冬のオリンピックとフキノトウ

暦の上では立春を過ぎている。しかしながら今年の寒さは別格、例年になく厳しい冬である。「アナと雪の女王」の仕業か、北陸あたりでは、道が閉ざされて、街が凍りついている。立春とは言うが、どう見ても今が寒さのピークで、春は遥か彼方だ。これほど厳しい冬をくぐり抜けたあかつきに、訪れる春は、さぞかし素晴らしいに違いない。そう期待しておく。

コタツでオヤジにとってのソウルフードのトックを食べながら、テレビで平昌オリンピックを見ていた。しかしまあ、氷上や雪上のスポーツにあまり興味がないせいか、いまいち面白くない。メディアを見るかぎり、今回のオリンピックは、競技そのものよりも、北朝鮮によるオリンピック外交や各国の思惑が注目されている。分断された半島国家の真ん中で開催されたオリンピックの運命か、政治色は強い。さもありなん。

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冬の花と脂肪の鎧

1月最後の日曜日。ここ数日の強烈な寒波のおかげで、大原野の冷え込みも相当に厳しい。気象予報によれば、シベリアから降りて来た寒気団は、何十年に一度のレベルの凶悪寒波だという。降雪は積もるほどでは無いが、朝方の気温は零下、凍てつく冬である。

ここひと月、忘年会、食っちゃ寝の正月、新年会と、オヤジの身体は充実の一途、寒ブリのように脂がのっている。なんとかしようと、少しばかり運動しては、また食うというマッチポンプである。

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初冬の青空とストーブの点火

OLYMPUS DIGITAL CAMERA風はすっかり冷たく乾いている。大原野の丘陵をハロウィンカラーに彩った柿の収穫もすっかり終わった。紅葉はピークを過ぎて、広葉樹は刻々と葉を落としている。ナンだカンだと温かい11月だったが、下旬になってさすがにソレっぽくなって来た。テレビのお天気キャスターは、「寒い冬になる」と言った。

朝晩の冷え込みと引き換えに、晴天率は高い。キリリと締まった青空が現れたある日、ロングのサイクルパンツをはいて家を出た。駆るは勿論、健康診断でコレステロールの値を指摘されたオヤジの頼みの綱、ロードバイクである。

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長雨と彼岸花

1610trekcosmos牛車のようにノロマな台風のおかげで、9月は雨ばかりだった。雨が多い時節とは言え、これでもかと降り倒した感がある。お尋ね者の太陽が現れた10月の初旬、身支度を整えて家を出た。跨るのは、オヤジ世代の喜びも、悲しみも、おなかのゼイ肉も、すべてを乗せて放浪へといざなってくれる例のアレである。

大原野のそこかしこでも彼岸花が咲く季節だ。実りの季節を迎えて、褐色に変わりつつある田圃の畔に彩を添える。その名の通り、お彼岸の頃に咲く彼岸花は、故人を連想させる。

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街道のしだれ桜

minka-sidare02桜の季節、京都はどこもかしこも賑やかである。自転車オヤジが夢遊病者のようにうろつく大原野も一年で一番華やかな時期を迎えている。4月上旬、普段は静かな街道に、多くの乗用車や観光バスが入って来る。西山の峻峰 小塩山の麓には、『花の寺』の別名がある勝持寺があるし、そこから石段を降りれば、千眼桜の大原野神社がある。ガイドブックに載る様な桜でなくても、西山の風景に溶け込む桜は、どれも美しい。

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ゲスの極みベッキー清原つれづれ

年が明けて、ひと月以上が経った。節分が過ぎた週末、むしゃむしゃと巻き寿司を食べながら、コタツに座って、これを書いている。凄く寒い日もあるにはあったが、この冬はやはり暖冬だ。二十四節気によると、2月の上旬は『立春』にあたる。暦というのは凡そせっかちだが、それによるともう春である。肩透かしのような冬はこのまま終わって、春がくるのか。春は近いのか。大原野の畑には菜の花がお目見えした。

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自転車おやじのボンゴレロッソ

151018oe-kakibatake01乾いた秋空は、これでもかと言うくらい青い。ひとシーズンに何度もない快晴だ。そんな絶好の日和に、お気に入りのジャージを着て、家を飛び出した。駆るは、もちろん例のアレだ。

ニソト(京都第二外環状道路)の大原野インターチェンジがある辺りは、大枝山と言って、もともと柿畑だった場所だ。10月も半ばを過ぎた頃、今年もタワワに実った富有柿が丘陵地を彩る。秋の富有柿は、春の筍と並んで、洛西の目玉である。

西山々麓、大原野。田畑と竹林を縫って続く細い坂道に、民家、神社、ため池等が点在している。麓を貫いた高速道路の橋脚が連なっている事を差っ引いても、景色はまだまだ牧歌的だ。

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