中書島の灯りと昭和の雀

中学のバスケット部のキャプテンだったMとは、浅からぬ縁がある。小学校らか大学まで同じ学校に通った。大学は学部まで一緒。バイトも一緒にした。同じ空気を吸って大人になった。そんな間柄の我々は、音信が途絶えた時期もあったが、よわい50代半ばに達した今も、着かず離れずの関係でいる。

その友と待ち合わせたのは、京都伏見の中書島である。なんだか得体の知れない『令和』という時代が迫る今にあって、昭和の匂いがする町である。我々は、数年に一度、中書島で飲むのが恒例のようになっている。

中書島は町と川が融合した場所である。戦国時代の末期、伏見の城下に、宇治川の流れを引き込み、水路を築いたのは、豊臣秀吉である。天下人が、治水こそが国家運営とばかり、伏見の地に創ったのは、人や物資が行き交う内陸の港湾都市だった。そこには当然のように遊女たちも集まった。それから400年、中世、近代、戦後の売春防止法まで、中書島の色町としての歴史は長い。一時期は、吉原、島原を凌ぐ歓楽街だったという。いろいろな意味で、魅力的で由緒正しい土地である。

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天ヶ瀬ダムと石山寺と南禅寺の青瓶珈琲

アーチ型のダムサイト越しに紅葉が燃えていた。晩秋の弱い太陽が照らすのは金糸銀糸の広葉樹たちだ。桜も紅葉も散りぎわが美しいというが、さもありなん。人造物であるコンクリート壁と自然とが作る風景は見事である。

師走になったばかりの平日、車の助手席に家人を乗せて家を出た。今時は、北の方から寒気団が下りて来ない限り、穏やかな天候が多い。朝の空気は乾いて凛としている。京都の紅葉劇場も千秋楽が近いが、紅葉を観ようとやって来たのは、宇治川の上流、天ヶ瀬ダムである。ベタでささやかではあるが、夫婦紅葉散策は恒例の行事である。

小学校の遠足だったり、釣りだったり、若い頃、赤いクーペに乗って夜な夜な攻めた宇治川ラインだったり、誰かの車がオシャカになったり、思い出はいろいろある。そんな天ヶ瀬ダムだが、オヤジになった今、年に数回は、ロードバイクでやって来る。時速20キロで観る景色はどうにも魅力的だ。

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桜を数える妻とキッチンに立つ夫

3月の終わり、例年より少し早く、背割り堤の桜は満開を迎えた。青空に薄いピンクのソメイヨシノが映えている。私は毎年のように、この桜を観ている。その桜並木を家人と歩いた。家人が言った。

「あと何回桜を観れるかな」

なんでも先ごろ聴いた竹内まりやの曲の中に、同じ問い掛けがあったという。確か「デニム」というアルバムに、そんな歌があった。調べると「人生の扉」という歌だった。私も歌の詩に共感を覚えながら桜を眺めた。そして、桜が散ってしばらくすると、私たちは一つずつ年を取る。

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龍の湖と月ヶ瀬梅渓 -春の輪行その1-

春の早朝。パッキングしたロードバイクを担いで、電車に乗った。自転車業界で言うところの輪行(自転車を手荷物にして電車に乗る事)である。スポーツバイクが人気の昨今、輪行については、あちこちの雑誌やメディアで紹介されている。自転車のパッキングと多少の作法を習得すれば、電車と自転車の連係で活動範囲は格段に広がる。花粉の飛散と共にオヤジの鼻はムズムズ、気持ちはソワソワ、前夜からゴソゴソと支度をして、ひとり善がりなオヤジの旅の始まりである。

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スコッチ&レイン -都雅都雅にて-

四条寺町の界隈。昔は電気屋がずらりと軒を連ねていたが、今は夢の跡だ。その寺町通りの一角、雑居ビルの地階に都雅都雅がある。街にはボチボチXmasの装飾が見え出した週末、インチキ風水師こと家人を連れやって来たのは、京都の老舗のライブハウスである。

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梅雨の政局放談 -俺に言わせろ-

梅雨の日曜日。ビルの谷間から雨上がりの夜空が覗く京都駅前。オヤジ3人がエビスBARのテーブルに着いた。皆うるさい50代だ。ビール片手に何を話すのか。この日の議題は『政治』だ。

森友、加計と次々に出てくる疑惑。春先からの数ヶ月、メディアは盛んに報じた。発端は森友学園の土地取引である。「安倍晋三小学校」よろしく、少し前まで安倍首相の親衛隊長だったような籠池氏が、今は政権の仇敵になっている。ドラスティックな展開と個性際だつ登場人物、新喜劇もかすむようなドタバタ劇である。

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