは良く言ったもので、新緑の中を走るのは本当に気持ちが良い。一雨ごとに威力を増す太陽光線を浴びて、緑の増殖もいよいよ本番である。環境問題だ、温暖化だ、と騒がしい昨今、オヤジを含める地球上の生物にとって、葉緑体と太陽の共同作業こそが頼みの綱で、生きる望みだ。出来たばかりの新鮮な酸素を肺いっぱいに吸い込めば、くたびれた身体も蘇りそうだ。

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 五月という全てが心地良い季節には、この乗り物こそが相応しい。どう考えてもそうだ。シャカシャカとペダルを踏めば、滞った紫色の体液がグルグルと全身を巡った。日々溜め込んだストレスが汗と一緒に毛穴から流れ出る。どうせ役に立たなくて頭を悪くしていたゴミのような思考も頭蓋の中をぐるりと廻って鼻から出た。

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 自転車道から嵐山・嵯峨野あたりをウロウロして40kmほど。腹が減った。ちょっと走ったくらいで、いっぱい喰おうとするからどうにもならない。竹の子山の住人は竹の子を喰う。それで竹の様にスラリとしなやかにならないものか。腹八分目が肝心だろう。茶碗に3杯だけ。それとガソリンが一本、お許しを。上の写真は、嵯峨鳥居本あたりの新緑。

2008年7月

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