中書島の灯りと昭和の雀

中学のバスケット部のキャプテンだったMとは、浅からぬ縁がある。小学校らか大学まで同じ学校に通った。大学は学部まで一緒。バイトも一緒にした。同じ空気を吸って大人になった。そんな間柄の我々は、音信が途絶えた時期もあったが、よわい50代半ばに達した今も、着かず離れずの関係でいる。

その友と待ち合わせたのは、京都伏見の中書島である。なんだか得体の知れない『令和』という時代が迫る今にあって、昭和の匂いがする町である。我々は、数年に一度、中書島で飲むのが恒例のようになっている。

中書島は町と川が融合した場所である。戦国時代の末期、伏見の城下に、宇治川の流れを引き込み、水路を築いたのは、豊臣秀吉である。天下人が、治水こそが国家運営とばかり、伏見の地に創ったのは、人や物資が行き交う内陸の港湾都市だった。そこには当然のように遊女たちも集まった。それから400年、中世、近代、戦後の売春防止法まで、中書島の色町としての歴史は長い。一時期は、吉原、島原を凌ぐ歓楽街だったという。いろいろな意味で、魅力的で由緒正しい土地である。

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令和と花の寺

スダレ頭のいけ好かないオヤジが『令和』と書いた額を掲げたその週末、京都市内の桜が咲き揃った。節目を迎えるという意味では、桜の開花は、我々に特別な感情を抱かせる。とりわけ今年の場合は、新元号による新時代の到来というオマケ付きだ。平成最後の桜の開花である。

大原野の峻峰、小塩山の中腹に『花の寺』と呼ばれる山寺がある。正式な名称は勝持寺(小塩山大原院勝持寺)という。創建は白鳳8年(西暦679年)というから、とんでもない古刹である。パンフレットの能書きを読んでも、もう神話のような話ではないか。最近は有名になってしまって、桜が咲くと、ドッと人がやって来る。私はひとり自転車に乗って、春となく、秋となく、上って来るのだが、この日は、自動車を運転して、インチキ風水こと家人を連れて二人で来た。桜が彩る山門と青空があった。

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LINEからの警告

背割堤の桜がほぼ咲き揃ったある日の事、私のLINEにとあるメッセージが入った。相手は『LINE』である。その内容は、他の端末から私のアカウントにログインの試みがあった、というものだった。自分であるなら問題ないが、そうでないなら、メルアド、パスワードを変更をしろという。つまりがLINEアカウントが乗っ取られる可能性があるので気をつけろ、という警告である。

他人のLINEを乗っ取るためには、最終的に、本人の携帯やスマホに送られる4桁のPINコードが必要になる。そのコードを教えなければ、まず乗っ取られる事は無い。乗っ取り犯にしてみれば、4桁のPINコードこそが最大の関門になっている。

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