杉谷集落と善峯寺の紫陽花

080613 018.jpg雨の中休みが青空をくれた。ほんじゃと金蔵寺に至る山道を上った。竹林と棚田を縫って、ゆっくり散歩である。とは言うものの、道はだんだん険しくなって来る。峠近くの勾配は極悪非道で、コンクリート路面は荒れている。余り頑張ると、ロクな事ないので押して歩いた。が、クリートが滑って歩くのも難儀である。

逢坂峠を越えると分かれ道に出る。直進で高槻市、左折して杉谷。杉谷方面には大型車は入るなと書いてある。道が狭くて急峻なのだ。左折して杉谷へ向いた。

“杉谷集落と善峯寺の紫陽花” の続きを読む

金蔵寺とマザコン自転車乗り

母に会いに行った。母の日の翌日の事だ。いつもは車で登る坂道をその日は自転車で登った。判ってはいたが、やはりこれが厳しい坂だった。その道は京都市と高槻市の境にある峠道で、頭上の山は小塩山という。周辺は竹林と田畑ばかりだが、田畑が途切れると坂の勾配が増して来る。まあ場所によっては洒落にならない。その小塩山の中腹に金蔵寺という小さな寺がある。ひっそりとした山寺だ。その寺に母が遷ってから14年が経つ。
KICX1695.JPG

調べると金蔵寺を再興したのは桂昌院だとある。桂昌院とは徳川五代将軍綱吉の母である。その五代将軍綱吉は相当なマザコンだったらしい。天下の悪法「生類憐みの令」が世に出たのは”桂昌院が生まれた年が戌年だったから”という話がある。ちょっと古いが、NHKの大河ドラマ「元禄繚乱」で、何かにつけ母親を頼りするマザコン将軍の姿を萩原健一が好演していた。たしか桂昌院役は京マチ子だったと思う。

三月ぶりに母のところに寄った後、峠道をさらに漕ぎ進んだ。峠付近でアスファルトは途切れる。換わりに円形痕が付いたコンクリートに変わる。そのあたりの勾配はもう非常識であるし、道は悪い。途中で泣きを入れて、なんとかよじ登ると京都の伏見・乙訓あたりが一望できた。

京都府と大阪府を分ける逢坂峠を下れば高槻市である。途中、採石場が幾つかある。ダンプが引っ切り無しで平日は走り難い。辺りはホコリっぽくて、道も草も真っ白だった。高槻の市街地まで下りて、コンビニで補給。食ったのは、プリン、どら焼き、ウィダーインゼリーである。水無瀬、大山崎を経て、帰路に着いた。この日、会津若松で少年が母親の首を切った事件が報じられた。言葉も無い。56km。