コートジボワール戦の完敗とギリシャを倒せ

日本は負けた。コートジボワールに完敗である。序盤の先制点以外はほとんど見せ場がなかった。期待が大きかっただけに残念で仕方ない。対コートジボワール戦の感想を述べる。

前半、本田圭佑が左足を振りぬくと、ボールはゴール左隅のネットに突き刺さった。私は思は思わず立ち上がって、テレビの前で「ケイスケ!」と叫んだ。日本の勝利を感じさせてくれた瞬間である。

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51(ゴジュウイチ)

おい、ちょっと待てよ!毎年そんなに律儀にやって来なくていいんだ。適当にすっ飛ばしてくれても全然平気だ。もう自分が幾つかなんて意識して生きていないし、勘弁して欲しい。勝手にやって来て、ありがた迷惑なカウントを告げていく。誕生日である。

毎年、黄金週間のさ中にひとつ歳をとる。今年は、たまたま翌日に同窓会があって、申し訳ないことに、同級生の皆から祝ってもらった。51歳である。

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ワールドカップ 2010 雑感

ールドカップが終わった。遥か昔、サッカー少年だったオヤジは、寝不足をものともせず、深夜に身を乗り出して応援した。股間から、涙腺から、いろいろな感情が湧いて出た。雑感を記す。

右サイドを駈け上がった松井が相手ディフェンダーを軽やかに切り返して蹴りいれたボールはファーポスト側に居た本田の足元へ。トラップそしてシュート。日本が格上のカメルーンを撃破した瞬間だ。もう何度も放映されたシーンだが、サムライブルーの快進撃はここから始まった。

生き馬の目を抜く予選リーグを勝ち抜いて日本と韓国が決勝リーグへ進んだ。韓国は実力を発揮すれば突破かと思っていたが、正直、日本はちょっとシンドイかなと心配していた。直前の壮行試合の内容を観ればゲバ評が下がるのも無理ないところ。どっこい日本は見事な闘いぶりだった。日韓両国の決勝T進出は嬉しかった。僕にとっては母国と祖国だ。

日本は試合ごとに強くなった。鎧カブトの堅い護りで強豪オランダと互角に渡りあったし、日本刀の切れ味、文字通り伝家の宝刀のフリーキックでデンマークを一刀両断にした。そして決勝トーナメント。護り切った。決してパラグアイには負けていなかった。しかし勝負は非情だ。PK戦の幕切れはもらい泣きした。

韓国VSウルグアイ。韓国は日本よりひと足先に負けた。しかし凄かった。雨の中の激闘だった。南米の古豪ウルグアイに対して一歩も引かない韓国代表の戦いぶりに感動しない人はいただろうか。勝てなかったけど、アジアの虎と呼ぶに相応しい内容だった。

今大会はアフリカ大陸での開催、しかも南アフリカ共和国である。僕らの世代は、南アフリカと言えば「アパルトヘイト、人種差別政策の国」と学校で習った。地理でも社会でも教科書には、アフリカの国の情報なんて希薄なのに、70年代当時から悪名高いアパルトヘイトについてはそれを非難する記述があった。時は流れてその国で人類の平和と平等を謳う世界最大の祭典が行われたのだから人類は少しは進歩したのか。

日本と韓国。昔、着いて離れた腐れ縁の関係だ。その両国がW杯の舞台に立ち、決勝トーナメントに勝ち上がった。もう奇跡のようだ。W杯はサッカーの祭典であり、民族の祭典でもある。すべてを呑み込む世界観はW杯以外ではありえない。国を背負って命がけで闘う選手は、僕にとって、頼もしく、うらやましく、妬ましい。どうしようもなく纏わり付く感情は自分が在日三世である事を確認させてくれた。

いつの日か、決勝トーナメントで、できればファイナルかセミファイナルあたりで、日本と韓国が闘ってくれたら、本当にそんな日が来たら、嬉しいな。そんな感じでまた4年を待とうと思う。

