時事・ニュースの最近のブログ記事

080521 038.jpg原野に灰谷という地区がある。善峯寺と金蔵寺のちょうど間に位置する静かな集落だ。西山の雄峰、小塩山の懐は等高線も高密で、切立つ断崖が行く手を阻む。さてさて、鈍足お笑い自転車乗りは、竹林を上って、棚田を縫って、果敢に挑んだのは良いが、最後は急峻な斜面に対して、私が悪うございました、と謝るしかなかった。

灰谷地区には水道がない。なくても困らない。地下水が豊かなのだ。灰谷の他にも大原野には水道が通っていない集落がいくつもある。西山は水源の郷だ。その水質の良さは、ウイスキー発祥の地であるサントリー大山崎蒸留所を引合いに出してしばしば語られる。伏流水が豊かな京都盆地にあっても、西山の水は間違いなく一級品である。

大原野の住人として書き留めておきたい事がある。水を巡って、隣町で騒動が起きている。大山崎町が京都府を訴えたというニュースが流れたのは先日の事だ。前代未聞である。民間会社ならば、子会社が親会社を訴えたという図式だ。


 餃子が大変だ。テレビのニュースじゃ、農薬だの中毒だのと大騒ぎだ。子供が命を落としかけたと聞けばタダ事ではない。昨今の食品事情の解説を聞けば、今や我々の食事は、中国製の食材抜きでは成り立たないようだ。レストラン、居酒屋、コンビニ弁当はおろか、学校給食までもがそうであるらしい。しかしまあ無類の餃子好きの僕としては、餃子を食べて命を落とすなどというのはゴメンだ。

IMGP0075.JPG
PENTAX K10D & CarlZeiss Planar T * 1.4/50mm

 ほんじゃと自家製の餃子を作った。アンの中身は豚肉、白菜、ニラ、大蒜。味付は塩コショウとオイスターソースと中華ダシとゴマ油。味と安全性はインチキ風水師の保証付きである。我家の小学生二人は腹いっぱい食べた。僕も食べた。角瓶が空いた。

 大方の人がそうであるように、僕が沢尻エリカを初めて見たのは、映画「パッチギ」である。けな気で初々しい在日朝鮮人少女を演じる姿は可愛らしかった。映画のヒットと伴に、彼女はたちまち人気者になった。「女王様キャラ」が仇になったか、その沢尻エリカが炎上している。"このブログを芸能ねたブログにする"という壮大な野望を胸に、事件に関して無責任な雑感を書く。

 日曜日の情報バラエティ番組あたりでは、問題のシーンが何度も流れた。「特にありません」「別に・・」司会者はうろたえ、会場は凍りついていた。あのシーンを見る限り、世間が怒るのも無理はない。しかも自分の主演映画だというではないか。僕は、沢尻エリカが嫌いじゃなかっただけに、アララ、という感じである。

 後日、彼女は涙ながらに謝罪した。あの"高慢チキさ"は何処へやらである。わがままの末に、自分が窮地に陥って、泣き出す姿を見て、僕は7歳になる自分の娘を思い出した。沢尻エリカは、女王様よろしく大仰な態度の一方で、精神的には稚拙だ。子供なのだ。

 にわかに成功を収めた若いタレントが、いわゆる「天狗」になると言うのは、ありがちな話だ。若いタレントをマネージメントする事務方は、一番気を付けなくていけない事だろう。今回のように大衆の面前で、総スカンを喰らうような醜態は、タレントの即死につながる。芸能界は、"生き馬の目を抜く"世界だ。謝ればまた仕事がもらえるほど、甘くないだろう。そういう意味では、彼女のマネージャーや側近達は大失敗している。事実、既に打切ったCMスポンサーもあるそうだ。無論、沢尻エリカは反省すべきだが、どちらかと言うと、「じゃじゃ馬の暴走」は手綱を引くジョッキーの責任が大きい、と僕は思う。

 激変する政治と同様、天気も不安定だ。乾いた空気と湿った空気が喧嘩する今時の天気は目まぐるしい。晴れていたかと思うと、たちまちドシャ降りの雨になったりする。西山々麓をウロついての帰り、ズブ濡れになった。にわか雨だったけれど、バケツをひっくり返した様だった。

DSC00545.JPG

 こう言っちゃなんだけど、福田康夫でも、麻生太郎でも、どちらでも良い。今、この社会に求められるのは、本当の意味で「大鉈」を振るえる政治家だと思う。社会保険庁や自治体の職員が詐欺と横領を繰り返す一方で、毎日、何処かで、生活にあぶれた人が死んでいる。子供も死ぬ。

