桂川チルドレン

「桂川には行ってはいけません」

kuzebashi40s-01私が小学生だった頃、学校の先生からいつも聞かされていた言葉だ。桂川は行ってはいけない場所だった。もちろん水の事故から子供を守るためなのだが、夏休みの前になると、語気はさらに強まる。全校生徒が集まる朝礼の場で、校長が言う。「長い夏休みに入りますが、桂川に絶対に近づいてはいけません」と念を押された。

そうは言うものの、桂川は、魚やザリガニをはじめ、水場の生物がいっぱいいる。絶好の遊び場だし、自然の宝庫だ。行けば楽しいに決まっている。しかも目と鼻の先だ。子供たちにしてみれば、”禁断の魔境”こそが行ってみたい場所である。桂川はそんな場所だった。

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吉祥院で忘年会

131222rakuyobonenkai 008雪こそ降らなかったが寒い夜だった。Xmasウィークを迎えた京都の寒さは文字通り底冷えである。マフラー巻いてダウンジャケットのジッパーを上げて駅のホームで電車を待った。目的地は南区吉祥院、思春期を過ごした場所だ。

幻の同窓会から、はや5週間、集まったのは50歳の同窓生たちだ。その数24人。忙しい年の瀬に、万難始末をつけて、みんなそれ相応の覚悟で参加したはずだ。洛羊会の忘年会である。

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自転車道と美味しい讃岐うどん

久しぶりにちょっと長めに走った。例によってnasubiさんに同伴してもらった。自転車道を走り切って、大きなお地蔵さんがいる泉橋寺で折り返して、山背古道の冷たい空気を吸って、ハアハアいいながら漕いだ。そんなこんなで、その夜はいつもにも増して空腹だった。
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つい最近、京都市の南区の国道171号沿いにうどん屋が出来た。丸亀製麺である。麺が茹で上がるまで並んで待つというセルフタイプの店である。海老天やら、野菜天やら、ちくわ天やら、好きな具材をトッピングできる。刻み葱はフリーだから好きなだけ欲張れる。
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もともと打ちたての美味しい讃岐うどんだけれど、自転車に乗るとさらに美味くなる。無防備にも、無警戒にも、あれやこれやと食ってしまった。美味すぎるのも困りモノである。因みに、この新店は自転車道の久世橋辺りからはすぐソコである。

吉祥院天満宮 祭りが終わると

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 台風11号が近づいていた。台風が暖かく湿った空気を運んできたおかげで、京都も蒸暑かった。そんな不快な気候にもかかわらず、吉祥院天満宮の境内には大勢の大人や子供で賑わっていた。どちらかと言うと小ジンマリした参道と境内に露店がずらりと並ぶ風景は昔と変わらない。でも子供の数は昭和の時代に比べると確実に減っているのだろう。
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 台風の影響だろうか、この日行われるハズだった六歳念仏踊りは翌日に延期になったそうだ。子供の頃、小銭を握り締めて何度も来ていたハズだけど、六歳念仏踊りをまともに見た記憶はない。りんごあめやら、カキ氷やら、なんやらかんやら、モノを買うのに必死だったのだ。まあ小学生あたりに地元の伝統芸能に興味を持てという方が無理というものだ。京都五山送り火が終わって、この祭りが終わると夏休みも本当に終わるのだ。長い長い夏休みだったけど、永遠には続かない事を知らされる時期だった。

夏の相棒

 愛称はヤッピーと言う。毎年夏になると事務所の窓に現れるヤモリのことだ。真夏の夜、窓の灯りに誘われて網戸に蚊や虫が群がる。それを捕食しているのがヤッピーだ。今日はよほど機嫌が良いのか、こうして昼間に姿を見せている。
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 僕はいつもヤッピーの居る窓に背を向けて座っている。距離にしておよそ3mぐらいである。ここに居る目的はそれぞれ違うけど、そんな距離間でお互いひと夏過ごすのだ。蒸暑い夜には必ずそこに居て、気が向いたら虫を食べている。捕食の瞬間を何度も見せてもらったが、それは目にも止まらぬ早業だ。動いたと思ったら次の瞬間に獲物は口の中にある。モノ言わぬ相棒がパフォーマンスを見せてくれた瞬間でもある。
 気楽そうに蚊や虫を食べるヤッピーであるが、危険が無い訳ではない。食物連鎖のピラミッドの中で見れば中位に位置するヤモリやトカゲは常に上位のカラスやトンビに狙われているのだ。だから昼間はメッタに姿を見せない。用心深いヤッピーは忍者でもある。何と彼のスーツはいろんな色に変化するスグレモノだ。コンクリートの壁にだって隠れてしまう保護色は見事だ。そんなヤッピーとも、もうすぐお別れである。

キャベツ畑でつかまえて

 鳥羽・吉祥院辺りは至る所に田畑がある。作物の代表格として九条ネギなんかは有名だ。もちろんネギ以外にも野菜はいろいろ作っているようで、聞くところによると、鳥羽・吉祥院は農地としてはよく肥えた土地なんだそうだ。実は僕の仕事場のすぐ裏もキャベツ畑になっている。春先に小さな苗を植えたかと思ったら、グングン大きくなって、今では大きな緑の葉を広げている。その昔、僕にも無邪気な時代があって、キャベツ畑でモンシロチョウを捕まえていたのを思い出す。因みにモンシロチョウの英語名はキャベツ・バタフライである。
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 収穫はまだチョット先の事だろうが、昨年夏の収穫時には、汚れて商品にならないキャベツを農家のオジサンは分けてくれた。今年ももし貰えたら、「お好み焼き」が良いんじゃないかと妄想している。オフコース、九条ネギは外せないぞ。

吉祥院商店街と八百屋のみっちゃん

 葛野大路通りを北へ向いて歩いた。九条通りにぶつかる200mぐらい手前の路地を右に曲がるとそこは吉祥院商店街の西の端である。看板に「なんでもぞろう」と書いた荒物屋があって、その向かいにはゾウのサトちゃんが佇む薬局がある。こんな調子でお店が続いているのかと言えばそうではなくて、民家の中にお店がポツリポツリとあるといった風だ。それでも頭上には商店街のシンボルとでも言うべき多色の三角連旗が掛けられていた。
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 私が小学生だった70年代頃はこの商店街も相当賑やかだったはずで、クラスには八百屋やお菓子屋の子供がいたのを憶えている。八百屋のみっちゃんはよく学校に遅刻してきた。体の大きい男の子だったけれど動作が鈍くて、いつも誰かに泣かされていた。ある日の学校帰り八百屋の前を通るとみっちゃんはお店を手伝っていた。遠足の前日になると、商店街のお菓子屋にみんなはおやつを買いに行った。名前は憶えていないが、クラスにそのお菓子屋の娘がいた。家がお菓子屋だという事でみんなから羨ましがられていた。でも家業を鼻にかけているようなところがあって何か嫌味だった。
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 吉祥院商店街を東に暫く行くと酒屋があるT字路に出くわす。そのすぐ南には吉祥院小学校がある。僕の母校だ。閑散とした商店街にあって、この付近は比較的お店が集まっている。魚屋、漬物屋、クリーニング屋などが商売をしている。しかし、決して繁盛はしていないだろうし、お店の人は高齢だ。もう少し東に行くと僕の祖父が入院していた吉祥院病院があって、西高瀬川を跨いだ商店街は西大路通りに出て終わる。通りの向こうには大型小売店舗のジャスコ洛南がそびえている。