時事・ニュースの最近のブログ記事

ロメテウスはあわれな人間に"火"を与えてはどうかと考え、全能の神ゼウスに進言した。しかし、人間の愚かさを知るゼウスはこう言って一蹴した。
  「彼らは無知である。無知というのは事の善悪が判断できないということだ。」
しかし、プロメテウスはゼウスの意にそむき人間に火を与えてしまう。かくして人間は火を使い、自然を征服し、やがて戦争へと向かう。

冒頭はギリシャ神話の一節で、火とは文明そのものを指す。地球が歩んだ途方も無く長い時間から見れば、せいぜい一週間前に現れた人間は、枯れ枝に火を点けた日からあっという間に駆け抜けて来た。知識の集積を半導体に移し込み、ビットの荒野に未来は担保されたか。今となっては、ウラン燃料の臨界を見た時が凋落の始まりだったと言えなくもない。原子力という「神の火」に手を出した報いが、あろう事か、二度の原爆を経験したこの日本に向けられている。発生から3ヶ月以上、未だ収束の糸口さえ見えない福島の原発事故について、またまた無責任な大風呂敷を広げつつ雑感を述べる。
nisoto 041.jpgる五月の風が新緑を揺らす大原野。梅雨がやって来るまでの今しばらくは、山歩きにも、自転車にも、絶好のシーズンだ。小塩山の麓、灰方集落の田植えも一段落して、水を湛えた棚田は美しい姿を見せている。

その大原野では今、大規模な道路工事が進んでいる。京都第二外環状道路、通称「にそと」である。北へ向かう京都縦貫道・大枝と南へ延びる名神高速・大山崎を結ぼうというものだ。
16年前の阪神淡路大震災で妻の祖父母は被災した。祖母はなんとか助かったが、祖父は帰らぬ人となった。祖父母が住んでいた長田区を含め、神戸は壊滅状態で、そこから復興への辛く長い道のりは周知の通りである。多くの被災遺族がそうであるように、先の大震災は私達家族の胸にもひと片ならぬ刻印を残している。そして2011年の春、東日本を襲ったのはかつて無いほどの大災害である。雑感を記したい。
ールドカップが終わった。遥か昔、サッカー少年だったオヤジは、寝不足をものともせず、深夜に身を乗り出して応援した。股間から、涙腺から、いろいろな感情が湧いて出た。雑感を記す。

右サイドを駈け上がった松井が相手ディフェンダーを軽やかに切り返して蹴りいれたボールはファーポスト側に居た本田の足元へ。トラップそしてシュート。日本が格上のカメルーンを撃破した瞬間だ。もう何度も放映されたシーンだが、サムライブルーの快進撃はここから始まった。

生き馬の目を抜く予選リーグを勝ち抜いて日本と韓国が決勝リーグへ進んだ。韓国は実力を発揮すれば突破かと思っていたが、正直、日本はちょっとシンドイかなと心配していた。直前の壮行試合の内容を観ればゲバ評が下がるのも無理ないところ。どっこい日本は見事な闘いぶりだった。日韓両国の決勝T進出は嬉しかった。僕にとっては母国と祖国だ。

日本は試合ごとに強くなった。鎧カブトの堅い護りで強豪オランダと互角に渡りあったし、日本刀の切れ味、文字通り伝家の宝刀のフリーキックでデンマークを一刀両断にした。そして決勝トーナメント。護り切った。決してパラグアイには負けていなかった。しかし勝負は非情だ。PK戦の幕切れはもらい泣きした。

韓国VSウルグアイ。韓国は日本よりひと足先に負けた。しかし凄かった。雨の中の激闘だった。南米の古豪ウルグアイに対して一歩も引かない韓国代表の戦いぶりに感動しない人はいただろうか。勝てなかったけど、アジアの虎と呼ぶに相応しい内容だった。

今大会はアフリカ大陸での開催、しかも南アフリカ共和国である。僕らの世代は、南アフリカと言えば「アパルトヘイト、人種差別政策の国」と学校で習った。地理でも社会でも教科書には、アフリカの国の情報なんて希薄なのに、70年代当時から悪名高いアパルトヘイトについてはそれを非難する記述があった。時は流れてその国で人類の平和と平等を謳う世界最大の祭典が行われたのだから人類は少しは進歩したのか。

