ギラギラの太陽と75年の節目の夏

ギラギラの太陽に焼かれる日々である。凶暴に発達した太平洋高気圧に包囲された日本列島は茹で蛸のように赤い。暖められた空気が上昇気流を造り、絵に描いた様な積乱雲が出現する8月の空である。コロナ禍に加えて連日の酷暑で朦朧とするオヤジだが、川の水で頭を冷やして雑感を記す。

京都五山の送り火が終われば京都の暑さも峠という事らしいが、そうなるように期待したい。その「大文字」の送り火は、今年に限っては六ヶ所だけが点灯した。松明も密集しないようソーシャルディスタンスという訳だ。お盆の夜空に浮かび上がったのは、ちょっと薄暗いコロナバージョン大文字だった。

テレビの報道番組を観るが、PCR検査をするの、しないの、どうするの、未だにやっている。どこまで行っても着地点は無い。もうウンザリである。ひとつ言える事は、「検査する 隔離する」という基本動作を最初から怠った付けまわしが今来ている。この国の感染対策は、他のアジア諸国と比べても、最低のデキだという事だ。

しかも政府の対策があまりに酷い、アベノマスクにGotoキャンペーン、どんなに批判されようが、利権をせしめる事は決して止めない。感染者が増えようが、死人が出ようが、お構いなし。為政者たちは「我田引水」に明け暮れている。デタラメな大本営発表のもと破滅へと突き進んだあの時代を彷彿させる。

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天橋立とノスタルジーの海

海と陸が創る景色というのは、洋の東西を問わず人を引きつける。日本三景の一つに数えられる天橋立はまさにそうだ。宮津湾の海流が砂を運び、それが堆積して砂嘴(さし)を創り、対岸まで延びて砂洲を形成した。途方もない年月を掛けて出来上がったのは、海を渡る道である。砂洲によってセパレートされた西側が阿蘇海、東側が宮津湾である。

車に家人を乗せて、高速道路をひた走り、成相寺を訪ねたのは、夏空に梅雨雲が屯する7月半ばの事である。

宮津湾の脇に建つ成相山成相寺は西国三十三所の28番札所である。西国一の美人観音として名高い聖観世音菩薩をお参りして、願うは、家族の健康とコロナ撲滅。本堂にある納経所で御朱印をもらった。

本堂から車で約2km登ると成相山山頂の展望台である。迎えてくれたのは、爽やかな空気と絶景だ。展望デッキに立てば、天橋立と宮津湾を眼下に望むパノラマである。カフェで冷たいものが飲めた。美味い空気を吸うべくオヤジはマスクを外そうとするのだが、メガネの弦に紐が引っ掛かる。いちいちが鬱陶しいコロナ世情である。

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