中書島の灯りと昭和の雀

中学のバスケット部のキャプテンだったMとは、浅からぬ縁がある。小学校らか大学まで同じ学校に通った。大学は学部まで一緒。バイトも一緒にした。同じ空気を吸って大人になった。そんな間柄の我々は、音信が途絶えた時期もあったが、よわい50代半ばに達した今も、着かず離れずの関係でいる。

その友と待ち合わせたのは、京都伏見の中書島である。なんだか得体の知れない『令和』という時代が迫る今にあって、昭和の匂いがする町である。我々は、数年に一度、中書島で飲むのが恒例のようになっている。

中書島は町と川が融合した場所である。戦国時代の末期、伏見の城下に、宇治川の流れを引き込み、水路を築いたのは、豊臣秀吉である。天下人が、治水こそが国家運営とばかり、伏見の地に創ったのは、人や物資が行き交う内陸の港湾都市だった。そこには当然のように遊女たちも集まった。それから400年、中世、近代、戦後の売春防止法まで、中書島の色町としての歴史は長い。一時期は、吉原、島原を凌ぐ歓楽街だったという。いろいろな意味で、魅力的で由緒正しい土地である。

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遠ざかる昭和と55歳の話

平成最後の年末である。比較的穏やかな歳の瀬だなと油断していたら、今年もあと数日となった週末、寒波がやって来た。夕暮れ時、灰色の空からは、白いモノがパラパラと舞い落ちて、あたりは冷蔵庫のように冷えている。この一年、いったい何があって何をしたのか、いまいち記憶も怪しいが、思いのままに、つれづれに、適当でいい加減な雑感を述べたい。

半世紀をとっくに生きてしまったオヤジである。55歳である。スマホの文字は霞むし、腰に爆弾も抱えている。秋の健康診断では、血中コレステロールが多いから、何とかしなさいと、有難い忠告を頂いた。頑張って身体に良い事に励むとしよう。昭和、平成、まだ見ぬ新年号と、どうやら三つの時代を生きる事になりそうだ。

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