ステイホームと#検察庁法改正法案に抗議します

ステイホーム週間となったゴールデンウィークは、比較的いい天気だった。近所を散歩したり、自転車漕いだり、料理をしたり、家飲みしたり、そんな具合の休日だった。そして明けるハズだった”緊急事態期間”は延長となった。アジア諸国の大方は、危機を脱したようだが、この国は未だコロナウイルスの歯牙に捕まったままである。今回も無責任は承知で、湧き起る雑感をしたためる。

 

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十輪寺のなりひら桜とコロナウイルス

コロナウイルスの影がひたひたと忍び寄る3月最後の土曜日のこと。地元の桜を観ようと、家人を連れて散歩した。訪れたのは十輪寺(別名 なりひら寺)。大原野の峻峰、小塩山の麓にある十輪寺は、平安時代の粋なオヤジ在原業平の別邸だった場所である。夏の初めには紫陽花が咲く坂道の参道の先に、そう広くない境内がある。

本殿と回廊に囲まれて枝垂桜の古木が立っている。樹齢約200年の”なりひら桜”である。母屋の畳で寝転んで桜を見ろとの事なので横になった。眠ってしまいそうだった。

在原業平が活躍した平安時代は天然痘や麻疹(はしか)など多くの疫病があったと伝わる。平安時代は遣唐使で大陸との交易が盛んになった時代である。その事と疫病の蔓延は無関係ではないらしい。人の往来が疫病を運ぶ。それは今も昔も同じだ。

今現在、世の中はコロナウイルスが猛威を振るっている。どうやら京都にも緊急事態宣言が布かれそうだ。近畿の中心である大阪、神戸、京都の三都は、なす術もなくコロナウイルスの顎にくわえられてしまった。ブログ更新をほったらかしていた大原野の自転車オヤジが、またまた無責任は承知で雑感を述べる。
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12月の決戦

決戦である。立命館パンサーズvs関西学院ファイターズ。大学アメフト日本一を決める甲子園ボウルの出場権を掛けた大一番である。

師走の青空が広がった万博記念競技場は、ほぼ満席の盛況ぶりだ。青春時代を衣笠で過ごした盟友のMと一緒にスタンドの上段を陣取ったのは、キックオフの5分前だった。立命館側スタンドはえんじ色に染まる。対する関西学院は青色である。

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山本太郎の話

投票日前の金曜日、妻と娘を連れて期日前投票に行った。比例代表の投票用紙には『山本太郎』と書いた。私はもう長らく”太郎党”ではあるが、投票用紙に名前を書いたのは、この日が初めてだった。

山本太郎は自分の議席と引き換えに、2人の重度障害者を国会に送り込んだ。これまでの常識からすればあり得ない事である。そして、4月に立ち上がったばかりのれいわ新選組は政党に昇格した。あいも変わらず、自民・公明の組織票で固められた結果にはウンザリするが、山本太郎率いるれいわ新選組の躍進は希望の光だ。またまた大風呂敷は承知の上で、先の選挙と政局について雑感を述べる。

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ジェンダー論とドラマ『きのう何食べた?』

ジェンダーという言葉を聞くようになった。セックス(sex)が生物学的な意味での性別、雌雄をさすのに対して、ジェンダーとは、「社会的・文化的に形成された性別」と解釈される。もうちょっと砕いて言えば、「男は男らしく、女は女らしく」という意味合いである。

ジェンダーとは、言うなれば、”社会が命じる性”である。でも、それでは生き難い人々がいて、様々な問題を孕む。映画やドラマじゃなくても、現代人の嗜好やセクシャリティというのは、相当に多様で複雑である。巷では、同性婚やLGBTの市民権が注目されているが、そこに横たわるジェンダー論は、実は、全ての市民に向けられる。同じ時代を生きるからには、社会全体の命題だと言える。

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原爆投下と8月の雑感

茹だる夏である。毎年そんな事を言っているが、今年の夏はホントに大変だ。早めに梅雨が明けてからというもの、もの凄い暑さに晒されている。真昼の陽射しは殺人的で、京都の最高気温は連日40度近い。呼吸するのも躊躇われる空気である。食事と睡眠に気をつけて、あと一月ぐらいをなんとか凌ぐべし。

8月。今年もまた終戦の日を迎える。無謀な戦争で多くの犠牲者を出したこの国は、先祖や戦没者の霊を迎えて供養する時期である。新聞もテレビもその他のメディアも、戦争や平和、それらしい事柄を扱う。昭和の時代から、日本の8月は、国を挙げての平和と慰霊の月間である。

この記事を書いている8月6日は、広島に原爆が投下された日である。広島の平和記念式典に安倍首相が参列して何か述べたようだが、およそ平和とは逆行するような事ばかりやっているから、メディアからは不人気ぶりが伝わる。3日後の8月9日には、長崎にも原爆が投下された。悪魔のようなキノコ雲は夏空も人の命も吹き飛ばした。昭和20年8月、日本は最悪の終戦を迎えた。

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