 ちょっと前まで日本社会にあった寛容さは、今は無い。メディアを観て思う事だけど、"勝ち組"とか"セレブ"とか、そんな言葉が浮遊する自体、今の日本社会は貧相だと思う。生きる事、働く事、子を育てる事、老後を生きられる事、そういう事が担保されないと、人心は荒ぶばかりだ。あの人は岸信介の孫だったかも知れないけれど、政治家じゃ無かった。次の首相は、本当にリーダーであって欲しい。それが出来るなら、自民党でも、民主党でも、どちらでもいい。

 夏から秋の変わり目は台風の季節だ。次々と台風が生まれて、頼みもしないのに、湿った熱風を日本列島に吹き込む。京都盆地には、空気の抜け道が無いから、ここ数日、ミストサウナの様な状態が続いた。9月半ばだと言うのに。爽やかな気候を期待しているだけに、まったく腹立たしい。

DSC00535.JPG

 チャンスは台風が去った後だ。上手く大陸側から高気圧が張り出せば、素晴らしい気候になるハズだ。そういう日は出動だ。ブルエタの如く、乾いた青空の下を走りたい。登って、下って、たくさん走って、旨い物を食べたい。いっぱいイッパイ食べたい。でも食べたら走ろう。黒光りするのは乙訓の奥海印寺あたりに実った茄子。

     実るほど 世は薄暗い 茄子かな (竹輪)

 暑かった8月が終わった。殺人的な猛暑に伴って水の事故も連日伝えられた。毎夏、人の群が水場に繰り出せば、必ず犠牲者が出る。先日、娘の同級生のお父さんが海で亡くなった。大阪湾へ釣りに行っての事故だった。身近で同年代の方が亡くなると、さすがの脳天気男も考えさせられる。何人たりともその日を無事に生きられる保証はないわけで、生きている以上、死のリスクは常にある。

IMGP4795.JPG

 ロードバイクで長距離を走る趣味というのは、それ相応のリスクがある。まったく自転車に乗らない人に比べたら何倍も危険だろう。自転車が走るべき場所がはっきりしないこの国で、自転車乗りを危うくしているのは、やはり車だ。国道を走る大型車はもちろんだが、小型乗用車だって自転車の相手としては十分に脅威だ。速く走るスキル以上に安全に走るスキルを磨きたい。家族がいる者としては当然だ。娘の同級生のお父さんの冥福を祈る。写真は、ボチボチ秋っぽい風が吹いても良さそうな8月下旬の琵琶湖真の浜あたり。

 よく降る梅雨だ。梅雨入り当初、お天気キャスターは「空梅雨に警戒して」などと言っていた。が、結果はこの有様だ。長雨の尻から大型台風が追い討ちを掛けて、九州あたりでは"記録的"に降っている。

IMGP4392.JPG

 一週間ばかりロクに太陽を見ていない。自転車にも乗れず、悶々とした日々を送っている。それとは対照的に、深夜に観るツール・ド・フランスの風景のなんと素晴らしい事か。乾いた空気に青い空、赤い屋根が彩る平原に美しい道が延々と続いている。ロードバイクは本来こう言う道を走るべきだと思う。

 長雨の影響は我家の中枢部にも及び始めた。これだけ降ると悪性の湿気がニセ風水師である家人の脳神経を刺激する。「洗濯物が乾かない」と愚痴っているうちはまだマシで、イライラが進行すると矛先がコチラに向いて来る。

家人 「何よこれ」
私  「自転車です」
家人 「自転車は分ってます。また殖えたじゃないの。いい調子ね」
私  「いや、はい」
家人 「いつまでここ置くつもり」
私  「早急に片づけます」
家人 「それから玄関に自転車とか部品とか遊び道具とかを置くのやめてちょうだい。風水上、良くないんです」
私  「重ね重ね申しわけありません」

 台風は超大型である。去るまでじっと我慢だ。

 母に会いに行った。母の日の翌日の事だ。いつもは車で登る坂道をその日は自転車で登った。判ってはいたが、やはりこれが厳しい坂だった。その道は京都市と高槻市の境にある峠道で、頭上の山は通称ポンポン山と呼ばれている。周辺は竹林と田畑ばかりだが、田畑が途切れると坂の勾配が増して来る。まあ場所によっては洒落にならない。そのポンポン山の中腹に金蔵寺という小さな寺がある。ひっそりとした山寺だ。その寺に母が遷ってから14年が経つ。

KICX1695.JPG

 調べると金蔵寺を再興したのは桂昌院だとある。桂昌院とは徳川五代将軍綱吉の母である。その五代将軍綱吉は相当なマザコンだったらしい。天下の悪法「生類憐みの令」が世に出たのは"桂昌院が生まれた年が戌年だったから"という話がある。ちょっと古いが、NHKの大河ドラマ「元禄繚乱」で、何かにつけ母親を頼りするマザコン将軍の姿を萩原健一が好演していた。たしか桂昌院役は京マチ子だったと思う。