日本と韓国。昔、着いて離れた腐れ縁の関係だ。その両国がW杯の舞台に立ち、決勝トーナメントに勝ち上がった。もう奇跡のようだ。W杯はサッカーの祭典であり、民族の祭典でもある。すべてを呑み込む世界観はW杯以外ではありえない。国を背負って命がけで闘う選手は、僕にとって、頼もしく、うらやましく、妬ましい。どうしようもなく纏わり付く感情は自分が在日三世である事を確認させてくれた。

いつの日か、決勝トーナメントで、できればファイナルかセミファイナルあたりで、日本と韓国が闘ってくれたら、本当にそんな日が来たら、嬉しいな。そんな感じでまた4年を待とうと思う。
081031nestor.m 019.jpgリスマスウィークを控えた京都は、寒暖交えながらも冷え込みは順当である。冬の使者、シベリアの寒気団こそまだ来ないが、米国発のサブプライム寒気団の襲来で、この国はかつてないほど冷え込んでいる。仕事でも何でも、誰かと話せば、明るい話はまずなくて、話題はもっぱら悪化する景気についてである。

今夜観たニュースで、この国の総理が、ハーローワークを訪れて、失業した人に直接何か言っていた。何がしたいんだか、下手なパフォーマンスか、恐ろしく寒い内容だった。まあ寒い。
界中で株が大暴落している。二年前に私がある株銘柄に投資した金は、およそ七分一になった。ホリエモンや村上ファンドの騒動以降、株価は相当に下がって塩漬け状態だったのが、このサブプライムショックで追い打ちどころか、トドメを刺された格好だ。どうやら今回ばかりは重症らしい。何か底が知れない怖さがある。こと市場経済において「底が知れない」というのは禁句に等しい。みんなが「底が知れない、怖い」と思えば、それすなわち"大恐慌"の始まりである。市井のインチキ評論家である自転車オヤジが、歴史の大転換点といえるかも知れない昨今の経済情勢を、株で損した腹いせも込めて、大まじめに、半ばヤケに、感情的に、論じる。
080902 003.jpg時は気圧配置によって、朝夕の空気は豹変する。暑いやら、寒いやら、クーラーと毛布が日替わりだ。気団がせめぎ合う季節の変わり目は、しばしば大雨や落雷を引き起こす。今年もザーザー、ピカゴロ、派手にやったようで、ニュースはあちこちの被害を伝えた。局地的な大雨被害のたびに、マスコミは「地球温暖化」を口にする。


「地球温暖化」の主犯は我々が出す二酸化炭素、CO2だと言う。マスコミの論調の多くは、氷河が溶けるのも、サンゴの死滅も、異常気象も、原因は「温室効果ガスによる地球温暖化」だと断定している。よく観る、報道ステーションの古館氏などは、声高だ。でも本当だろうか。
京オリンピックが終わった。いろんな競技を観て、一喜一憂した。歓喜、落胆、自分の事のように感情が湧き起った。柔道、競泳、体操、レスリング、ソフトボール、競輪、戦う選手たちの横顔は格好良かった。修羅場を乗り越え、見事栄冠を勝ち取った選手たちを観て、しばしば涙腺が緩んだ。やっぱりスポーツはいい。少なくとも嘘がない。
月早々、丸岡ロードレースでの事故のニュースが流れた。残念な出来事だった。私のようなへっぽこローディでも、ここ数日はその事が頭から離れない。ロードバイクは危険な乗り物で、人の命はかくもあっけないものか。故人の冥福を祈る。と同時に、自分の慢心を戒める。

脳天気で自転車に乗る私に対して、家人はしばしば小言をくれる。「車に気をつけて」とか「スピード控え目に」とか。私の身を按じてくれての事だろうが、その標の先にいるのは、二人の子供である。何処へ行っても二人の子供が待っている事を忘れるな、というわけである。子供という「葵の印籠」を見せられた時点で、私に反論の余地は無く、まったくもって正しい忠告を肝に銘じるのみである。乗ったら無事で帰る事、おやじローディに課せられた命題である。
080729 004.jpg西日本を襲った集中豪雨の最中、私は家族を連れて丹後半島へ向かっていた。真っ昼間だというのに空は暗くて、雨は強まるばかりだった。久美浜湾に近づく頃には、バケツをひっくり返した有様で、懸命に働くワイパーは無力に等しかった。安全に運転するに足りる視界は取れず、一時車を停めた。極悪非道の真夏の低気圧は、子供たちが楽しみにしていた、ささやかな行楽を台無しにしてくれた。

2011年12月

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