時事・ニュース: 2005年12月アーカイブ

大晦日に

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 2005年が終わろうとしている。どんな一年だったのか。無責任な感想を言わせてもらえば、正直あまり良い印象は無い。株価が上がろうが、郵政民営化が決まろうが、一生活者の視点で見れば他人事だという感覚は否めない。むしろ毎日聞かされる犯罪や暗いニュースで閉塞感は深まるばかだ。とりわけ、子育てをする親としては、幼い子供が惨殺される事件が続いている事がやはり気掛かりである。一日千秋の思いで栃木の事件の解決を待っている。
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 明るい話題といえばスポーツぐらいだ。何と言っても阪神タイガースの優勝だろう。ただ日本シリーズは尻すぼみだった。まあ仕方ない。サッカーの方はジーコジャパンが6月にワールドカップ出場を決めた。来年のワールドカップドイツ大会は楽しみだ。ナショナリズムという面では難しい立場にある僕ではあるが、日本と韓国の両方を応援したい。


 僕自身はロードバイクを覚えた年でもあった。最初はビンディングに慣れずよくこけた。山で事故って重傷も負った。それでも頑張ってまた乗った。それほどたくさん走れた訳でもないが、自分なりに真剣に自転車と向き合った。来年はもっと精力的に乗りたいと思っている。そして何より多くの自転車乗りの方々と知り合えた。それが今年一番の収穫だと思っている。

 女児誘拐殺人に耐震偽造、ロクでもない事件ばかり起こる師走である。中でも宇治市の塾講師による小6女児刺殺はアッと驚く事件だった。報道を聞いて感じるのは、23才の容疑者のとても大人とは思えない幼稚性と呆れ果てるくらいの自己中心さだ。またまた例によって無責任ではあるが、地元で起こった猟奇的とも言えるこの殺人事件について雑感を書きたい。


 昨日、毎日放送の昼間の情報番組「っちゅうねん」を観ていたときの事。司会の上泉雄一と出演者の宮根誠司、お笑いコンビのロザンが事件についてあれやこれやと語っていた。そこでのロザンの菅の発言は聞き捨てならなかった。僕が飯を食っていたら噴飯していたかも知れない。容疑者である大学生と母親の関係についてだが、内容は大体こんな感じだった。
 
 「殺人の原因を教育熱心だった母親のせいにするのはおかしい」
 「これは容疑者本人の問題であって、母親を責めるのはかわいそうだ」

果たしてそうだろうか?僕はそうは思わない。むしろ洩れ伝わる話を聞けば、容疑者の人格形成に於いて母親の役目は重要だっただろうと思っている。正直言うと、僕などは母親が共犯者の様にすら思える。


 教科書には「人を殺すな」とはたぶん書いていないだろうが、普通に社会生活を営んで下半身に毛が生える歳にでもなれば、他人の痛みや命の大切さは解ってくるハズである。しかし、この容疑者の場合それが完全に欠落している。勝手に恨みを抱いて少女を刺し殺す所業は並みの思考回路では不可能だ。相当にあまやかされて育たなければ、あそこまで身勝手な人間は出来ないと僕は思う。


 容疑者はきっと日常の大概の我がままは許されて大きくなったのではなかろうか。学ぶべきハズの道徳や友達関係などは無いに等しく、幼い頃から勉強する事だけが使命だと教え込まれた。命の意味が解らなくても、受験勉強を勝ち抜く術だけは身に着けて大きくなった。こういう人間に必ず着いて回るのが、家庭内暴力や切れる性格だ。しかしながら、今の日本には程度の差はあれ件のような教育環境はステレオタイプとして存在している。僕自身を含めて、今子育てをしている大人たちはこれを反面教師にするべきだと思う。


 もちろん子の犯罪で親が罪に問われる事は無いのだが、少女の命を奪った原因が容疑者の余りにも身勝手な人格にあるとするならば、その形成に大きく関わったであろう親の責任は重大だ。テレビや報道機関は容疑者の家庭を護ろうとする意図があるのかも知れないが、理不尽にも12歳で人生を奪われた少女を思えば、そんな「良識」は寒々しい。他方、幼い娘を殺された親にはプライバシーも何も無い。あるのは絶望と終わりの無い悲しみだけだ。

宇治の小6刺殺、萩野容疑者「女児追いかけ殺害」 : ニュース : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

2008年9月

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