家族の最近のブログ記事

arashiyama 054.jpg11月下旬、土曜日。臨時列車から駅に降り立つと、乾いた晩秋の風が頬をなでた。インチキ風水師を連れて散策に訪れたのは紅葉のクライマックスが近づく嵐山である。京都の自転車乗りは自転車道の起点として認識する嵐山だが、紅葉シーズンともなれば、まずもって観光客の一番のターゲットとなる。

人波に押されて改札を抜けると駅前の広場には大勢の人がいた。見るに聞くに、国籍はいろいろである。日本人をはじめ、韓国人、中国人、中央アジア風の佇まいはイラン人かパキスタン人だろうか、欧米人もいる。ちょっとした人種のルツボである。原発事故以降、相当に減ったらしい外国人客も今は戻りつつあるように見える。

夏の学校

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summer school 057.jpgの通う小学校はタケノコ山の上にある。そのタケノコ山には向日丘陵というお堅い名前がついていて、うっそうとした竹林には桓武天皇皇后陵を懐く。山の勾配はなかなかクセモノで、西国街道あたりからロードバイクで上るとしても、それはそれで結構シャバダバである。






summer school b 016.jpg7月下旬、その小学校で「夏の学校」という催しがあった。いろいろとある準備はPTAが行うが、全生徒が参加するわけではなく、その年の6年生が対象である。小学校最後の夏を楽しもうというイベントだ。学校設立当初から続く伝統行事であるとの事。



kameoka 077.jpgノ坂峠を越えて、国道9号を西へ走った。今年もジロデイタリアで感染してしまったオヤジが駆るは、化石燃料でもない、天然ガスでもでない、もちろん原子力でもない、食った物のカロリーと一点の曇りもない勘違いと思い込みこそが原動力だというロードバイクである。

亀岡市の下矢田から国道9号と分れて府道6号を南進。同道は亀岡市と高槻市を結んでいる。鯉のぼりが泳ぐ新緑の山道を漕ぎ進んだ。気分は上々、速度は遅い。

101231 105.jpgぐ子供に起こされて窓の外を見ると見事な雪景色だった。近所の屋根も竹林も雪化粧、真っ白である。大晦日という特別な日に、雪というプレミアが付いて娘はご満悦である。

大晦日の京都は雪に覆われた。暗い空から降る雪は午後になっても止むことはなかった。川は辛うじて流れていた様で、夏確かに汗を流した自転車道は今は凍てついて人を寄せ付けない。
100806wakasa_wada 094.jpgミがうるさい朝だった。家族で海へ繰り出す日だった。子供二人を含めた家族四人は車に乗り込み一路日本海を目指した。むろん運転は私、車中でパンとコーヒーの朝食を摂りながらアクセルを踏んだ。

京都縦貫自動車道の一部と舞鶴若狭自動車道は無料になっていた。政権交代による分かり易い「飴」である。これでガソリン代もタダならイイのにと思ったりしたが、それは欲張りすぎである。

やって来たのは若狭和田浜。高速道路を下りて浜まで10分ほどだ。福井県の大島半島の西側に広がる砂浜である。その日は金曜日で混雑というほどでも無かった。でも暑い。
100102 103.jpg年二日目の事。家族を連れて初詣に行った。普段はメッタに乗ることのない京阪電車に揺られて行った先は、伏見稲荷大社である。

091203 074.jpg12月初旬のある日、嵐山を訪れた。紅葉も終盤の平日だったが、人は多い。私には同伴者がいた。家人である。どういう訳か、そういう事である。

比較的温かい雨が降っていた。錦糸の屏風を背景にして渡月橋は雨霧に煙むる。燃える秋も水が入ってこれで火消しか。刻々と散る紅葉は、冬の雨を受けて最後の潤彩を放っていた。

091017 025.jpgに日に秋が深まる昨今、近所でちょっとしたイベントがあった。「竹の径(みち)・かぐやの夕べ」という催しだ。

つるべ落としの夕闇が迫る頃、阪急電車を東に見下ろす丘陵の竹林に、無数の明りが灯された。竹筒の水に浮かべられた蝋燭が照らす竹林の道を家族四人で練り歩いた。季節を感じるささやかな時間だった。



かぐや姫、時空超え炎に浮かぶ 向日・竹の径で「夕べ」:京都新聞





若狭の海

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090808sunflower 048.jpg8月の太陽が現れたある週末、家族を連れて海へ行った。ブツ切れ状態で利便が悪いと評判の京都縦貫道と舞鶴若狭自動車道を乗り継いで、やって来たのは若狭の海だった。

卒業

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tumeeri 003.jpgばらくブログの更新をサボったが、あたりを見回すと季節はすっかり春になっていた。家庭に眼をやれば、息子が小学校を卒業した。先月12歳になったばかりの息子だが、4月には中学生である。

家に衣装箱が届いていた。中身は詰襟に金ボタン、都市部の学校あたりでは、あまり見られなくなった代物だ。少々古くさいイメージが付きまとわないでもないが、昭和育ちのオヤジにしてみれば、学生服といえば詰襟である。

2012年1月

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