 三月ぶりに母のところに寄った後、峠道をさらに漕ぎ進んだ。峠付近でアスファルトは途切れる。換わりに円形痕が付いたコンクリートに変わる。そのあたりの勾配はもう非常識であるし、道は悪い。途中で泣きを入れて、なんとかよじ登ると京都の伏見・乙訓あたりが一望できた。

 京都府と大阪府を分ける逢坂峠を下れば高槻市である。途中、採石場が幾つかある。ダンプが引っ切り無しで平日は走り難い。辺りはホコリっぽくて、道も草も真っ白だった。高槻の市街地まで下りて、コンビニで補給。食ったのは、プリン、どら焼き、ウィダーインゼリーである。水無瀬、大山崎を経て、帰路に着いた。この日、会津若松で少年が母親の首を切った事件が報じられた。言葉も無い。56km。

 先日、自転車で街を走っている時の事だった。前方で車が路地から出ようと鼻先を覗かせていた。こちらは安全のためドライバーと目を合わせようとするが合わない。下を向いてゴソゴソ何かしているようだ。少し怖いなと思いながら、車に近づいた。車の鼻先を通過しようとしたその時、車は飛び出してきた。僕はウワーっと叫びながら、咄嗟にハンドルを切って逃げた。間一髪、車は急ブレーキで止まった。フロントガラス越しに見た女性ドライバーの手には携帯電話があった。
 
 107人が犠牲になった尼崎JR脱線事故から二年が経った。事故を振り返る報道がテレビや新聞で連日なされている。電車は他の交通機関に比べればアクシデントは少ないし、まずもって安心感がある。しかし、レールの上を走る電車と言えども、操る人間がミスを冒せばトンでもない結末になる。惨事を招いたのは人間の焦りや過信だ。落とし穴は人の心にある。それを肝に銘じようと思う。

IMGP2606.JPG

 忘れもしない一昨年の秋、僕は周山街道の下りを自転車で走っている時、クラッシュを経験した。相手は猫だ。アスファルトに叩きつけられて身体はあちこち痛んだけれど、頭は無事だった。代わりにヘルメットが割れた。自転車乗りはヘルメットの必要性を論じる事がままあったりするが、一瞬のミスで全てが終わってしまう事を考えれば、議論の余地は無い。写真はもしもの時にオヤジの安全を担保してくれる必需品。

 とうとう3月だ。きっとそのうちトンでもない寒波が来るに違いないと身構えていたけど、予想は外れた。拍子抜けするくらい暖かい冬だった。カラスの鳴かない日はあっても、お天気キャスターが"暖冬"を口にしない日は無かった。自転車に乗るには良い気候が続いていたのだが、大して乗れいない。仕事はチャンとこなしたが、どちらかと言うと悶々と過ごした。テレビに目を遣れば、かの結婚報道に沸いていた。特に関西は。ずっと昔から、クイズ紳助くんの時代から「紀香ist」である僕としては、何か釈然としない思いだった。どこが面白いのか解らない芸人の悪口を肴に、ちびちび飲んでいた。


 数年来のお笑いブームである。今時は、テレビをつければお笑い芸人の姿には事欠かない。しかしながら、毎度のように同じ芸人の顔とくだらないバラエティ番組ばかり視せられてチョット食傷気味だ。ニュースは視るがドラマは視ない。テレビは視る物が無い。「あるある大辞典」が叩かれているけれど、他局も叩けば埃が出そうだ。中立公平を謳うテレビ局が流しているモノは実は不純物に塗れていて、我々は常に受身で、日々それを摂取させられている事を覚悟しなければならない、のか。
IMGP2637.JPG

 そんなこんなでよくラジオを聴いている。FMがいい。テレビほど押付けがましくないし、色々な音楽が聴ける。それにFMのコマーシャルは"ドラマ仕立"だったりして結構面白い。好きな番組は「山下達郎のサンデーソングブック」と「ジェットストリーム」だ。写真は「オヤジを癒やす箱」70年代モノのマランツ。

IMGP2118.JPG
 またまた長らく更新をサボっているうちに今年も残り少なくなってしまった。もちろん仕事をして、たまに自転車に乗って、命の洗濯をしてなんとか生きている。世間を見れば、イジメだの、自殺だの、犯罪だの、人が死ぬ話ばかりだ。いったいこの社会はどうなってしまうのだろうか。流れてくるニュースに眉間のシワを寄せながら、安い酒を飲んでいる。来たる新年も健康で希望をもって行きたいと思うが、必ず増えるだろう消費税や社会負担を考えると正直、憂鬱な年の瀬であったりする・・。

2008年5月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち時事・ニュースカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは家族です。

次のカテゴリは滋賀です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち時事・ニュースカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは家族です。

次のカテゴリは滋賀です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。