天橋立とノスタルジーの海

天橋立とノスタルジーの海 | 竹輪野海と陸が創る景色というのは、洋の東西を問わず人を引きつける。日本三景の一つに数えられる天橋立はまさにそうだ。宮津湾の海流が砂を運び、それが堆積して砂嘴(さし)を創り、対岸まで延びて砂洲を形成した。途方もない年月を掛けて出来上がったのは、海を渡る道である。砂洲によってセパレートされた西側が阿蘇海、東側が宮津湾である。

車に家人を乗せて、高速道路をひた走り、成相寺を訪ねたのは、夏空に梅雨雲が屯する7月半ばの事である。宮津湾の脇に建つ成相山成相寺は西国三十三所の28番札所である。西国一の美人観音として名高い聖観世音菩薩をお参りして、願うは、家族の健康とコロナ撲滅。本堂にある納経所で御朱印をもらった。

本堂から車で約2km登ると成相山山頂の展望台である。迎えてくれたのは、爽やかな空気と絶景だ。展望デッキに立てば、天橋立と宮津湾を眼下に望むパノラマである。カフェで冷たいものが飲めた。美味い空気を吸うべくオヤジはマスクを外そうとするのだが、メガネの弦に紐が引っ掛かる。いちいちが鬱陶しいコロナ世情である。

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近年、天橋立は侵食により縮小・消滅の危機にあるという。細く長い白砂青松は努力によって護られている。日本を代表する景勝地は、夫婦同様、絶妙なバランスにより維持されている。あたり前のものなどない。自然も、人の営みも、続くのには訳がある。

24年前の夏、お腹の大きな家人を連れて来たのが、天橋立だった。そして、息子が産まれ、娘が産まれ、家族四人で毎夏のように、丹後の海を訪れた。子供たちは海が大好きだった。丹後の海の中でも、とりわけ久美浜には想い出が多い。

まとわり付いていた子供たちは、既に大人になって、親の行動には無関心である。何かを訊いたところで返事は素っ気ない。みんな自分一人で大きくなったと思っているのだ。少し寂しい気もするが、しかし、丹後の海には子供や家族との思い出がある。独り善がりなオヤジだが、そんなノスタルジーが人並にある事に感謝せねばならない。

“天橋立とノスタルジーの海” への2件の返信

  1. 竹輪さん、お久しぶりです。
    熊本は7月4日の大水害から一ヶ月以上が過ぎようとしています。そして今は連日30度越えの日々が続いています。京都も毎日暑い日が続いているようですが、いかがお過ごしでしょうか。
    私も子ども達が小学生の頃は、芦北町にある御立岬海水浴場に毎年行っていましたが、中学、高校と学年が上がるにつれて、いっしょに行動することは少なくなりましたね。
    私がソロキャンプを始めるようになって、妻が、コロナの流行が収まったらキャンプに行きたいと言い始めたので、竹輪さんのように夫婦でプチ旅行をしてみたいです。
    長文になりましたが、立秋を迎えたとはいえ、まだまだ猛暑の日々が続きます。お互いに無理をせず、ぼちぼち頑張りましょう。

    1. 松さん、今晩は。
      7月の北九州は、豪雨と大水害で大変でしたね。ご無事で何よりです。
      京都は連日、殺人的な暑さです。今日も40度近くでした。無理は禁物ですね。あとしばらく食事と睡眠に気をつけて過ごします。
      ソロキャンプの動画を楽しみに観ています。

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