ジダンの頭突きについて

 W杯ドイツ大会はイタリアの優勝というよりは”ジダンの頭突き”で幕を閉じた。優勝したイタリアへの賛美は何処へやら。善くも悪くも、新聞やテレビは「ジダンの頭突き」一色である。昔、サッカーに明け暮れたオヤジがチョット感想を書く。
 踵を返したジダンが、つかつかと歩み寄ってマテラッツィの胸元に”パッチギ”を放り込んだ。テレビでその場面を何度も見せられた。見事だった。演技よろしくマテラッツィは大袈裟にピッチに倒れた。ジダンはレッドカードで退場となってしまった。
 サッカーの試合では暴力行為で選手が退場処分になるなんて事はザラにある。ただ今回に限っては事情はチョット特別なようだ。事件を深刻にしている要因が幾つかある。それは先ず、舞台はW杯の決勝であった事。退場処分となったジダンはフランスの英雄であった事。そのジダンはこのW杯で引退を決めていた事。ジダンはアルジェリア移民の子だった事。どうやらマテラッツィは人種差別もしくはそれに近い事を言ったようである事。日本でも大変な事件として報道されているけれど、サッカー立国がひしめく欧州あたりでは、それはそれは大事件である事は想像に易い。
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 テレビで会見したジダンによると「母と姉に対する誹謗中傷を繰り返し受けた」と言っている。歯切れの悪いマテラッツィの発言を合わせて考えると、どうせロクな事は言っていないだろう。しかしながら、僕はジダンの行為が良いとも思わないし、退場処分とした主審の判断も当然だったと思う。蹴りだのパンチだの頭突きだの、そんな行為を許していたらサッカーにならない。ただ、家族を中傷されてカッとなったジダンの事を僕は嫌いじゃない。
 一連の報道を見ていると、事の本質は「差別や人種」といった事に集約されてきそうだ。そうなれば事は簡単には治まらない。ジダンの行動は少々稚拙だったかも知れない。でもそれによって世界中に流れた映像は、あらゆる人種を飲み込んだ唯一のスポーツであるサッカーが、そうであるが故に患う病巣の一端を晒した瞬間でもある。そして、肌の色も、宗教も、貧困も、全てを巻き込んだ戦いがサッカーなんだと改めて思い知らされた。僕は頭突きでピッチを去ったジダンを見たとき、アジア人が勝てない理由を見たような気がした。FIFAがジダンに与えた最優秀選手の称号を取り消すというならそうすればいい。家族と自らの尊厳を護るためレッドカードで現役最期を迎えたサッカー選手、ジダンを僕は忘れない。
 
 文章冒頭の”パッチギ”とは韓国語で「頭突き」の意味。ついでに言うと”パッチギ”は放り込むモノだ。昨年、井筒和幸監督の作品で同名の映画がヒットした。あれは面白かった。写真は我家のインチキ風水師が作る夏の定番、冷麺。味はまさに”パッチギ”だろうか。

ワールドカップサッカーと運命のクロアチア戦

 W杯サッカーについて少し書く。思えば数年前、アジア初の開催国を巡っての綱引き合戦の末、FIFAが下した決定は、日韓で共同開催せよ、というモノだった。えっ、そんなのありかよ、と思ったが、商売上手なFIFAが考えそうな”落し処”を両国は受け入れた。かくして、世界最大の祭典は、欧州でもなく、南米でもなく、アジアの小さな半島と島国にやって来た。
 開催国である日本と韓国の快進撃が鮮烈だった。日本は悲願の決勝トーナメント進出を果たし、他方、韓国に至っては欧州の列強をなぎ倒し準決勝進出という快挙を成し遂げた。いくら地の利があるとはいえ、韓国があそこまでやるとは思わなかった。野球大国日本もこの時ばかりはサッカーに沸いた。
 2002年の熱狂から4年が経った。時の流れの速さに唖然とするばかりだ。今大会、嬉しいのは、日本と韓国がそろって出場する事である。在日の僕にしてみれば、”育った国”と”ルーツの国”がそろって出るというのは願ったり叶ったりで、それはそれは楽しみにしていた。楽しみは二倍だ。ただ、今回のW杯は前回とは大分勝手が違う。何せ、戦いの場所は欧州サッカーの総本山、ドイツである。日本と韓国にとっては”超”の付くアウェーだといえる。
 オーストラリア戦の当日、僕は朝から落ち着かなくて、それで自転車に乗って気を落ち着かせていた。対戦日程を見れば”初戦が全て”だという事は分かり過ぎた命題だった。先制した日本だったが、後半の最後、目前だった勝利が、勝ち点が、掌をすり抜けた。
 相手の将は2002年に韓国を準決勝に導いたヒディングだった。何の因果だろうか。負けた翌日の新聞はジーコの采配をメッタ切りにした。そしてヒディングはまたまた株を上げた。敗因を分析しするのも大切だろうが、それはもう、そこそこでいい。力が拮抗する相手との消耗戦に必要なのは、やはり強い気持ちだ。
 韓国はトーゴ相手に鮮やかな逆転勝利だった。逆転弾を決めた安貞桓(アン・ジョン・ファン)が脚を振り抜いたのはPエリアのずっと手前だ。シュート数ではオーストラリアの半分以下で負けた日本に足りなかったモノは、もう十分にマスコミが並び立てている。はっきり言ってクロアチアは強敵だ。しかし、日本が最高のパフォーマンスを見せれば勝てる相手だ。こういう試合の土壇場では精神力がモノをいう。高原は、柳沢は、前線は、相手を二、三人引きずってでも、なぎ倒してでも、シュートを打て!決戦まであと4時間、日本の勝利を信じる。

