向日市のひまわり畑と阿久悠と昭和のアイドル

 京都府の南西部に位置する向日市だが、市のシンボルフラワーは向日葵である。自治体は毎年この時期になると、休耕田に向日葵を植えている。街道沿いの田畑の中に忽然と現れる向日葵畑は真夏の青空に黄色を添える。自転車のオカズとしては悪くない。かのツールドフランスの映像で観るソレに比べると規模はずいぶん小さいのだけれど。
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 今よりもずっと平穏で夢も希望もあった70年代、伊藤咲子というアイドルが「ひまわり娘」という歌でデビューした。歌は大ヒットしたから「♪誰のために咲いたの それはあなたのためよ」というフレーズは今でも耳に残っている。作詞は先日亡くなった阿久悠 氏だ。
 テレビや新聞の報道を見ると、阿久悠が大作詞家だった事を思い知らされる。作品一覧を改めて見るとやはり凄い。多感な時期に昭和を生きた僕なんかは、感慨余って涙が出そうだ。いやホンマ。
 そして70年代を代表するアイドルといえば、山口百恵である。しかし、デビュー当初から阿久悠は山口百恵を余り評価していなかった様だ。だから山口百恵には一曲も書いていない。どうやら山口百恵が宇崎竜堂・阿木耀子の曲でヒットを飛ばせば飛ばす程、阿久悠とは疎遠になって行ったらしい。その辺の事情はネット上に色々書いてあって、モモエストとしては今更ながら面白い。

紀香の結婚とオヤジを癒やす箱

とうとう3月だ。きっとそのうちトンでもない寒波が来るに違いないと身構えていたけど、予想は外れた。拍子抜けするくらい暖かい冬だった。カラスの鳴かない日はあっても、お天気キャスターが”暖冬”を口にしない日は無かった。自転車に乗るには良い気候が続いていたのだが、大して乗れいない。仕事はチャンとこなしたが、どちらかと言うと悶々と過ごした。

テレビに目を遣れば、かの結婚報道に沸いていた。特に関西は。ずっと昔から、クイズ紳助くんの時代から「紀香ist」である僕としては、何か釈然としない思いだった。どこが面白いのか解らない芸人の悪口を肴に、ちびちび飲んでいた。

数年来のお笑いブームである。今時は、テレビをつければお笑い芸人の姿には事欠かない。しかしながら、毎度のように同じ芸人の顔とくだらないバラエティ番組ばかり視せられてチョット食傷気味だ。ニュースは視るがドラマは視ない。テレビは視る物が無い。「あるある大辞典」が叩かれているけれど、他局も叩けば埃が出そうだ。中立公平を謳うテレビ局が流しているモノは実は不純物に塗れていて、我々は常に受身で、日々それを摂取させられている事を覚悟しなければならない、のか。

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そんなこんなでよくラジオを聴いている。FMがいい。テレビほど押付けがましくないし、色々な音楽が聴ける。それにFMのコマーシャルは”ドラマ仕立”だったりして結構面白い。好きな番組は「山下達郎のサンデーソングブック」と「ジェットストリーム」だ。写真は「オヤジを癒やす箱」70年代モノのマランツ。

秋桜とCOSMOS

 山口百恵が「秋桜」(コスモス)を歌ったのは1977年の事である。作詩作曲は言わずと知れた、さだまさし、嫁いで行く娘の気持ちを歌った名曲である。当時、山口百恵は18才だった。今の感覚なら結婚云々にはチョット早い年齢と言えるだろうが、彼女は堂々としたモノだった。早熟志向のアイドルとしては彼女の右に出る者がいなかったのだが、恐ろしいほどに何かを演じ切るという姿を見れば、彼女の歌は演歌と呼ぶ方が相応しかったのだろうと思う。この頃すでに彼女の人気は相当なモノだったが、中学生だった僕はどんどん遠くへ行ってしまう山口百恵にストレスすら感じていた。
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 実は山口百恵にはもう一つ「COSMOS(宇宙)」(コスモス)という歌がある。それは「秋桜」が大ヒットした翌年の春に出た「COSMOS(宇宙)」という歌と同名のアルバムに収められている。その歌の間奏には「秋桜」のイントロの一部が挿入されているという手が込んだモノで、ディープな百恵ファンには有名な曲である。アルバム「COSMOS(宇宙)」はその名の通り宇宙を題材にした曲ばかりだったのだが、中でも浜田省吾が作った「銀色のジプシー」は悲しくて、切なくて、ワケも解らず夜中に涙ながして聞いていた。
写真は10月某日、嵯峨野広沢池辺りのコスモス。

I am a father

 浜田省吾は息の長いアーティストで、70年代、80年代、90年代、現在と彼が生み出した楽曲は膨大である。そして常に時代に対するメッセージを込めて来たという意味では、無二のロックシンガーだ。はじめて彼のLPを買ったのは、僕が高校生の時だった。磨り減るぐらい聞いていたのを思い出す。
 その浜田省吾の新曲は「I am a father」という題名である。Yahooの特集ページでビデオクリップを観ることができる。単身赴任の父親に会いたくて、はるばる遠出する幼い兄弟と子供の無事をひたすら案ずる父親の姿が描かれていた。父親を演じるのは時任三郎だ。曲は何処にでもいる父親をそれこそストレートに歌っている。曲を聴いて、いい加減な自分も人の親になったのだと今更のように確認する。子供の存在と成長は僕にとっては幸せな事でもあり、少し恐い事でもある。浜田省吾が歌う「I am a father」が胸に響く。