モノクロの秋とサイレントマジョリティ

太陽を見ない10月だった。例年ならスカッとした青空が広がる時期であるはずだが、長雨と大型台風のおかげで、散々である。見上げれば灰色の空、モノクロの秋である。

台風一過。やっと秋晴れの空と太陽が現れたかと思いきや、それも束の間。頼みもしないのに、またまた台風がやって来ている。10月最後の週末も天気は怪しい。あちらこちらで、行楽行事を潰された人のボヤキが聞こえてくる。

衆議院選挙。期日前投票をした。今の政治を見ると、憲法違反の安保法や言論思想統制になるような共謀罪を強行採決したり、首相のお友達が運営する学校法人に多額の補助金が流れるような不正をしたり、国会での追求を逃れるためにデタラメや嘘を平気で言ったり、国民の生活を顧みずに増税をしたり、まあどうだ醜聞と悪事は枚挙にイトマが無い。そんな最悪の安倍政権に反対する票を私は投じた。

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梅雨の政局放談 -俺に言わせろ-

梅雨の日曜日。ビルの谷間から雨上がりの夜空が覗く京都駅前。オヤジ3人がエビスBARのテーブルに着いた。皆うるさい50代だ。ビール片手に何を話すのか。この日の議題は『政治』だ。

森友、加計と次々に出てくる疑惑。春先からの数ヶ月、メディアは盛んに報じた。発端は森友学園の土地取引である。「安倍晋三小学校」よろしく、少し前まで安倍首相の親衛隊長だったような籠池氏が、今は政権の仇敵になっている。ドラスティックな展開と個性際だつ登場人物、新喜劇もかすむようなドタバタ劇である。

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ゲスの極みベッキー清原つれづれ

年が明けて、ひと月以上が経った。節分が過ぎた週末、むしゃむしゃと巻き寿司を食べながら、コタツに座って、これを書いている。凄く寒い日もあるにはあったが、この冬はやはり暖冬だ。二十四節気によると、2月の上旬は『立春』にあたる。暦というのは凡そせっかちだが、それによるともう春である。肩透かしのような冬はこのまま終わって、春がくるのか。春は近いのか。大原野の畑には菜の花がお目見えした。

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安保法案と忌野清志郎

「地震のあとには戦争がやってくる 軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる」

冒頭の一文は、58才の若さでこの世を去った忌野清志郎が残したメッセージだ。自転車乗りであり、反戦、反原発と、常に時代の歪を見つめた稀代のロッカーだったのが忌野清志郎だ。もし清志郎が生きていたら、今の日本の現状を見て何と言っただろうか。

まともな議論もされないまま、平和憲法がねじ曲げられようとしている。私は中年オヤジで、自転車に乗っては、独り善がりな日記を書いている。普段、政治ネタをブログに書く事は無いけれど、今回は思うところを書く。高校生と大学生の子を持つ親として、日本を再び戦争へと引きずり込むような、安保法案に関して意見を述べたい。

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ハイボールBARにて

wpid-1425728376466.jpgランタンが灯る夕暮れ時、とあるハイボール酒場のカウンターは、仕事帰りの男たちが鈴なりである。男たちがハイボール片手に熱い視線を送るのは、エプロン姿も美しい遥ママだ。厨房でママはアテの鯵フライなんかを作っている。そんな店があるのなら、私も行きたい。これはサントリーの角瓶のCMである。

ジャパニーズウイスキー造りのために人生を掛けた男、竹鶴政孝氏とスコットランド人妻の姿を描いたNHKドラマ『マッサン』。こちらも人気だ。私も夜の再放送で観ている。こちらはニッカウヰスキーの話である。自転車オヤジは、ここ最近、ニッカの『竹鶴』で作ったハイボールで”家飲み”している。

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オータムテキストと満月モール

神無月。手品のように咲いた彼岸花は、田圃のあぜに散った。代わって、街道の路肩を飾ったコスモスだったが、それももう終わりだ。日ごとに冷める空気が山里の景色に明暗を与えている。忍び寄る秋の仕業は、研ぎ澄まされた刃物のように、膨張した万物から熱を奪い、余分を剥ぎ取り、本質をさらそうとする。銀輪に反射する弱い光が、つるべ落としの夕闇に銜えられて一日が終わる。容赦のない修練の後に残った物、それが分け前だ。

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娘と語る集団的自衛権

「アメリカが戦争をすれば日本も一緒になって戦う、かんたんに言うとそういう事だ。」

今月、沖縄の修学旅行から帰った娘から「集団的自衛権」について聞かれたのでそう答えた。娘はちょっと前から家で憲法9条について話すようになった。学校で憲法を勉強したはいいが、それをないがしろにしようとする昨今の政治について疑問がわいたようだった。そしてその疑問は沖縄旅行の平和学習でさらに深まったようだ。

安部政権は憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした。いわゆる「解釈改憲」である。もちろん問題は政治の世界だけの話ではない。意識しするしないに関わらず、この国に生きるすべての人の命に関わる問題である。無責任は承知で雑感を述べる。

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