ワールドカップサッカーと思考中絶

 ジーコジャパンは北朝鮮を見事打ち砕いて、W杯出場を決めた。ジーコ監督も選手達も本当によくやったと思う。そして韓国もドイツ行きを決めた。二つの国が出場決定した事は素直に嬉しい。在日三世の僕にとっては韓国が「祖国」ならば日本は「母国」だ(こういう表現が適切かどうかは判らない)。来年、ヨーロッパサッカーの総本山とも言えるドイツで日本と韓国の活躍を見る事ができれば、それは最高である。
 先の2002年日韓共同開催W杯では、日本でも多くの人がこれまでに無いぐらいナショナリズムの高まりを感じたのではないだろうか。そんな高揚感をもって応援できるのは楽しい事だ。それは人類共通のスポーツ、サッカーならではだろう。日本人は日本代表を韓国人は韓国代表を応援して燃え上がるのが正しい楽しみ方である。国家的アイデンティティという面では流浪の在日はどうするのか。W杯で日本と韓国が当たるような事があった場合、どちらを応援するのか。そんな場面を勝手に想像して、僕は悩んでしまう。
 
 今、僕の身の周りにサッカーW杯ほど民族を意識させてくれる事象はない。が、民族的にどういうスタンスでW杯に臨むのかが曖昧だ。いくら祖国は韓国だといっても、選手の顔も名前もロクに知らないチームを応援できるだろうか。日本にいる以上、日本代表の情報量が圧倒的で選手一人ひとりに馴染みがある。中田や俊輔や小野の活躍が見たいと思っている。どうやら韓国と当たったとしても日本代表を応援したいと言う気持ちが強いような気がする。でも韓国人の僕が日本を応援するのもチトおかしい様にも思える。正直なところ、自分でもはっきりと判らないのである。そこで「対戦が決まってから考えればいいだろう」と思考を中絶するのである。

言いたい日本VSバーレーン

 バーレーンの守りの堅さは半端じゃなかった。日本は攻めてはいたが、決め手を欠いていたのも事実だ。コーナーキックを含めて空中戦のアドバンテージは相手にあったし、頼みの俊輔のFKはことごとく相手選手に阻まれていた。後半20分を過ぎても無得点という展開に僕は強いストレスを感じていた。
 どんな形であれ勝つ事が全てだ。もらった点とは言っても、そこに至るまでにファウルを誘う玉田の切り込みと正確な俊輔のFKがあってのゴールだ。いうなれば日本代表の気迫がもぎ取った勝ち点3だろう。
 しかし、僕は言いたい事がある。中盤でボールを奪ってからのカウンター攻撃は不満だ。大事にし過ぎるのか、横パス後パスが多すぎる。勝負所のカウンターがカウンターになっていないのだ。緩急のない攻撃が相手に守りを固める時間を与えてしまっていた。
 ゴールを決めたサル・ミーン選手は相手の司令塔だ。オウンゴールの直後、彼は泣いていた。チョット気の毒な気もするが、今夜は泣き明かしてもらおう。勝負は非情だ。
asahi.com:日本、バーレーンを1―0で破る B組2位に W杯予選?-?スポーツ