チャイニーズレストラン

ロビーの中央に立てられたXmasツリーを見れば、師走の風情である。大正チックに設えられたロビーのソファーには数人の客がいた。見たところ、ほとんどが私より年輩者だ。めったに来ないホテルに来たのは、食事をするためである。同伴者は、インチキ風水師こと妻である。

「京都ホテルオークラ」は、元は「京都ホテル」である。「京都ホテル」と言えば思い出す事がある。良くも悪くも、世の中が脳天気で明るかったバブル期、60mという今の高さへの改築をめぐって、景観論争が繰り広げられたのだ。それは、議会、市民団体、仏教会、マスコミなどを巻き込んだ、けっこう激しい論争だったと記憶している。かくして、出来上がったホテルは周辺の建造物を見下ろす威容である。京都市役所の東隣、河原町御池という立地もあって、今や完全に街のランドマークである。

中華料理と言えば、「餃子の王将」と私の相場は決まっているのだが、今回ばかりは逸脱している。ホテルの中華レストラン、着いた席は、窓から庭が見える静かなテーブルだ。21回目の結婚記念日。紛争がなければ、ささやかではあるが、こうして食事するのが慣例である。

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長雨と彼岸花

1610trekcosmos牛車のようにノロマな台風のおかげで、9月は雨ばかりだった。雨が多い時節とは言え、これでもかと降り倒した感がある。お尋ね者の太陽が現れた10月の初旬、身支度を整えて家を出た。跨るのは、オヤジ世代の喜びも、悲しみも、おなかのゼイ肉も、すべてを乗せて放浪へといざなってくれる例のアレである。

大原野のそこかしこでも彼岸花が咲く季節だ。実りの季節を迎えて、褐色に変わりつつある田圃の畔に彩を添える。その名の通り、お彼岸の頃に咲く彼岸花は、故人を連想させる。

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シングルモルトウイスキーの高騰と夫婦の恒例

1年ほど前、2,000円だったモノが、今は3,000円である。6,000円だったソレは12,000円の値を付けている。もっと高騰してるモノもある。デフレのご時勢にどうだ。秋になれば値は下がるのかと期待していたが、アテは外れた。株の話ではない。ウイスキーの話である。

NHKドラマ『マッサン』やハイボール人気でもって、ウイスキーの品薄が報じられたのは春から夏にかけてだった。何年も寝かせてから市場へ出荷するウイスキーは、ビールと違って、急な増産が利かない。サントリーの看板商品である『山崎12年』は、12年前に樽に仕込んだ分量がすべてだから、取り合えば値は上がる。需要と供給のバランスでもって価格が決まるのは、資本主義経済の大原則であるが、高値が付きっぱなしというのも困りものだ。

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格安スマホ「白ロム」で通信費を圧縮する

ガラケーを使っていた息子のためにスマホを買った。買ったのは、いわゆる「白ロム」、SIMフリーのスマホである。私もそれがどうゆうモノなのか今ひとつ曖昧だったので勉強させてもらった。ごそごそとネットの情報を漁って、手に入れたのは『freetel priori2』という格安スマホである。

ずっとドコモの携帯電話を使って来た。契約年数は、10年越えどころか、もう15年ぐらいである。私は上得意の顧客だ。現在、家族の分も含めて計3台の携帯電話を契約しているが、料金は高すぎると思っている。通信費の圧縮は命題である。

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錦秋の嵐山を夫婦で散歩する

家人と紅葉見物に出かけた。11月下旬の土曜日のこと。秋晴れの散歩日和である。満員の阪急電車に揺られて、ローカル線に乗り換えて、終点駅に着いた。ふたり合算で95歳という中年カップルが降り立ったのは、紅葉のメッカ、嵐山である。

141122togetukyo-01京都紅葉劇場は今年も大盛況である。人であふれかえる渡月橋が、ボトルネックとなって、歩くのもままならない。なるほど、やはりここは日本屈指の観光地だ。渡月橋の北側一帯は、世界文化遺産である天龍寺をはじめ、重文級の寺院古刹が点在する。もはや喧騒から聞こえてくるのは、中国語や韓国語だ。国籍不明の人波が、ボトルの口から吐き出されていった。

 

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親子サイクリングと蓮の花

気温はうなぎ上りだ。梅雨が開けた京都の空は、凶暴な太陽がワガモノ顔で燃えている。消費税の増税で景気は冷え込んでも、京都盆地の高温多湿は健在だ。嵐山へ向かう自転車道も、自転車乗りの姿はチラホラである。

oyako-cycle001この日、私は同伴者を従えていた。高校三年になる息子である。身長170cm弱、体重54kg、メガネを掛けている。親が言うのもなんだが、疑いようのない草食系男子である。小学生ぐらいまでは、何かと私に張り付いて来た息子だが、今はすっかりそっけない。自分は一人で大きくなったと思っているのだ。

朝、ひと汗かきに嵐山まで走るかと息子に聞くと、めずらしく行くとの返事だった。そんなわけでロードバイク2台を連ねて自転車道に繰り出した。めったに無い親子サイクリングは、春でもなく、秋でもなく、わざわざ真夏である。

 

 

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娘と語る集団的自衛権

「アメリカが戦争をすれば日本も一緒になって戦う、かんたんに言うとそういう事だ。」

今月、沖縄の修学旅行から帰った娘から「集団的自衛権」について聞かれたのでそう答えた。娘はちょっと前から家で憲法9条について話すようになった。学校で憲法を勉強したはいいが、それをないがしろにしようとする昨今の政治について疑問がわいたようだった。そしてその疑問は沖縄旅行の平和学習でさらに深まったようだ。

安部政権は憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした。いわゆる「解釈改憲」である。もちろん問題は政治の世界だけの話ではない。意識しするしないに関わらず、この国に生きるすべての人の命に関わる問題である。無責任は承知で雑感を述べる。

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