しまなみ海道とお遍路文化 -瀬戸内しまなみ海道の旅その2-

しまなみ海道とお遍路文化 -瀬戸内しまなみ海道の旅その2- | 竹輪野オレンジフェリー

オレンジフェリーは定刻通り、朝6時に東予港に到着した。たまに響く船のスクリュー音を聞きながらの一夜だった。浅い眠りから目覚めた私は、身支度をして、組み立てたロードバイクを引いて船を降りた。

生まれて初めて四国に足を踏み入れた。輪行して四国に入るという、ここ数年の希望が叶った朝だった。曇り空で気温は相当低い。ショートのレーパンではちょっと寒い。予報によれば晴れになるハズである。

瀬戸内沿岸をトレースする予讃線を横目に国道を漕ぎ進んだ。目指すは、しまなみ海道の起点、今治市である。

四国には「お接待」という文化が根付いている。お接待とは無償でお遍路さんにお菓子や飲み物などを施すことを言う。四国の人々が、旅人を助ける文化は、お遍路に限った事ではないようだ。それは、四国の地に降り立って早々、ヘルメットにサングラス、半レーパン姿という私にも向けられた。四国の人の心に触れる出来事だった。

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道の駅の今治湯ノ浦温泉に寄った時のこと。暖かい珈琲でも買おうと、自動販売機に向かってトボトボ歩く私の背中を誰かが呼び止めた。振り返ると野菜や食べ物を売る露店の店主だった。私よりだいぶん年輩者である。

「それじゃ寒いじゃろうが。どこから来た」
「京都から来ました。今朝のフェーリーで着きました」
「船でか。寒いからこっち来て、これ食え」

呼ばれるままに、露店に行くと、中で奥さんらしき人が、ストーブで餅を焼いていた。焼きたての餅を一つもらった。有難いことである。私はサングラスを取って、ご夫婦にお礼を言った。

今治の市街地に着いた頃には、天気予報の通り晴れていた。なにより晴天の下、しまなみ海道を渡れる事に安堵である。

今治城

今治城は瀬戸内海を臨む港の一角に建つ。堀には海水が引かれている。海に浮かぶ美しい城砦である。

今治のどこかで、うどんを食べようと思っていた。しかし、まだ早くてどこも開いていない。大方の店が開くのはお昼前のようだ。開店を待つという手もあったが、諦めた。夕方までにしまなみ海道を渡り切るのが先決だ。後ろ髪を引かれながら、先に進んだ。

来島海峡大橋

そこそこの勾配がある坂道を上ると来島海峡大橋と瀬戸内海が現れた。同大橋は、総延長4.1kmの3つの吊橋からなる。世界初の三連吊橋として有名で、しまなみ海道の目玉となる橋だ。今治市側からは、馬島とを結ぶ第三大橋を始まりに、第二大橋、第一大橋と渡ることになる。

陸と陸とが近い海峡は船にとっては難所である。しかも瀬戸内海は、大型のタンカーや貨物船が行き交う船舶銀座だ。しまなみ海道に架かる幾つもの橋は、大型船が通れるだけの充分な高さが必要となる。

橋へのアプローチはすべて登りである。しまなみ海道サイクリングのしんどい所は、風もあるが、橋への上りだと言える。その分、橋を渡れば、島までは下りである。今治から尾道までの70kmは、アップダウンの繰り返しである。本来、自転車の場合でも、各橋に通行料があるのだが、来年の春までは無料ということである。

たぶん続く。

2 Replies to “しまなみ海道とお遍路文化 -瀬戸内しまなみ海道の旅その2-”

  1. 「旅は道ずれ世は情け」ですが、同行者がいなくても、四国での道中に色々な同行者がいるようですね。
    抜けるような青い空。どこまでの続く橋梁。片道70kmの旅路を歓迎するような天候でうらやましい限りです。

    1. 松さん、ありがとうございます。
      あまり予備知識もないまま、エイと四国に渡って、どうなるかと思いましたが、なんとかなりました。少し反省点があります。東予港から尾道まで110キロぐらい、そこから宿を取った福山まで20キロ弱で、初日はトータル130キロぐらいの走行でしたが、久しぶりで疲れました。歳なんだから、もうチョットゆるい計画しないと楽しめないなと感じました。

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